2014年6月5日木曜日

“死”の持つ意味について3

昨日は女房の弟さんを

荼毘に付し、

その後、彼の住んでいた

マンションへ



彼の母親、並びに

四国から来ている

三女である彼のお姉さんと

その娘さんたち二人と

唯一、親族以外で

直接、彼とのお別れに

来て下さった

彼の中学校時代からの

大親友であるOさんと

私たち夫婦と私たちの

娘二人と息子一人で集まって

昼食の弁当をいただきながら

彼の家にあった写真や

アルバムを見ながら

それぞれがその時、その時の

彼との瞬間・瞬間の証人として

過ぎし日の思い出を語りあい

涙を流し、笑い合いました。



そして、彼の遺品を整理し

薄暮れ近くまで

共に楽しい時間を過ごしつつ

再会を約し帰路につきました。



二回にわたって

女房の二人の弟の死を通じて

“死”も持つ意味を

書き進めてきましたが



多くの方々は

100%一人も例外なく訪れる

これだけ身近な“死”という

ことについて

あまり意識していないように

感じます。

実際に質問してみても

「今日や明日は死ぬことは

ないだろう!」と思っています。

もし、そうだとしたら

明日になれば「明日は死なない!」

また、その明日になればの

繰り返しになります。