2014年6月12日木曜日

「イマダモクケイにオヨバズ」1

暫く、『呻吟語』を

題材にブログを

進めてきまして、

安岡正篤先生の

『呻吟語を読む』を

紹介させて頂きました。



その時、安岡先生と

大相撲の双葉山さんの

あまりにも有名なエピソードも

思い出したのです。

これは以前のブログにも

紹介しましたが

ためになる話ですので

共有してくだされば幸甚です。



私が生まれたのは大分県の

佐伯というところです。

町は違うのですが

子供の頃は

郷里が生んだ大横綱

双葉山さんの

大ファンでした。



私の時代は

現役力士では

栃錦さん・先代若乃花さんの

栃若時代と言われている頃で

双葉山さんは現役を引退していて

時津風理事長として

活躍されていた時代です。



わたしの父が

大相撲が好きで

双葉山さんの大ファンで

現役時代の69連勝のこと

優勝回数12回(年2場所の時代)

という偉大な記録のこと

左上手さえ取れば絶対に勝つ

といったことを

私に教えてくれていて

見たことはなくても

頭の中は当時の双葉山さんの

取り口までイメージができていました。

後にテレビで当時の取り組みが

映し出されたのを見たとき

私のイメージの正確さには

自分が驚いたぐらいです。

私にとっては伝説のヒーローです。



当時はラジオしかない時代で

物心付いたら

相撲の時間になると

ラジオにかぶりついていました。

私が生まれて数年たって

テレビ放送が始まったのですが

一般の家庭にはありません。

私の家は貧乏でしたので

テレビを家で

見れるようになったのは

高校生のときだったと思います。



今日のタイトルの

「イマダモクケイにオヨバズ」

という言葉も最初は

私の父から聞いた言葉でした。



この双葉山さんこそ

呂新吾さんが

『呻吟語』で語る

深沈厚重

(しんちんこうじゅう)の

第一等の

資質を持つ人物として

頭に浮かんだことも

さることながら、



さらに

安岡先生と双葉山さんとの

出会いにおける

或るお話を思い出したからです。

それが「木鶏」の話です。



安岡先生の

『人物を修める』(致知出版社刊)

という本の中にも詳しく

それは書かれています。

このお話もとても奥深い

人格形成にふさわしい

実話で大好きなおはなしです。

引用させていただきます。



『恐らく老子と

その最も代表的な

後進である荘子と

前後する人と思われるのが

列子であります。



しかし、

この人については、

老子の後学で

荘子の流(ながれ)であると

推定される以外、

全くわかっておりません。



その「列子」に

「木鶏」(もっけい)

の話があります。



紀渻子(きせいし)、

王の為に闘鶏を養ふ。

十日にして而して問ふ、

鶏已(よ)きか。

曰く、未だし。

方(まさ)に

虚憍(きょけう)にして

而して気恃(たの)む。



十日にして又問ふ。

曰く、未だし。

なお影響に応ず。



十日にして又問ふ。

曰く、未だし。

なお疾視(しつし)して

而して気を盛んにす。



十日にして又問ふ。

曰く、幾(ちか)し。

鶏、鳴くもありと

雖(いえど)も、

已に変ずることなし。

之を望むに木鶏に似たり。

其の徳全し。

異鶏敢(あえ)て

応ずるもの無く、

反って走らん。



これと同じ話が

「荘子・外編」に

出ております。



紀渻子という人が

闘鶏の好きな王

(学者によって説もありますが、

一般には周の宣王ということに

なっています)

のために

軍鶏(しゃも)を養って

調教訓練しておりました。



そして

十日ほど経った頃、

王が“もうよいか”と

ききましたところが、

紀渻子は

“いや、まだいけません、

空威張りして

「俺が」という

ところがあります”

と答えました。



さらに十日経って、

またききました。

“未だだめです。

相手の姿を見たり

声を聞いたりすると

昂奮するところがあります”。



また十日経って

ききました。

“未だいけません。

相手を見ると

睨みつけて、

圧倒しようとする

ところがあります”。



こうして

さらに十日経って、

またききました。

そうすると初めて

“まあ、

どうにかよろしいでしょう。

他の鶏の声がしても

少しも平生と変わる

ところがありません。



その姿はまるで

木彫の鶏のようです。

全く徳が充実しました。

もうどんな鶏を

連れてきても、

これに

応戦するものがなく、

姿をみただけで

逃げてしまうでしょう“と

言いました。



大変おもしろい話で

ありますが、

私はこの話を

往年の名横綱双葉山関に

したことがありました。



これは双葉山関自身が

『相撲求道録』という本に

書いておりますが、

まだ横綱になる前の

大変人気が出てきた頃でした。



双葉山を

非常にひいきにしていた

老友人に招かれて

一緒に

飲んだことがあるのです。



なにしろ

私も

まだ若かった頃ですから

つい一杯機嫌で、

“君もまだまだだめだ”と

申したましたところ、

さすがに

大横綱になるだけあって

私もそのとき

感心したのですが、

“どこがいけないのですか”と

慇懃(いんぎん)に

尋ねるのです。



そこで私が

木鶏の話を

いたしましたところが、

大層感じ入ったらしく、

それから

木鶏の修行を

始めたのです。



その後は皆さんも

ご存知のように

あのような

名力士となって、

とうとう

六十九連勝という偉業を

成し遂げたのであります。



なんでもそのとき、

私に木鶏の額を

書いてくれということで、

書いて渡したのでありますが、

その額を部屋に掛けて、

朝に晩に静座して

木鶏の工夫をした。

本人の招きで

私も一度まいりました。』



ここで、今日は

終了しますが、

その後の安岡先生と双葉山さんの

エピソードはさらに興味深い

展開になるのです。

是非、明日もお読みください。

お楽しみに!



生かしていただいて有難うございます。