2014年6月17日火曜日

“子どもたちが教えてくれたこと”2

引き続き森安さんの講演を

お楽しみください。


『次は社員の将義君です。

特定のことに

とてもこだわりがある彼です。

朝更衣室で髪型を整えます。

どうみても丸刈りに見えるのですが、

鏡を見て時間をかけて髪形を気にします。

やっと髪型を整え終わるのだけど、

最初とちっとも変わっていないのです。

洗面所で手を泡だらけにして、

10分ぐらい手を洗っている人がいたら、

それは彼です。



バスが大好きで、

必ず運転士が見える

一番前の席に座るのは彼です。

養護学校在学中に、

ほかの会社に就職が決まっていましたが・・・

その会社の社員たちから

「あんな子と同じ会社だと思われたくない」

という声があり、

取り消しになったそうです。



彼はカウンターという製品を作る

仕事をしています。

大きなプレス機を使って、

たくさんの手順があって、

品質基準も厳しいとても難しい仕事です。



知的障害者にこんな難しい仕事は

任せられないだろうという見方に反して、

彼は今1人で

この職場を任されています。



何かとこだわりのある彼は、

仕事の手順も正確で、

検査も、

非常に細かい基準に正確に従うため、

どんなキズも

見落とすことがありません。

彼が検査したのなら間違いはない、

とみんなに言われています。



私は彼が養護学校時代に、

絵を描いたり工作をするのを見て、

物の成り立ちを見抜く力、

物を作る力の優れているのに感心して、

この力はもの作りに活かせると思って、

採用を決めました。



コミュニケーションはイマイチで、

いまだに話をすると

かみ合わないことがあります。

でも4年つき合って、

私は一度も困ったことはありません。



それからある養護学校で出会った、

知的障害のある

リサさんのことをお話します。

リサさんはおしゃべりが不自由です。



私はリサさんは何も考えてなくて、

何もわかってないんだと思っていました。



ところがある日、

たまたまリサさんが書いた

作文を目にしてびっくりしました。

原稿用紙数枚にわたって、

表現豊かにつづられた文章でした。



私は初めて、体や知的能力は

不自由なところがあっても、

心はとても自由なんだということを

知りました。



リサさんはメールが得意で、

送ったらすぐに

生き生きとした返事が返ってきます。



そうやって、適切な補助があれば、

障害があっても

自由に表現を楽しむことが

できるんだと思いました。



人の表面しか

見ることができなかった自分に

気づかされました。



ハンディがある人ほど、

自分を表現できない、

理解してもらえない、

もどかしい思いをしていることに

気づきました。



最後に、

職場実習に

ゲーム機を持ってきた生徒の話です。



「休み時間はいちばん好きな

過ごし方をするんだよ」

と言ったところ、

彼はゲーム機を持参しました。



そして、巡回で来られた先生に

「これは仕事と関係ないだろう。

しまってこい」

と言われました。



先生が帰られた後、私は彼に

「すぐ使いたいものは手元に置くんだよ」

と言いました。



彼は安心して仕事をして、

休み時間は

すぐゲームをすることができました。

そして、自分で時間を守って、

また仕事に向かいました。



大事なのは、こだわることも

好きなことも思い切りやって、

仕事も集中してやる。

そのけじめが

自分でつけられることです。



私たちは

「余計なことは

やめさせることによって、

仕事に集中させよう」

と思うものですが、

それは

教育の半分が

できていないのです。



彼にとってみれば、

どれも同じだけ

大切にしているのだということを、

忘れてはいけないと思います。



好きなことをやめれば、

きっと、仕事もできない、

切り替えもできない

中途半端な人間ができあがること

でしょう。



同じ気持ちで

私は知的障害者の

作業支援の勉強をしたときに、

こんなことを学びました。



知的障害者に仕事を教えるときは、

こうするんだという方法です。

実際いっしょに仕事をしてみて

どうだったのでしょうか。



1.初めから一貫して(同じ方法で)繰り返す

2.指示者、指導者は同じ指導をする

3.理解しやすい方法を考える

4.指導内容をいっしょに整理する

5.できたことをほめる

6.理解したかどうかの確認をする



ひもで作る部品があります。

養護学校の生徒には、

同じ形にそろえるのが

難しい作業でした。



私がいっしょに作業しながら、

つまづいているところを観察して、

わかりやすい手順書を作って、

養護学校の生徒にも、

この作業ができるようになりました。



後日製造課に行ったとき、

社員がみんなで

その手順書を使っていました。



「これは、

みんながわかりやすいから、

使わせてもらってるよ」と。



私は、養護学校の生徒が、

この作業がわかりにくいから、

できないから、

それを何とかしようと

思ってやったのだけど、

そんなことではありませんでした。



みんながわかりやすい、

みんなができるということが、

いちばん尊いことなんだと。

そうすれば、障害の有無なんて

関係ないんだと思いました。



障害あるみんなが、

この作業はわかりにくいよ、

この作業は力がいってしんどいよ、

この部品は何でこんな形なの?

といろんな疑問を出してくれました。



私たちはそれを

一つ一つ改善していきました。



その結果どうなったでしょうか?

障害ある人だけが

助かったのでしょうか。

そうではありません。



職場のみんなが、

わかりやすくなりました。

楽にできるようになりました。

健康な環境になりました。

扱いやすい形になりました。



障害あるみんなが来てくれるまで、

私たちは

何年も気づかずにいたことが、

たくさんありました。



こうやって、

障害あるみんなに気づかされて、

初めていろんな改善をしてきました。



指導法とか

上から目線なものはあるわけですが、

同じ気持ちで、

目の前にいる相手と

学び合うことが

いちばんだと思ったものです。』

続く