2014年6月26日木曜日

“子供たちが教えてくれたこと”最終回

引き続き
森安さんの講演
「この社会で生きやすく・
この社会を生きやすく」
を共有してください。

今日が、このシリーズの
最後になります。
どうか、いままでの森安さんと
子供たちからの学びを
心に留めていただきたいと
切に願います。


『私たちは
ユニットバスの製造をしています。
これは、
洗い場というプラスチック製品の
加工をやっている職場です。

元々大手業者に
外注していた仕事ですが、
私はある思いがあって、
この仕事を
自社に取り戻して、
新しい職場を作りました。

そして
10名という
中小企業としては
大型の新規雇用をし、
そこに過半数の
6名の知的障害者を採用しました。

「ありえない」
と誰もが思った立ち上がりでしたが、
1年近くたって
障害者は8名になっています。
ひとりひとりは
確かに能力が低い。
「ありえない」採用、
「ありえない」職場作りです。
でもこの彼らが、
大手業者に負けない
生産性をあげているのです。

大手業者の社員さんは、
みんなが
オールマイティーな
優れた能力を持っています。

私たちの社員は、
「これしかできない」人が多いです。
でも、それぞれが、
自分に与えられた役割だけを、
きちんとこなしたら
どういう結果が
生まれるでしょうか。

私たちの社員は
「これだけプロ」です。

不器用でもいい。
みんなが
自分のできることに
集中すれば、
全体として
誰にも負けない
仕事ができるのです。

同じアウトプットを出すなら、
できるだけ小さなインプットで。
それは企業の当たり前。

同じアウトプットを出すなら、
できるだけ能力の低い人で。
非常識と言われる
私たちがやっていることは、
企業活動そのものです。

生産性を下げるものは
能力の高い低いではなく、
能力に見合わない
仕事をさせることです。

この仕事を例にとれば、
優秀な社員には
この仕事は
簡単すぎてふさわしくなく、
もっとやるべき仕事がある
ということです。

優秀な社員に
この仕事をさせるがゆえに、
生産性を低下させている。

実は
この社会ではむしろ
そのケースが多く、
それは能力の低い者を
除外するという形で、
さらに社会的損失を
作り出しているのです。

私たちがやっていることは
実に簡単なことですが、
それを理解するには
現場を見ることが大事です。

そして、
会社は
社会の縮図ですから、
それは
私たちの会社に
とどまることではなく、
この社会の真理です。

・この会社で
働きたいという気持ち

・この仕事なら
続けられるという気持ち

・未完成であること

就職は高いハードルですが、
もっと大切なことは
「続けられること」です。

就職の準備には、
目の前のことを
続けられる力を養うことが
必要です。

私は、
自分の能力の高さを
アピールする人は採用しません。
仕事は
その会社に入ってからのことです。
能力の高さや資格は
重要な要素ではありません。

また失礼ですが
「現に就職できていない」者に、
企業が即戦力を
期待するわけがありません。

そこへ
何でもできるような
アピールをすれば、
かえって
企業は引くものです。

それよりも
今置かれた立場をわきまえて、
事実を
そのまま伝えたほうがいいです。

スタート地点を
明確にすることは、
企業側に
「何をすべきか」
考える機会を与えることです。

そんな
物分かりのよい企業はないと
思われるでしょうけど、
未完成な者を受け入れて、
共に育つという
感性を持たない企業なら、
所詮入っても
こちらが傷つくだけで
続けられません。

ところで、
企業が障害者を雇用するとき、
前提に求めるのが、
コミュニケーション能力です。
それがなければ
面接もできませんから。

でも私たちの会社には
面接もまともにできなかった
社員がいます。

そのとき私は
思ったことがあります。
コミュニケーションは
双方向のものです。
彼が
私とコミュニケーションが取れない・
私が
彼とコミュニケーションが取れない、
それは同じ事象のはずです。
彼に伝える力がない・
私に受け止める力がない。

またコミュニケーションの方法は
多様です。
言葉だけでなく
身振りや表情もあります。

信頼できない相手に
話などできないという
気持ちもあるでしょう。

最初は私が話しかけても
彼は目が泳いで
もう答えられないわけです。

ところが
毎日同じことを続けていると、
パターンを読んで
答を用意してくるようになりました。
そうして
話の種類を増やしていき、
それなりの
コミュニケーションが
取れるようになりました。

それと同時に彼は
表情がとても明るくなりました。
伏目がちでおどおどしていた
最初の彼とは違います。
仕事でも
一生懸命自分をアピールしています。

それが
彼のいちばんのコミュニケーション
なのだと思います。

コミュニケーションが
できないからと
入り口で否定すれば
今の彼はないし、

こちらに
その力がないのを
相手のせいにして
人の力を
埋もれさせているとすれば、
私たちは
何と罪深いことをしているの
でしょう。

コミュニケーションが
できないのは
お互い様というわけです。

ただ現実問題
この社会で
少しでも生きやすくなろうと思えば、
自分の特性と
「社会の特性」を知って、
社会の特性に
合わせられる力を持つことが、
あなたの
財産になるでしょう。

企業は
コミュニケーション能力に
欠けるがゆえに、
あなたに
「こちらに合わせた
コミュニケーションを
お願いします」
というわけです。

障害者問題とは、
少数者の問題、
ニッチな世界、
他人事。
そう思ううちは、
この社会に幸せが
訪れることはありません。

この社会には
いろんな人がいます。
みんな理由があって
「ちがい」を持って生まれ、
みんなが必要で、
誰が欠けてもいけないのです。

障害者は
社会に適合せよと言うけど、
ではその社会って、
そんなに立派な社会でしょうか?

障害者は
社会のかやの外ではありません。
障害者を含めて一つの社会です。
障害者がいなければ、
その分社会は欠けるのです。

少数者問題は、
同時に残りの多数者問題です。
障害者が増えているのは、
人が生きにくい社会だからです。

障害は
社会が作るものです。
会社という
小さな社会も同じです。
障害者が働きにくい会社は、
みんなが働きにくい会社です。

社会適合ももちろん大事。
そして
この社会を
生きやすい社会に
変えていくことも
とても大事なことです。

私は
そういう仕事をしていきたいし、
みなさんも
勇気を持って
社会に出て行くことが、
社会を
変えていくことだと思います。

障害のない社会を
いっしょに作りたい。
私の話が少しでも
参考になれば幸いです。
森安 英憲』


さらに言葉は
必要ないでしょう!

生かしていただいて
有難うございます。