昨日に続きまして、
“死”の持つ意味について
書いていきます。
明日4日は、弟さんとの
肉体との別離の日を
迎えます。
ささやかに親族だけの
葬儀をし荼毘に付します。
その為に、明日は
朝早くから準備がありますので
ブログは休ませていただきます。
昨日は5月9日の内容
“自らの実相を観ること”を
再掲載させていただきました。
そして、それを見て
亡くなった弟さんから
届いた返信メールを
紹介させていただきました。
今日は
4ヶ月前に頂いた
弟さんのメールを
まず、お読みください。
2月1日
“いつも「もう一つの今」のメール
ありがとうございます。
現在、入院中で
3種類の抗がん剤を同時に投与し、
今日の午前中に終了しました。
あとは副作用待ちの感じです。
余命、幾ばくもなく
生きることに執着しています。
この後、1週間程の
経過監視をして退院できると思います。
応援宜しくお願いします。“
上記が今から4ヶ月ほど前の
弟さんからのメールです。
当然のことですが、
余命を医師から伝えられていて
必死に生きようという姿が
このショートメールの中に
感じることができます。
私は昨日、紹介した
5月9日のメールのやりとりの後
5月13日に
当時自宅療養中であった
弟さんのマンションに行き
彼に直接お会いしました。
今後の治療のことや
今後の生活のこと等々
話さなければならないことや
現実的な対処等を
確認するためです。
昨日も言いましたが
彼は舌癌のため
舌を切除しています。
白い小さなボードを持ち
マーカーとマーカー消しを
駆使しながら必死に
話をしなければなりません。
常に呼吸の苦しい中
話を続けることは
とても容易なことではありません。
私たちは会話を
普通にできています。
当たり前と思っています。
彼と接して
何回か筆談による会話を
体験させていただきました。
喉に痰がからみ
何回も話を中断し
洗面所で処理をし
再び話を続けることもあります。
形容詞や修辞や美辞麗句は
この会話には
不必要どころか
邪魔にしかなりません。
私たちは
普通に会話ができます。
もっと言葉を
重く受け止めねばならないと
感じています。
不用意に言葉を簡単に
口からだすべきではないと
思いました。
これからは出来得る限り
真実の言葉を
話さなければなりません。
そんな苦しみの中
彼は必死にこの念いを
私に伝えてくれました。
「死刑囚の人が、
執行を待っているとき
毎日が怖くてたまらないと
本で読みました。
でも、お陰さまで
今、私は死ぬことが
不思議に何も怖くないのです。」
その後、何回か
彼からメールを
もらっていますが
彼と直接会話をした
最期の言葉です。
そして、この世を去りました。
私の女房には
もう一人弟さんがいました。
今回、旅立たれた
弟さんのお兄さんです。
彼は、
2012年の1月6日に
今から約2年半前のことです。
やはり、癌で亡くなりました。
その時のことを
以前書いたブログから
紹介しながら
“死”の持つ意味について
さらに考察を深めたいと
思いましたので
共有してください。
2012年2月2日
“共時性の中に生きる”
というタイトルです。
“共時性の中に生きる”
『年が明けて
私の女房の弟さんが
亡くなりました。
まだ、56歳でした。
弟さんが
勤務している会社の方には
暮れに体調が悪いと
言っていたそうですが
仕事始めの
1月5日に出社せず
6日~10日まで
連絡が取れない状態だったので、
会社の同僚の方が心配してくれて
弟さんのマンションの
大家さんに頼んで
部屋の鍵を開けてもらい
亡くなっているのを
発見したそうです。
こういったケースは
警察署が解剖をするのですが、
その結果亡くなったのは
1月6日だったとのことで、
死後4日経っていました。
死因は肺がんと肝硬変と
いうことで
どちらが死因といっても
いいぐらい悪化していた様です。
弟さんは
現在は独身でしたので
発見が遅れて4日も経って
しまいました。
女房の親や兄弟は
お母さんが
横浜市鶴見区にご健在で
女房のお姉さんが
長女で近くの川崎に
旦那さんと住んでいます。
女房が次女で
今回亡くなった弟さんが
その下で、長男です。
そして、このブログでも
紹介したことのある
四国に嫁いでいる妹さんが三女です。
そして、母親の隣に
マンションを借りて住んでいる
やはり、このブログで
紹介したことのある
一番下の弟さんがいます。
やはり独身です。
何故か?男は独身です。
この5人兄弟の中で
この亡くなった弟さんだけが
ここ20年程
他の兄弟との連絡を
あまりとっていなかったために
近況については
家族のみんなも状況を把握して
いませんでした。
健康面においては寧ろ
病気とは程遠いと
思われていた方でした。
それだけに
お母さんや兄弟たちの驚きと
悲しみは如何ばかりかと
慮ります。
それぞれに
彼との思い出はあり
その思いに浸りながらも
彼と今生でのお別れを言い
また、次の再会を
約束したことでしょう。
彼の納骨までの49日間
私は
毎朝仏壇に向かって
弟さんに
こう語りかけていきます。
「○○○○さん
あなたは1月6日に亡くなりました。
1月13日には焼き場にて
56年間使っていた肉体にも
お別れを告げました。
しかしながら
あなたの実相は
完全円満なる霊なのです。
その証拠に、何も食さなくても
生きているという
確かな実感があるでしょう。
これからあなたには
既に亡くなっている
お父さんを始め
有縁の方たちが
あなたを導くために
あなたの前に訪れてまいります。
その方たちの
あなたを思う愛情を
魂から受け取って
その導きに従って
より深い気づきを感じてください。
あなたの深い気づきは、
古いエネルギーから
あなたを開放し、
あなた自身の肉体や物質に
付着するものを
手放していくプロセスです。
最早、あなたには
病気もありません。
あらゆる執着から
自由になっていきます。
素晴らしい事です。
全てが変化していきます。
一つのステージを
越えていくのです。
そして
新生したあなたの
あたたかい愛で
残されたお母さんや
兄弟たち並びに
あなたに係わった
有縁の方たちを
お見守り下さいますよう
宜しくお願いいたします。」
真理を学んだことのある方
であるならば、
永遠の生命を自覚
されているでしょうが
自覚の無い方やまた、
自覚があっても
亡くなった状況が
昨年の地震や津波や
交通事故と言った
突発的なことであったりした場合
どうしても直ぐには
理解できない方もおります。
そのために
49日間という期間は
意味のあることと言えます。
その場合
お坊さんからあげて頂くお経も
大変、すばらしい内容で
雰囲気としてはいいのですが
それはそれとして
私は
亡くなられた方の年齢や
状況に鑑みて
現代語にて、その人自身に
毎朝、語りかけるように
お話をしていきます。
いつも同じではなく
弟さんの場合は
一番上のお姉さんや
一番下の弟さんのところに
たびたび出かけていって
夜中にテレビを点けたり
見ているテレビを突然消したり
棚の上の物を転がしたり
いたずらをするのです。
一番下の弟さんから
そんなことがあったので
お兄さんの相手を
してあげたそうです。
そして、こんなメールが
届いていました。
「身内は気配でわかります。
ただ、恐怖感は何もありません。
昨日、兄の写真と一緒に
語り合いました。
酒を二人で飲みながら・・・」
その人の
係わりのあることの
状況を逐次、付け加えて
普通に友人と話をしているように
語りかけるのです。
おとなしく聞いている姿を
感じることもあれば
悲しみや寂しさの感情の
波動も感じることができます。
何か、どうしても
言っておきたいことがあれば
夢枕に立ち
大切なことを
伝えてくれることもあります。
ただ、不思議と
49日に近ずくにつれ
穏やかな静かな波動に
なってくるものです。
理解さえしてくれれば
肉体と言う粗い密度と違って
早く悟れるのです。
今日も彼に語りかけました。
今日の彼は
とてもあたたかな波動を
出してくれました。
2月23日には
納骨をいたします。
それまでの間
彼と共に次のステップに進むよう
語りかけていきます。
生かしていただいて
ありがとうございます。』
続く