2014年6月23日月曜日

“子どもたちが教えてくれたこと”8

一昨年の3月7日の
萬谷 衣里
(まんたにえり)さんの
ピアノリサイタルの案内を
森安さんから
いただいたことがあります。

上野公園にある
日本最古の
木造の洋式音楽ホール
重要文化財に指定されている、
旧東京音楽学校奏楽堂で
行われました。

プログラムは
モーツァルトが
母の死に際して
書いたといわれる
イ短調のソナタから
リスト、
ブラームス、
ブゾーニまで
「哀歌~エレジー」をテーマに
ピアノ演奏は始まり
とても哀しくも格調の高い
旋律が今でも耳に残っています。

森安さんのメールには

「私の知人である
ピアニストの
萬谷衣里さんが、
留学先のドイツから
一時帰国して
東京でリサイタルをします。
よかったら聴いてください。」
と、
上記の日時、場所と共に

森安さんと萬谷さんとの
出会いのきっかけになった

「養護学校でコンサートを」
~クラシックコンサートの思い出~
という、どこかで発表した
5年前の記事を
添えてくれていました。

森安さんの愛と熱意が
伝わる素晴らしい
エピソードです。
是非、共有してください。

『ところでピアニストの
萬谷衣里さんとの
エピソードを下記しておきます。

「養護学校でコンサートを」
~クラシックコンサートの思い出~

「知的障害」という言葉も
おかしいなと思いますが、
10年ほど前までは
「精神薄弱」と
言っていたそうです。

精神薄弱という言葉が 
「当事者に不快感を与える
という理由もあり」 
知的障害に
変えられたそうです。

話変わりますが、
私はピアノの音が大好きです。
あるときふと、
養護学校の子どもたちに
プロのピアニストの
演奏を聴かせてあげたい
と思いました。

私は後先考えず、
大好きな
クラシックピアニスト 
エリさんに
養護学校の子どもたちへの
思いをメールで話しました。

10日連続でメールしました。
ほとんど迷惑メールです。
そして
「養護学校で
ピアノを弾いてほしい」と。

ドイツに住むエリさんは
さぞかし驚いたことでしょう。

養護学校で
プロのピアニストが
クラシックコンサート。
この前代未聞の企画に

エリさんは
「養護学校の子どもが
クラシックを聴くのですか?」
と戸惑いを隠さず、

学校は
「アニメソングとかじゃないと
難しいだろう」
と不安を示しました。

私は
子どもたちの感性を
信じていました。

エリさんは
ドイツから帰国の翌日
リハーサル、その翌日本番、
それも
学年ごとに3度の公演という
無茶なお願いを
聞いてくれました。

・・・その日、
子どもたちがくれた答えは
私の予想さえ超えました。

エリさんは何度も
「また養護学校に
呼んでくださいね」と。

そして、
その日に
子どもたちが
書いた感想文は、
1か月も
先生方の手をわたってから、
私の手元に届きました。
その感想文に
私は何度も
胸が熱くなりました。

この感想文を
書いた子どもたちの精神が
薄弱なのでしょうか?
この子どもたちを
精神薄弱と呼んでいたのは、
私たちの心の貧しさの
表れではないでしょうか。

コンサートの
フィナーレを飾った
リストの
ハンガリーラプソディー第2番の
躍動的なメロディーと、
別世界に入りこんだような
子どもたちのことは、
いつまでも私の脳裏を
離れることはありません。

そして子どもたちの心を
しっかり
受け取ってくださった
エリさんは、
ドイツから世界へ、
子どもたちの心を
ピアノにのせて
伝えていってくれる
ことでしょう。

いつも
大切なことを教えてくれる
子どもたちに、
たまにはお返しを、
と思った私でしたが、
子どもたちはやっぱり、
私たちに
大切なことを
教えてくれたのでした。

この日から、
私は
子どもたちに
お返ししようなんて
気持ちは捨てました。
子どもたちがくれたものは、
社会に返していこうと。

2009年10月2日

森安 英憲』

いかがでしたでしょうか?
5年前のこのコンサートが
私の脳裏を駆け巡ります。
その場にいないのに
ありありと浮かんできます。

それは、森安さんの愛であり
子供たちの純粋無垢な
感性を感じるからです。
そして、それを受け止めた
萬谷さんの迸るピアノの
旋律を感じるからです。


私たちは
人に生かされ
神仏に生かされています。

生かされいるもの同士が
ここに、今、
生きているのです。

人は、生かし合わなければ
感動など
生まれようがないのです。

ひとりでは、誰も
生きていくことは
できないのです。

今、この瞬間
生かされていることに
感謝の言葉を
述べましょう。

生かしていただいて
有難うございます。