今日ははじめに ~生命は~という短い詩を 紹介させていただきます。 この詩は吉野 弘さんという方が 書いたものです、 共有してください。 ~生命は~ 生命は自分自身で
完結できないように つくられているらしい 花もめしべとおしべが
揃っているだけでは不充分で 虫や風が訪れて めしべとおしべを仲立ちする 生命はすべて
そのなかに欠如を抱き それを他者から満たしてもらうのだ 世界は多分他者の総和 しかし互いに欠如を満たすなどとは
知りもせず知らされもせず ばらまかれている者同士 無関心でいられる間柄 ときにうとましく思えることさえも 許されている間柄
そのように世界がゆるやかに 構成されているのはなぜ? 花が咲いている すぐ近くまで 虻の姿をした他者が 光りをまとって飛んできている 私も あるとき 誰かのための虻だったろう あなたも あるとき私のための 風だったかもしれない ・・・・・ 詩人・吉野 弘
この~生命は~を読んで どう感じられましたでしょうか? 私たちの存在そのものが 他者との総和で 成り立っています。 というより 自と他は一体なのです。 すべてはひとつに 繋がっているのです。
愛 生命 智慧 光の視点において 同じものが感応して 増幅しています。
今から紹介するお話は
ある会合で その時の講師の方から うかがったお話です。 このお話も共有してください。
日本理化学工業㈱の 会長である 大山泰弘さんのことを お話をして頂いた内容です。 日本理化学工業は 56年目を迎える 黒板に書くチョークの 製造会社として 国内の3割超を超える 会社です。 その会社の社員さんの 74人の中で 7割超が 知的障害者の方たちが 働いています。
今では、 「日本でいちばん 大切にしたい会社」 という本でも 紹介されている会社です。
しかし、 最初のきっかけは 1959年だったそうですが、
知的障害者の通う 養護学校の先生が 会社に飛び込んで きたんだそうです。 来年卒業する子の 就職依頼でした。
大山さんは 門前払いのような感じで その依頼を 断ったのだそうです。
しかし、 その看護学校の先生は めげずに 3回も大山さんの会社に 訪ねられたそうです。
3回目には 『子どもたちは卒業したら 地方の施設に入ります。 そうしたら働くことを 知らずに一生を終えます。 もう就職は お願いしませんから、 働く経験だけさせて もらえませんか』と 大山さんに 頭を下げて お願いしたそうです。
不憫に思った大山さんは、 2週間の約束で 実習を受け入れました。
実習をしに、 やってきた2人の 知的障害の少女は 2週間、 一心不乱に ラベル貼りをしました。 昼休みのチャイムにも 気づかないくらい 頑張るのだそうです。
その姿に 大山さんの会社の 社員さんが 心に打たれて、
「不足しているところは 私たちが補うから 雇ってください」 と大山さんに お願いしたそうです。 そして、 初めて知的障害者を 採用することになりました。
それから暫くして 大山さんは、 法事でたまたま隣に座った お坊さんにこの話を したのだそうです。 そして、 「施設にいれば 3食付いて幸せなのに、 どうして彼女たちは毎日、 満員電車に乗って 会社に来るんでしょう」 と尋ねたそうです
そうしましたら、 そのお坊さんは 「人間の究極の幸せは、
愛されること、 褒められること、 役に立つこと、 人に必要とされる ことの4つです。
愛されること以外は、 働いてこそ得られます」 と言われたのだそうです。
その言葉を聞いて 大山さんは 気づいたんだそうです。
「人間の幸せを かなえられるのが 会社なら、 知的障害者を一人でも多く 雇用しようと 考えるようになりました」 とのお話でした。
それ以降 工場見学に来る
小学生や中学生の 子どもたちが来ると
「働くって、 どういうこと?」と 投げかけてみるのだそうです。
すると全員が 「会社に行っておカネを もらうことです」と 答えるのだそうです。
子どもたちは 私たち大人が 言ったり考えたり していることを 言っているのに 過ぎないのです。
大山さんは その時、 法事の時の お坊さんから聞いた言葉を 伝えるのだそうです。
「働くとは、 人に必要とされ、 人の役に立つことだと 思います」と。
大山さんは 知的障害者というくくりで
社会が勝手に 決めつけている方たちと 働くことによって 人間の本質を 掴まれた方だと思います。
知的障害者と 呼ばれている方たちこそ 本質において健常者であり
私たちの方が 本質においての 障害を持っています。
知的障害者と 呼ばれている方々は 常に真我から語り 表現しています。 神の心のままに
私たちは 金勘定や物質や 単なる効率や 生産性やコストとか いう訳の解らないもので 分析などという あたたかくない言葉で 人や物事を 分け隔てています。
自我による どんなことも偽者なのです。
偽者こそ 現象だけに 囚われています。 それこそ 障害者なのです。
昨日まで 真なるリーダーシップを 学ぶ意味で 呂新吾さんの『呻吟語』から その流れで安岡先生や 双葉山さんのお話を紹介し、 共有していただきました。 その中にも出ていますが
リーダーが 人を使うときの 重要な心がけとして 「相手の能力を引き出す」 という箇所があります。
「駱駝(らくだ)は 百鈞もの重さを 背負うことができるが、 蟻はわずか 一粒のものしか 背負うことができない。 それで駱駝も蟻も 全力をつくして いるのである。
象は数石もの 水を飲みほすが、 鼠はわずか 一勺の水しか 飲むことができない。 それで象も鼠も 腹一杯に 飲んでいるのである。
君子が人を使う場合、 必ずしも同じような 実績を期待しない。 相手がそれぞれの長所を 発揮できるように しむけるのである。」
このように 人にはそれぞれに すばらしい特性が 備わっています。 その特性をきちんと 見て、適材適所に 配置するのが リーダーとして とても必要なことです。
それが真なる 仕事というのでは ないでしょうか?。 それがリーダー自身を 生かしているとも いえるのだと思うのです。 生かして頂いて 有難うございます。
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