森安さんの
講演のお話はひとまず
終わりました。
たくさんの知的障害者と
呼ばれている子供たちから
私たちが久しく喪っている
大切なことを教えていただきました。
その中で
もう一度取り上げたいと
思ったのが知的障害者の
養護学校生の佐和さんです。
印象に残っています。
佐和さんの話をもう一度
紹介しながら考えてみたいと思います。
是非、お付き合いください。
引用開始
『次のお話は、養護学校の佐和さんです。
高校2年生でしたが、
小学生のように小さい子でした。
会社で用意した
いちばん小さい安全靴もぶかぶかで、
詰め物をしてはきました。
「口ばっかり達者で、
学校では何もできない子なんです」
と、先生はおっしゃいました。
佐和さんの職場実習は、
製品に部品を取り付けて、
包装する仕事でした。
「部品を取り付けるよ。
まずドライバーを持って」
と言ったら、
ドライバーに手が届きませんでした。
ドライバーの位置を下げましたが・・・
今度は手が小さすぎて
ドライバーをしっかり持てません。
ビス1本打つのに
1日中失敗し続けました。
手が小さすぎて
テープカッターも
ちゃんと使えませんでした。
周りの社員が、
ドライバーの持ち方、
テープカッターの持ち方を
教えるのですが、
手が小さすぎて、
全然
そのとおりに使えませんでした。
見ている私のほうが
ヘトヘトに疲れて、
もうやめよう、
もう別の簡単な作業に変えようと
何度思ったことでしょう。
でも失敗しつくして
あきらめるまで
やらせようと思いました。
その日1日終わって、
私は明日少し様子を見たら、
後は簡単な作業に変えようと決めて、
現場にも予定変更を連絡しました。
ところが次の日、
佐和さんは
自分の工夫をし出しました。
手だけでは
しっかりドライバーが持てない彼女は、
手と体でドライバーを固定して、
体ごとビスを打ちました。
テープカッターは両手で持って
体を使ってテープをカットしました。
実習が終わるころには
佐和さんの顔は
自信があふれていました。
この実習で口だけでなく
仕事も達者な佐和さんになりました。
佐和さんは
失敗しつづけていたのでは
ありませんでした。
佐和さんは
挑戦しつづけていたのです。
そして、挑戦しつづける人に
失敗という言葉はないのだと、
佐和さんは教えてくれました。
口が達者な佐和さんは
私に向かってどんなに
こう言いたかったことでしょう。
「私を信じて!待って!」と。
私たちは何もできなかったのに、
自分の力でがんばりぬいて
ついに乗りこえた佐和さんの姿に、
「佐和さん、よくがんばったね」
と言ったきり、
胸がいっぱいになって
私は次の言葉が
出てきませんでした。』
私はこの佐和さんのお話が
大好きです。
佐和さんが小さな身体で
一生懸命ドライバーでビスを
止めている姿が
目に浮かぶ様です。
私たちは常識というものを
振りかざします。
私たちの常識の中に
時間通りにやるのが
常識であり
ハンデがあるから元々
無理に決まっていると思うことが
常識であり
知的障害の方は
考えることが
できないが
常識と思っています。
森安さんのおっしゃるとおり
常識ほど
あやしいものはありません。
佐和さんは
「できない!」とは
1%も思っていませんでした。
森安さんが言う
この文章です。
『佐和さんは
失敗しつづけていたのでは
ありませんでした。
佐和さんは
挑戦しつづけていたのです。
そして、
挑戦しつづける人に
失敗という言葉はないのだと、
佐和さんは教えてくれました。』
私が思いますに
佐和さんは
「できる!」とか
「できない!」とかではなく
目の前の課題を
「実現する!」ということを
露ほども信じて
疑っていないのです。
唯、周囲が
常識というあやふやなもので
時間というものさしで
そのプロセスを止めています。
「実現する!」
と100%信じ込んでいる
佐和さんが
佐和さんのイメージと
異なった現象が起こっても
それを結果だとは捉えないのです。
「実現する!」ために
ひたすら
進行しているに過ぎません。
私たちが常識としているもの
特に
結果という概念に
固執しているように
感じます。
結果は
固定した時間の中に
存在します。
私たちの真実は
永遠の中に存在しています。
永遠の旅人です。
結果は重要ではないのです。
私たちは
いつも限られた時間の中で
何かをやらなければ!
何かを成し遂げよう!と
想いを発します。
佐和さんは
ありたい自分で
いるのだと思います。
ありたい自分を
はっきりと持っているのだと
思います。
佐和さんは
とても知的な人です。
知的障害者とは
私たちの
限定された社会が作った
あやしい常識からの呼び方に
過ぎません。
寧ろ
私たちのほうが
知的障害者かも
しれません。
今、私たちにとって
大切なことを
佐和さんは
教えてくれています。
限られた時間など
ないのです。
何かをやり遂げよう!
と思うこともありません。
その心の中に
恐れが潜んでいます。
この恐れがある限り
自我意識が
顔を持ち上げてきます。
真の問題解決には
ならないのです。
あるがままの
ありたい自分でいることです。
結果は
自分がゴールと
決めたところが結果であり
その結果は
また原因になり
進んでいくのです。
そのプロセスをこそ
楽しんでください。
私たちは
これからもプロセスの中で
進行し続けていきます。
それが進化すると
いうことです。
ゴールなどないのです。
それは
限定された常識の上での
ゴールに過ぎません。
私たちは
永遠の宇宙の旅人であり
神仏に向かって
旅をしています。
この永遠の中の
今という瞬間に
ありたい自分を思いっ切り
表現していこうでは
ありませんか。
この小学生のように
小さな佐和さんを見習って
今日も生かしていただいて
ありがとうございます。