昨日に引き続き
山元加津子さん(かっこちゃん)の
ことをご紹介したいと
思います。
「宮ぷー こころの架橋ぷろじぇくと」
のメルマガで
過去に
紹介されていたお話ですが
かっこちゃんという人が
どういう方かを知る上で
とても面白いエピソードがあります。
私のとても大好きなお話です。
どうか共有してくださいね1
「かっこちゃんの宝物という
お話をかっこちゃんの
お話をかっこちゃんの
プロフィールに続いて
紹介させていただきます。
山元加津子さんのプロフィール
山元加津子さんのプロフィール
1957 年金沢市生まれ。
富山大学理学部化学科を卒業後、
石川県内の特別支援学校に
勤務している。
愛にあふれた彼女のメッセージは、
著書や講演を通じて全国に広がり、
子どもたちだけでなく
心を閉ざしていた
大人たちの心を開き、
奇跡のような出来事が
次々と起こっている。
2007 年に完成した
ドキュメンタリー映画
「1/4の奇跡
〜本当のことだから〜」は
そうした
彼女の活動を追った作品で、
現在までに 1000 カ所以上、
海外 14 カ国以上で、
自主上映会が開催されている。
また、
毎日必ず送られてくるメルマガ
「宮ぷーこころの架橋ぷろじぇくと」
を通して、
多くの読者と
温かい関係を築き続けている。
著書に
「本当のことだから」
「ゆうきくんの海」
「魔女モナの物語」(以上三五館)
「きいちゃん」(アリス館)
「手をつなげば、あたたかい」
(サンマーク出版)など多数。
「手をつなげば、あたたかい」で
第 40 回泉鏡花記念市民文学賞を受賞。
愛称「かっこちゃん」
それでは『かっこちゃんの宝物です』
『かっこちゃんの宝物なあに?
と学校の子供たちが聞きました。
宝物はいっぱいいっぱいあります。
そのひとつを
宝物はいっぱいいっぱいあります。
そのひとつを
渡辺のおっちゃんからの手紙です。
もう何年も前のこと、
郵便受けの中の
もう何年も前のこと、
郵便受けの中の
手紙の差出人のお名前を見ても、
なんのことかわかりませんでした。
いったいどなただったろう、
なんのことかわかりませんでした。
いったいどなただったろう、
それにしても不思議な肩書き・・
そう思って文字をしばらく
そう思って文字をしばらく
眺めていて思い出したのです。
その方の肩書きは
「公園のおっちゃん」
というのでした。
その方とお会いしたのは、
その方とお会いしたのは、
関西へ出かけたときでした。
その日は雪の降る日でした。
講演会場は
その日は雪の降る日でした。
講演会場は
駅から歩いて5分と聞いていたのに、
歩いても歩いても
歩いても歩いても
そこにはつきませんでした。
道はあってるようなのに、
地図だって見てるのに、
もう40分も歩いたのに・・
もう40分も歩いたのに・・
と不安になっていながらも、
まだ2時間もあるから・・
まだ2時間もあるから・・
とそれほど
あわててはいませんでした。
けれど
(5分のところをタクシーに
連れていっていただくのは
申し訳ないって思ったのは
間違いだったかもしれない・・
タクシーの運転手さんだったら、
タクシーの運転手さんだったら、
きっとすぐにわかったのに)
とため息まじりに
考えだしていたところでした。
関西って
雪の少ないところだと思っていて、
おまけに小松では晴れていたのです。
だからコートもなしで傘も
おまけに小松では晴れていたのです。
だからコートもなしで傘も
持っていませんでした。
主催者の方に書いていただいた
主催者の方に書いていただいた
地図に載っている
公園をみつけました。
うれしくて、
うれしくて、
その中を走るように
いそいでいたら、
途中ですべって
途中ですべって
ころんでしまいました。
ころぶのは慣れているけれど、
たった一人、
見知らぬ土地に来て、
見知らぬ土地に来て、
講演会場になかなか着かないし、
お洋服もどろどろだし、
お洋服もどろどろだし、
髪もぬれちゃったし、
こんな格好でたくさんの方の前に
こんな格好でたくさんの方の前に
出なくちゃいけないんだと思ったら、
自分でもびっくりするくらい
自分でもびっくりするくらい
急にわきあがるように悲しくなって、
近くのベンチに座って、
近くのベンチに座って、
ちょっと泣きました。
その方にお会いしたのは
そのベンチででした。
「痛かったんか?」
さっきまで
確かに私の横には
誰も座って
おられなかったはずなのに・・
その方はいつのまにか
その方はいつのまにか
そこに座っておられました。
その方はきっと
公園の中のテントに
暮らしておられる方なのだと
そのとき、
私はなぜだか思いました。
「痛かったんか」の問いに
うんと小さくうなずくと、
何か口の中で
おっしゃたのだけど、
私には聞き取れませんでした。
その方は
じっと下を向いておられて、
私は
私は
なにを話そうかと思いました。
そして道を聞きました。
そして道を聞きました。
「〇〇ホールというのは
どこにあるのでしょう?」
その方は首を傾げて
「おっちゃんはわからんわ」
っておっしゃいました。
っておっしゃいました。
わからんわと
おっしゃったけれど、
とても温かく、
わからないことが
とても残念そうに
言ってくださったので、
さっきまでちょっとだけ
さっきまでちょっとだけ
泣いていたことが
うそのように
うれしくなりました。
うれしくなりました。
「駅から5分って書いてあるのだけど、
もうすごくたくさん歩いたの・・」
「そうか・そうか・・」
おっちゃん”は
やっぱりとてもやさしかったです。
どうしてポケットを探して
おられるのかなと思ったら、
ポケットから
ポケットから
飴を出してくださいました。
きっと大事に
ずっと持っておられた
飴なのだと思います。
飴の包み紙が
飴の包み紙が
飴にくっついていて、
食べたとき、
食べたとき、
「あれ?」って思いました。
「ナイロンくっついとったか?
なめとればとれるよ」
と“おっちゃん”は教えてくれました。
と“おっちゃん”は教えてくれました。
「ほんとう・・」
とてもきれいにナイロンは
おもしろいようにはがれました。
大きな甘露飴みたいな飴は
大きな甘露飴みたいな飴は
とても甘くて、
ほっとしました。
その方のことを
どう
呼んでいいかわからなくて、
「なんて
「なんて
お呼びしたらいいですか?」
とお聞きしたら、
「おっちゃんでいいよ」
とおっしゃいました。
でも
でも
“おっちゃん”っていう呼び名に
こちらにいてなれていなくて
こちらにいてなれていなくて
ためらっていたら、
「渡辺っていう名前やった・・
しばらく使ったことがなかったな」
と言われました。
と言われました。
「私、
6時までにどうしてもそこへ
行かなくちゃいけないんです。
渡辺さん
渡辺さん
ありがとうございました」
立ち上がろうとしたら、
「ちょっと待って・・」
と“おっちゃん”は
「ちょっと待って・・」
と“おっちゃん”は
傘を貸してくださいました。
「でも私、
ここにすんでいないから
返せないかもしれないんです」
“おっちゃん”は、
「たくさんあるからいいよ。
それとも
骨が曲がっていて恥ずかしいか?」
と言ってくださいました。
と言ってくださいました。
確かに骨は曲がっていたけど、
その傘は雪をよけるには
十分すぎるほどでした。
「じゃあ返しにきます」
と言ったのに、
「いいよ、あげるよ」
と言ってくださったので、
私はそれを
私はそれを
いただくことにしたのです。
公園を出て、
公園を出て、
地図を頼りに歩いたら
それからしばらくして、
そのホールはありました。
まだ建ったばかりの
そのホールはありました。
まだ建ったばかりの
真新しいホールでした。
主催者の方が
私のぬれていたり、
泥だらけだったりする
かっこうを見て
かっこうを見て
びっくりされたようでした。
それから
「ちょっと遠かったでしょう?
ここ、できたばかりなので、
ここ、できたばかりなので、
私たちも初めて来たので、
遠くてびっくりしてたんです」
遠くてびっくりしてたんです」
と言われました。
家に帰ってから、
でも“おっちゃん”のことは
家に帰ってから、
でも“おっちゃん”のことは
何度も思い出しました。
それで
それで
お礼のお手紙を
書きたいと思いました。
前にも大阪駅で、
お世話になった方で、
やっぱり住所をもっておられない
段ボールのおうちに
やっぱり住所をもっておられない
段ボールのおうちに
すんでおられた方に
お手紙を出したとき、
手紙は
手紙は
「宛先不明」で
戻ってきてしまいました。
でも
今度は名字も知っているので、
郵便局の方に
郵便局の方に
申し訳ないなあと思いながら、
またお手紙を書きました。
またお手紙を書きました。
宛名のところには、
〇〇の〇〇市〇〇公園と書いて、
それから公園の絵地図を書いて、
それから公園の絵地図を書いて、
テントの絵もかいて、
おっちゃんの似顔絵も描いて、
おっちゃんの似顔絵も描いて、
“渡辺のおっちゃん”
と書きました。
その手紙は
何日たっても
戻ってきませんでした。
最初は
私の手紙
どうなったかな?って
何かの折りに
何かの折りに
思い出したりしていたけど、
でもきっと
ついてはないだろうなって
昨日まで思っていました。
その手紙を出して、
その手紙を出して、
もう2年以上経っていました。
私はその手紙を出したことさえ
私はその手紙を出したことさえ
すっかり忘れていたのでした。
ところが
ところが
その日いただいた手紙は
“渡辺のおっちゃん”からの
“渡辺のおっちゃん”からの
ものだったのです。
手紙は届いていたのです。
手紙は届いていたのです。
郵便やさんが、
私が書いた、宛名と地図で、
“おっちゃん”を
“おっちゃん”を
探してくださったのです。
こんな手紙を出したと書くと
こんな手紙を出したと書くと
郵便局の方や、
それからどなたかに
叱られてしまいそうです。
だって、
とても迷惑をおかけしますもの。
でもお手紙、
でもお手紙、
出したかったのです。
親切な郵便やさんに
今日はお礼を言いたいです。
本当にありがとうございました。
“おっちゃん”は
「げんきですか?
本当にありがとうございました。
“おっちゃん”は
「げんきですか?
てがみをくれておどろきました。
しんせつなゆうびんやさんが、
渡辺さんというひとはいませんか
しんせつなゆうびんやさんが、
渡辺さんというひとはいませんか
とたずねてもってきてくれました。
さいしょは
さいしょは
おっちゃんのことかどうか
わからなかったけれど
えでかいたちずで、
えでかいたちずで、
おっちゃんのことだとわかりました。
うれしくてなかまにもみせました。
へんじがかけるとはおもいませんでした。
けれど、かくことができました。
げんきでいてください。
こうえんのおっちゃんより」
これは原文のままです。
私がいただいた
こうえんのおっちゃんより」
これは原文のままです。
私がいただいた
宝物のようなお手紙が
こうして
こうして
お返事で返ってくるなんて、
私、うれしくて、
私、うれしくて、
うれしくて、
信じられないくらい
うれしくてたまりません。
うれしくてたまりません。
思い出したくないと
思っていたことも、
本当は“おっちゃん”に
会うことができるために、
それから住所を見て、
届くはずがないだろう
なんて思わずに
探してくださった
探してくださった
郵便やさんのことを知ることが
できるために、
みんなあったのかなと、
みんなあったのかなと、
あんなふうに
考えてしまったことを
やっぱり恥ずかしく思います。
そして、考えたら、
やっぱり恥ずかしく思います。
そして、考えたら、
毎日
届けていただいているお手紙も、
郵便やさんが
郵便やさんが
心をこめて
届けてくださってるのだと
改めてありがたく思いました。
改めてありがたく思いました。
それから2年間も
私のことを
覚えていてくださった
渡辺のおっちゃん、ありがとう。
いろんな宝物があります。
また今度
渡辺のおっちゃん、ありがとう。
いろんな宝物があります。
また今度
違う宝物のお話しをさせてください。
かつこ』
いかがでしたか?
今日・明日と
かつこ』
いかがでしたか?
今日・明日と
お休みの方もいると思います。
こんなすばらしい話を
読んだ余韻に浸って
こんなすばらしい話を
読んだ余韻に浸って
家族や会う人たちに
優しい心で接してください。
すばらしい
一日をお過ごしください。
生かしていただいて
一日をお過ごしください。
生かしていただいて
有難うございます。
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角田 政治
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