2014年6月30日月曜日
「幸せ気分」
暫くは
山元加津子さん
(かっこちゃん)を
紹介していきます。
「宮ぷーこころの
架橋ぷろじぇくと」に
掲載された以前の記事は
読むことができません。
私は5年分ぐらいの
「宮ぷーこころの
架橋ぷろじぇくと」を
保存していて、
何回も何回も
自分の大好きなところを
読み返しています。
そのうちのひとつを
紹介したいと思っています。
雪絵ちゃん
(笹田雪絵さん)の本を
想いだしながら書いた
2011年の日記を
紹介してくれました。
素晴らしい気づきを
提供してくれます。
長いので今日と明日
2回にわたってお届けします。
是非、共有してください。
雪絵ちゃんは
魔女の翼:から
「お日様気分」というエッセイも
出しています。
定価1,000円(税込)
2011/6/3
『雪絵ちゃんの本「幸せ気分」
(魔女の翼
TEL052-871-3009)は、
本屋さんには並ばない本ですが、
すごくたくさんの方に
愛されています。
その本の元になったのは
仲間と一緒に手作りした
雪絵ちゃん手書きの
紫色の「幸せ気分」という
冊子でした。
今日は
本棚を少し整理していたら、
その本が目について、
手にとりました。
ぱっと開いて読んだ
いくつかのエッセイ。
偶然に
開いたページからだけでも、
はっと気がつかされることが
いっぱいあって、
体の中に雪絵ちゃんの存在が
広がるような気持ちになります。
雪絵ちゃんとは、
慢性の病気を持っていて、
そのために
地域の学校に通うことが難しい
お子さんが通っている
病弱養護学校で出会いました。
雪絵ちゃんは
中学二年生のときに、
多発性硬化症(別名MS)
を発病しました。
熱が出て、
手や足が
思うように動かなくなったり
目が
見えにくくなったりしました。
しばらくすると
だんだん見えるようになって、
手足が動くようになりましたが、
雪絵ちゃんの場合は
再発を繰り返して、
少しずつ症状が
重くなっていきました。
でも、
同じMSでも、一度発病しても、
それから発病しなかったり、
軽い経過をたどる方も
たくさんおられるように
聞いています。
手作りの「幸せ気分」から
文章を拾いました。
・・・・・
「楽しい悲しみ
悲しい事やつらいこと、
悩みがあるのは、嫌だけど、
これらをちゃんと通らないと
前へは進めない。
明日は来ない。前へ進みたい。
だから喜んで悲しみます。
何日か後に、
いい事が待機しているかもしれない。
そうに決まってる。
だから、
今日は悲しい事があったけど、
とりあえず
私のことを
待っててくれているいい日のために
通過しておかないといけない。
楽しみながら、
明日を期待しながら悲しむよ。
なんか明日はいい事ありそう。
・・・・・
いいの?
隣に入院していた人とは
3週間くらい一緒でした。
とても気が合い、
良く話をしたり、
笑ったりしてたため、
3週間の入院生活は
楽しすぎるくらい楽しく
過ごせました。
入院して
そこで初めて出逢って、
たった3週間だけ
一緒にいただけなのに
その人は
私の身体を
すごく心配してくれて真剣に身体、
もっとよくなるといいなあと
よく言っていました。
そしてある日、突然、
「ねえ、
私の目あげることできないかな?」
と言いました。
どうして?
この間逢ったばかりの私に、
目をあげるってどうして言えるの?
もらったりすることのできない目だけど、
気持ちが
すごく嬉しくてたまりませんでした。
検査しても良くなっていないけど、
私の目
どんどん強く元気になっていってるんだよ。
私の目って幸せ者でしょ。
・・・・・
届くよ
好きなこと自由に書いていいという
ノートが
(病院に)ありました。
そのノートを見ると死にたい、
死にたいと
たくさんの人が書いていました。
もう嫌だ、情けないよとか。
でも
たくさんの人の死にたいを
読んでいるうちに、
この人たちは皆
死にたいのではなくて
生きたいんだと思いました。
助けて!元気になりたい。
私生きたい。
そう言ってるのだと思うのです。
誰かに
死にたいと言える人は素敵です。
精一杯生きてる人です。
自分を大切に想ってる人です。
元気になりたくて、
誰かの助けがほしくて
叫んでるのだと思うのです。
その声必ず助けてくれる人に届くはず。
だからもっと言ってね。伝えてね。
・・・・・
もっと自由に
私はもっと自由になりたい。
(みんなわたしに)
遠慮せずなんでも頼んでねと言うけど、
(わたしが)何かしてるとき、
遠慮せずに
言ってくれればいいのにと言うけど、
私は
遠慮しているわけではないのです。
何かをしてもらうと言うことは、
その人が
いなければいけないって事です。
たとえば
りんごを食べたくても
皮をむくことが出来なかったら、
誰かにお願いするしかありません。
でも
皮をむくことを覚えたらこれからは
誰かを待たずに食べたい時に自由に
りんごを食べることが出来ます。
遠慮して自分で皮をむくのではなく、
自由になりたくて皮をむくのです。
出来ることをどんどん
「遠慮しないで」という言葉で
うばわれていくのは嫌です。
すこしでも
可能性のあることはやってみたいのです。
だめかもしれない。
でもできるかもしれない、
できたら、
またひとつ
自由な世界が広がるのです。
なんだって
やってみないと分からないもん。
もちろん出来ないことや、
やって欲しいことはお願いします。
そういう時の遠慮しないでね
という言葉はうれしい。
つらそうに何かしてても
顔が笑っていたら
それは楽しんでいる時です。
大変そうに見えるけど、
無理してるように見えるけど、
私、自由を楽しんでるんだよ。
・・・・・
幸せ気分
私の病気は
前触れもなくやってきます。
前の日元気だったのに朝起きたら、
目が、足が・・・という感じです。
だから私は
いつ再発しても後悔しないように
毎日
思いっきり生きていたいなって
思っています。
誰かに評価してもらうのではなく、
自分なりの精一杯を、
思いっきり楽しくすごす方法を・・。
急ぐことや決まり事、
そして慌てて何かすることが
少々苦手な私なので、
今日できることは今日するではなくて、
今日できなかったら、
明日すればいいというのが
雪絵流です。
こっちの方が気楽でかえって
なんでもできてしまうので、
不思議。
そしてとりあえず、
明日は寝ててもいいから・・・・
今日だけがんばるの。
そう思うと
じゃあ
今日だけ一生懸命っていうの
やってみようかなって思う。
そして元気なうちに
ばかしちゃえーって思う。
入院してからでは
手も足も出ないもん。
今の内にやっちゃえ、
倒れてからでは
ばかしたくても出来ない。
ばかなこととは挑戦したいこと。
やりたいけどちょっと不安。
でもやりたい・・・と思ったらすぐ
えーいばかしちゃえー。
私が何したって
世の中にとってはちっぽけなことで、
全国ニュースになる訳では
ないんだからと思うのです。
当たり前ですよね。
元気なうちに恥かいて傷ついて
いっぱい
ばか(挑戦)しちゃえって思うのです。
出来るうちにやらなきゃ。』
明日に続きます
生かしていただいて有難うございます。
2014年6月29日日曜日
「ひとを信じるエネルギー」
本日も
早急に
山元加津子さんを
山元加津子さんを
知っていただくために
以前の
「宮ぷー こころの架橋
ぷろじぇくと」から
(※新しい情報や
かっこちゃんのお話は
是非、一昨日の記事の末尾に
記載しましたURLに登録
していただいて、
読んでください!毎日
ためになる情報満載です。)
2年程前の、
横浜で開催された
かっこちゃんの講演会での
素晴らしいお話を
その講演会に
参加していた
かめおかゆみこさん
という方が
とても
すばらしい感想文を
書いてくれました。
共有してください。
その講演会に
参加していた
かめおかゆみこさん
という方が
とても
すばらしい感想文を
書いてくれました。
共有してください。
『山元加津子さん
(かっこちゃん)の
講演会を聴きに行ってきました。
講演会を聴きに行ってきました。
涙あり笑いありの
すてきな講演会でしたが、
何よりもこころに残ったのが、
このひとことでした。
「たったひとりでいいから、
自分の未来を信じて
こころを注いでくれる
何よりもこころに残ったのが、
このひとことでした。
「たったひとりでいいから、
自分の未来を信じて
こころを注いでくれる
ひとがいたら、
ひとは、生きていける」
ひとは、意識的であれ、
無意識的であれ、
さまざまなことを期待して
(ときには怖れながら)
生きているものです。
そのひとつが、
ひとからどう思われるか。
そのため、ときには、
きらわれないように、
浮かないように、
自分をおさえこんだりします。
けれども、
本当は、
ひとは、生きていける」
ひとは、意識的であれ、
無意識的であれ、
さまざまなことを期待して
(ときには怖れながら)
生きているものです。
そのひとつが、
ひとからどう思われるか。
そのため、ときには、
きらわれないように、
浮かないように、
自分をおさえこんだりします。
けれども、
本当は、
そうではないのですね。
たとえ、
1000人のひとと
知り合いになったとしても、
本当に
たとえ、
1000人のひとと
知り合いになったとしても、
本当に
こころをひらけるひとが、
そこにいなかったら、
ひとりぼっちの気持ちが
深まるだけでしょう。
たったひとりでいいから、
本当に、
そこにいなかったら、
ひとりぼっちの気持ちが
深まるだけでしょう。
たったひとりでいいから、
本当に、
自分のことを信じて、
見つめてくれるひとがいたら…。
それが、家族であっても、
友人であっても、
誰でも。
見つめてくれるひとがいたら…。
それが、家族であっても、
友人であっても、
誰でも。
ひとは、生きる勇気を
もらえるのだと思うのです。
年間3万人を超えるかたが、
みずからいのちを絶っていく。
そんな異常な事態が、
13年も
もらえるのだと思うのです。
年間3万人を超えるかたが、
みずからいのちを絶っていく。
そんな異常な事態が、
13年も
つづいているこの日本で、
そこにいたらないまでも、
誰とも
そこにいたらないまでも、
誰とも
こころをわかちあえないで、
苦しんでいるひとは、
どれほどいることでしょう。
いえ、
苦しんでいるひとは、
どれほどいることでしょう。
いえ、
かつての私もそうでした。
もっと言えば、
そう思いこんでいた
時期がありました。
思いこんで、
勝手に自分を孤独に
追いやっていたのです。
本当は、
もっと言えば、
そう思いこんでいた
時期がありました。
思いこんで、
勝手に自分を孤独に
追いやっていたのです。
本当は、
たくさんのひとたちに
見守られているのだということ。
見守られているのだということ。
本当は、
たくさんのつながりのなかで
生きているのだということ。
そのことに気づきもしないで…。
孤独のただなかにいるとき、
ひとは、
そのことに気づきもしないで…。
孤独のただなかにいるとき、
ひとは、
それを感じるだけの
余裕をもつことができません。
だからこそ、
それを
余裕をもつことができません。
だからこそ、
それを
伝えるひとが必要なのです。
たったひとりでいいから、
そのひとをまっすぐに見つめて、
あなたのことを信じているよ。
あなたは、
たったひとりでいいから、
そのひとをまっすぐに見つめて、
あなたのことを信じているよ。
あなたは、
絶対に大丈夫。
そんな思いを注いでくれるひとが。
だから、
そんな思いを注いでくれるひとが。
だから、
あなたのまわりで、
そんなふうに
苦しんでいるひとがいたなら、
そんなふうに
苦しんでいるひとがいたなら、
どうぞ、あなたが、
その
「たったひとり」のひとになって、
そのひとを
そのひとを
信じてあげてください。
信じて
信じて
見つめてあげてください。
何もできなくていいのです。
信じるだけでいいのです。
それは、
まちがいなく
何もできなくていいのです。
信じるだけでいいのです。
それは、
まちがいなく
エネルギーとなって、
そのひとに届きます。
そしてね。
どうぞ
そのひとに届きます。
そしてね。
どうぞ
このことに気づいてください。
あなたが誰かの可能性を
本気で信じるとき、
あなた自身のなかに、
「ひとを信じるエネルギー」が
生まれるのです。
自分には、
誰かをこころから
応援することができる。
誰かの未来を本気で信じて、
応援することができる。
そう思う気持ちが、
エネルギーに
ならないわけがないのです。
だから、私たちは、
ひとを信じることで、
そのひとに
応援することができる。
誰かの未来を本気で信じて、
応援することができる。
そう思う気持ちが、
エネルギーに
ならないわけがないのです。
だから、私たちは、
ひとを信じることで、
そのひとに
エネルギーをあたえ、
自分自身にも、
エネルギーを
あたえているのです。
私たちが、お互いに、
その、
自分自身にも、
エネルギーを
あたえているのです。
私たちが、お互いに、
その、
「たったひとり」の
ひとになりあえたら、
かなしみと絶望の連鎖を、
終わらせることが
できるはずなのです!
かっこちゃんの
ひとになりあえたら、
かなしみと絶望の連鎖を、
終わらせることが
できるはずなのです!
かっこちゃんの
講演を聴きながら、
私は、ひとりで、
そんなことを考えていました。
かっこちゃんが、それを信じて、
語りつづけていくように、
私もまた
語りつづけたいと思いました。
それぞれの場で、
それぞれのやりかたで、
どうぞ、
私は、ひとりで、
そんなことを考えていました。
かっこちゃんが、それを信じて、
語りつづけていくように、
私もまた
語りつづけたいと思いました。
それぞれの場で、
それぞれのやりかたで、
どうぞ、
あなたも、
その「たったひとり」のひとに
なってください。
そうして、お互いが、
「たったひとり」のひとに
なっていきましょうよ。
いつか気がついたら、
たったひとりのみんなが、
手をつなぎあって、
たったひとりではなくなって
いるかもしれませんが。
そしたら
世界は変わりますね!
かがやく未来が
ひらけますね!』
いかがでしたか?
その「たったひとり」のひとに
なってください。
そうして、お互いが、
「たったひとり」のひとに
なっていきましょうよ。
いつか気がついたら、
たったひとりのみんなが、
手をつなぎあって、
たったひとりではなくなって
いるかもしれませんが。
そしたら
世界は変わりますね!
かがやく未来が
ひらけますね!』
いかがでしたか?
「たったひとりでいいから、
自分の未来を信じて
こころを
注いでくれるひとがいたら、
ひとは、生きていける」
ひとは、生きていける」
このメッセージが
届きましたでしょうか。
今日は日曜日
今日、
あなたは
誰に対して
こころを
注ぎましょうか?
あなたの周りに
ちょっと気になる
愛する人は
いませんか?
その人に
こころを差し向けて
あげましょう!
信じるエネルギーを
広げていきましょう!
生かしていただいて
有難うございます。
*****************************************************
角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
真理研究会:http://sinrikenkyu.jimdo.com/
Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
*****************************************************
Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
*****************************************************
2014年6月28日土曜日
「かっこちゃんの宝物」
昨日に引き続き
山元加津子さん(かっこちゃん)の
ことをご紹介したいと
思います。
「宮ぷー こころの架橋ぷろじぇくと」
のメルマガで
過去に
紹介されていたお話ですが
かっこちゃんという人が
どういう方かを知る上で
とても面白いエピソードがあります。
私のとても大好きなお話です。
どうか共有してくださいね1
「かっこちゃんの宝物という
お話をかっこちゃんの
お話をかっこちゃんの
プロフィールに続いて
紹介させていただきます。
山元加津子さんのプロフィール
山元加津子さんのプロフィール
1957 年金沢市生まれ。
富山大学理学部化学科を卒業後、
石川県内の特別支援学校に
勤務している。
愛にあふれた彼女のメッセージは、
著書や講演を通じて全国に広がり、
子どもたちだけでなく
心を閉ざしていた
大人たちの心を開き、
奇跡のような出来事が
次々と起こっている。
2007 年に完成した
ドキュメンタリー映画
「1/4の奇跡
〜本当のことだから〜」は
そうした
彼女の活動を追った作品で、
現在までに 1000 カ所以上、
海外 14 カ国以上で、
自主上映会が開催されている。
また、
毎日必ず送られてくるメルマガ
「宮ぷーこころの架橋ぷろじぇくと」
を通して、
多くの読者と
温かい関係を築き続けている。
著書に
「本当のことだから」
「ゆうきくんの海」
「魔女モナの物語」(以上三五館)
「きいちゃん」(アリス館)
「手をつなげば、あたたかい」
(サンマーク出版)など多数。
「手をつなげば、あたたかい」で
第 40 回泉鏡花記念市民文学賞を受賞。
愛称「かっこちゃん」
それでは『かっこちゃんの宝物です』
『かっこちゃんの宝物なあに?
と学校の子供たちが聞きました。
宝物はいっぱいいっぱいあります。
そのひとつを
宝物はいっぱいいっぱいあります。
そのひとつを
渡辺のおっちゃんからの手紙です。
もう何年も前のこと、
郵便受けの中の
もう何年も前のこと、
郵便受けの中の
手紙の差出人のお名前を見ても、
なんのことかわかりませんでした。
いったいどなただったろう、
なんのことかわかりませんでした。
いったいどなただったろう、
それにしても不思議な肩書き・・
そう思って文字をしばらく
そう思って文字をしばらく
眺めていて思い出したのです。
その方の肩書きは
「公園のおっちゃん」
というのでした。
その方とお会いしたのは、
その方とお会いしたのは、
関西へ出かけたときでした。
その日は雪の降る日でした。
講演会場は
その日は雪の降る日でした。
講演会場は
駅から歩いて5分と聞いていたのに、
歩いても歩いても
歩いても歩いても
そこにはつきませんでした。
道はあってるようなのに、
地図だって見てるのに、
もう40分も歩いたのに・・
もう40分も歩いたのに・・
と不安になっていながらも、
まだ2時間もあるから・・
まだ2時間もあるから・・
とそれほど
あわててはいませんでした。
けれど
(5分のところをタクシーに
連れていっていただくのは
申し訳ないって思ったのは
間違いだったかもしれない・・
タクシーの運転手さんだったら、
タクシーの運転手さんだったら、
きっとすぐにわかったのに)
とため息まじりに
考えだしていたところでした。
関西って
雪の少ないところだと思っていて、
おまけに小松では晴れていたのです。
だからコートもなしで傘も
おまけに小松では晴れていたのです。
だからコートもなしで傘も
持っていませんでした。
主催者の方に書いていただいた
主催者の方に書いていただいた
地図に載っている
公園をみつけました。
うれしくて、
うれしくて、
その中を走るように
いそいでいたら、
途中ですべって
途中ですべって
ころんでしまいました。
ころぶのは慣れているけれど、
たった一人、
見知らぬ土地に来て、
見知らぬ土地に来て、
講演会場になかなか着かないし、
お洋服もどろどろだし、
お洋服もどろどろだし、
髪もぬれちゃったし、
こんな格好でたくさんの方の前に
こんな格好でたくさんの方の前に
出なくちゃいけないんだと思ったら、
自分でもびっくりするくらい
自分でもびっくりするくらい
急にわきあがるように悲しくなって、
近くのベンチに座って、
近くのベンチに座って、
ちょっと泣きました。
その方にお会いしたのは
そのベンチででした。
「痛かったんか?」
さっきまで
確かに私の横には
誰も座って
おられなかったはずなのに・・
その方はいつのまにか
その方はいつのまにか
そこに座っておられました。
その方はきっと
公園の中のテントに
暮らしておられる方なのだと
そのとき、
私はなぜだか思いました。
「痛かったんか」の問いに
うんと小さくうなずくと、
何か口の中で
おっしゃたのだけど、
私には聞き取れませんでした。
その方は
じっと下を向いておられて、
私は
私は
なにを話そうかと思いました。
そして道を聞きました。
そして道を聞きました。
「〇〇ホールというのは
どこにあるのでしょう?」
その方は首を傾げて
「おっちゃんはわからんわ」
っておっしゃいました。
っておっしゃいました。
わからんわと
おっしゃったけれど、
とても温かく、
わからないことが
とても残念そうに
言ってくださったので、
さっきまでちょっとだけ
さっきまでちょっとだけ
泣いていたことが
うそのように
うれしくなりました。
うれしくなりました。
「駅から5分って書いてあるのだけど、
もうすごくたくさん歩いたの・・」
「そうか・そうか・・」
おっちゃん”は
やっぱりとてもやさしかったです。
どうしてポケットを探して
おられるのかなと思ったら、
ポケットから
ポケットから
飴を出してくださいました。
きっと大事に
ずっと持っておられた
飴なのだと思います。
飴の包み紙が
飴の包み紙が
飴にくっついていて、
食べたとき、
食べたとき、
「あれ?」って思いました。
「ナイロンくっついとったか?
なめとればとれるよ」
と“おっちゃん”は教えてくれました。
と“おっちゃん”は教えてくれました。
「ほんとう・・」
とてもきれいにナイロンは
おもしろいようにはがれました。
大きな甘露飴みたいな飴は
大きな甘露飴みたいな飴は
とても甘くて、
ほっとしました。
その方のことを
どう
呼んでいいかわからなくて、
「なんて
「なんて
お呼びしたらいいですか?」
とお聞きしたら、
「おっちゃんでいいよ」
とおっしゃいました。
でも
でも
“おっちゃん”っていう呼び名に
こちらにいてなれていなくて
こちらにいてなれていなくて
ためらっていたら、
「渡辺っていう名前やった・・
しばらく使ったことがなかったな」
と言われました。
と言われました。
「私、
6時までにどうしてもそこへ
行かなくちゃいけないんです。
渡辺さん
渡辺さん
ありがとうございました」
立ち上がろうとしたら、
「ちょっと待って・・」
と“おっちゃん”は
「ちょっと待って・・」
と“おっちゃん”は
傘を貸してくださいました。
「でも私、
ここにすんでいないから
返せないかもしれないんです」
“おっちゃん”は、
「たくさんあるからいいよ。
それとも
骨が曲がっていて恥ずかしいか?」
と言ってくださいました。
と言ってくださいました。
確かに骨は曲がっていたけど、
その傘は雪をよけるには
十分すぎるほどでした。
「じゃあ返しにきます」
と言ったのに、
「いいよ、あげるよ」
と言ってくださったので、
私はそれを
私はそれを
いただくことにしたのです。
公園を出て、
公園を出て、
地図を頼りに歩いたら
それからしばらくして、
そのホールはありました。
まだ建ったばかりの
そのホールはありました。
まだ建ったばかりの
真新しいホールでした。
主催者の方が
私のぬれていたり、
泥だらけだったりする
かっこうを見て
かっこうを見て
びっくりされたようでした。
それから
「ちょっと遠かったでしょう?
ここ、できたばかりなので、
ここ、できたばかりなので、
私たちも初めて来たので、
遠くてびっくりしてたんです」
遠くてびっくりしてたんです」
と言われました。
家に帰ってから、
でも“おっちゃん”のことは
家に帰ってから、
でも“おっちゃん”のことは
何度も思い出しました。
それで
それで
お礼のお手紙を
書きたいと思いました。
前にも大阪駅で、
お世話になった方で、
やっぱり住所をもっておられない
段ボールのおうちに
やっぱり住所をもっておられない
段ボールのおうちに
すんでおられた方に
お手紙を出したとき、
手紙は
手紙は
「宛先不明」で
戻ってきてしまいました。
でも
今度は名字も知っているので、
郵便局の方に
郵便局の方に
申し訳ないなあと思いながら、
またお手紙を書きました。
またお手紙を書きました。
宛名のところには、
〇〇の〇〇市〇〇公園と書いて、
それから公園の絵地図を書いて、
それから公園の絵地図を書いて、
テントの絵もかいて、
おっちゃんの似顔絵も描いて、
おっちゃんの似顔絵も描いて、
“渡辺のおっちゃん”
と書きました。
その手紙は
何日たっても
戻ってきませんでした。
最初は
私の手紙
どうなったかな?って
何かの折りに
何かの折りに
思い出したりしていたけど、
でもきっと
ついてはないだろうなって
昨日まで思っていました。
その手紙を出して、
その手紙を出して、
もう2年以上経っていました。
私はその手紙を出したことさえ
私はその手紙を出したことさえ
すっかり忘れていたのでした。
ところが
ところが
その日いただいた手紙は
“渡辺のおっちゃん”からの
“渡辺のおっちゃん”からの
ものだったのです。
手紙は届いていたのです。
手紙は届いていたのです。
郵便やさんが、
私が書いた、宛名と地図で、
“おっちゃん”を
“おっちゃん”を
探してくださったのです。
こんな手紙を出したと書くと
こんな手紙を出したと書くと
郵便局の方や、
それからどなたかに
叱られてしまいそうです。
だって、
とても迷惑をおかけしますもの。
でもお手紙、
でもお手紙、
出したかったのです。
親切な郵便やさんに
今日はお礼を言いたいです。
本当にありがとうございました。
“おっちゃん”は
「げんきですか?
本当にありがとうございました。
“おっちゃん”は
「げんきですか?
てがみをくれておどろきました。
しんせつなゆうびんやさんが、
渡辺さんというひとはいませんか
しんせつなゆうびんやさんが、
渡辺さんというひとはいませんか
とたずねてもってきてくれました。
さいしょは
さいしょは
おっちゃんのことかどうか
わからなかったけれど
えでかいたちずで、
えでかいたちずで、
おっちゃんのことだとわかりました。
うれしくてなかまにもみせました。
へんじがかけるとはおもいませんでした。
けれど、かくことができました。
げんきでいてください。
こうえんのおっちゃんより」
これは原文のままです。
私がいただいた
こうえんのおっちゃんより」
これは原文のままです。
私がいただいた
宝物のようなお手紙が
こうして
こうして
お返事で返ってくるなんて、
私、うれしくて、
私、うれしくて、
うれしくて、
信じられないくらい
うれしくてたまりません。
うれしくてたまりません。
思い出したくないと
思っていたことも、
本当は“おっちゃん”に
会うことができるために、
それから住所を見て、
届くはずがないだろう
なんて思わずに
探してくださった
探してくださった
郵便やさんのことを知ることが
できるために、
みんなあったのかなと、
みんなあったのかなと、
あんなふうに
考えてしまったことを
やっぱり恥ずかしく思います。
そして、考えたら、
やっぱり恥ずかしく思います。
そして、考えたら、
毎日
届けていただいているお手紙も、
郵便やさんが
郵便やさんが
心をこめて
届けてくださってるのだと
改めてありがたく思いました。
改めてありがたく思いました。
それから2年間も
私のことを
覚えていてくださった
渡辺のおっちゃん、ありがとう。
いろんな宝物があります。
また今度
渡辺のおっちゃん、ありがとう。
いろんな宝物があります。
また今度
違う宝物のお話しをさせてください。
かつこ』
いかがでしたか?
今日・明日と
かつこ』
いかがでしたか?
今日・明日と
お休みの方もいると思います。
こんなすばらしい話を
読んだ余韻に浸って
こんなすばらしい話を
読んだ余韻に浸って
家族や会う人たちに
優しい心で接してください。
すばらしい
一日をお過ごしください。
生かしていただいて
一日をお過ごしください。
生かしていただいて
有難うございます。
*****************************************************
角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
真理研究会:http://sinrikenkyu.jimdo.com/
Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
*****************************************************
Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
*****************************************************
2014年6月27日金曜日
「宮ぷー こころの架橋ぷろじぇくと」
昨日まで
森安英憲さんと
知的障害や自閉症と呼ばれている
子供たちからの学びを
共有してもらいましたが
そのきっかけになったのは
私がいつも愛読していた
山元加津子さんの
「宮ぷー こころの架橋
ぷろじぇくと」という
メルマガを毎日読んでいて
その中で森安さんの講演の
内容が書かれていたからです。
この「宮ぷー こころの架橋
ぷろじぇくと」というのは
かっこちゃんこと山元加津子さんが、
脳幹出血で倒れた親友、
宮ぷー(宮田俊也さん)の回復を信じ、
毎日のように、介護を続けていく
介護日記が書かれていました。
当初は
絶望的と思われた宮ぷーは
かっこちゃんの
決してあきらめることのない
必死な看病が実を結んだのか、
奇跡的な回復を見せていきます。
しかし、これは
奇跡なんかではない。
どんな状態、どんな人でも
今よりは絶対によくなっていく
回復の方法があるんだと。
かっこちゃんは
この介護を続けて実感しました。
そのことを広く伝えたいと
白雪姫プロジェクト
を立ち上げます。
このプロジェクトは
たくさんの方々から支持され、
応援の輪が広がり続けています。
病気や事故のために、
意識が無く、
回復の見込みが少ないと
思われてきた
「植物状態」と言われる人たちが
世界に
何十万人もいるといわれています。
その方たちは、これまで、
ベッドで長い間寝たままの生活を
余儀なくされています。
けれど、かっこちゃんが
宮ぷーを諦めずに必死に看病して、
わかったことは、
宮ぷーだけではなく
誰でも意識を取り戻し、
自分で食べることや
思いを伝えるなどの生活行動を
取り戻すための方法がある
ことがわかってきました。
白雪姫プロジェクトは、
回復の方法や、
それにつながる意思伝達の方法、
口から食事をとること、
リハビリの方法、
介護の方法などの情報を
集め広めるプロジェクトです。
かっこちゃんの思いは
『私たちは、
「誰もが思いを持っていて、
回復する可能性がある」
ということが当たり前に
なっていく世界をめざします。
白雪姫は王子さまの愛によって、
目覚めることができました。
白雪姫プロジェクトは
そんな愛でいっぱいの
プロジェクトです。』
と白雪姫プロジェクトの
紹介文にあるように、
この信念なのです。
下記は
宮田俊也さん
通称「宮ぷー」のプロフィールです。
1967年生まれ。
福井大学を卒業後、教職に就く。
特別支援学校に勤務中、
山元加津子さんと知り合い、
山元さんの活動を支援してきたが、
2009年2月20日
脳幹出血で倒れる。
当初は3時間の命、
三日の命と言われるも、
回復を信じてリハビリを行い、
6ヶ月の後、動き出した指で、
レッツチャットという
意思伝達装置を使って、
思いを伝え出す。
現在も、病院に入院して、
山元さんや、仲間とリハビリを続けている。
著書に、山元さんとの共著で
「満月をきれいと僕は言えるぞ」
(三五館)がある。
その、宮田さんが
上記にも書いてあります
レッツチャットという
意思伝達装置を中心に使って
その後いろいろと工夫をして
思いを伝えた内容が
以下の文章です。
『僕は宮田俊也といいます。
特別支援学校の教員をしていました。
2009 年2 月、脳幹出血で倒れました。
主治医の先生は脳幹出血により
もたらされる深刻な結果を、
ありのままに同僚のかっこちゃんこと
山元加津子さんに伝えました。
「先生、でも大丈夫です」
かっこちゃんは主治医の先生に
なぜか、
そう答えたそうです。
病院のスタッフの皆さんや
周りの人のおかげで、
僕は回復してきました。
それでも意識が戻ることはないと
言われていました。
しかし、かっこちゃんは
僕に意識があることを信じて、
二人で意思伝達の方法を
模索する日々が続きました。
そして
さまざまな意思伝達装置や
スイッチの工夫などによって
今では伝えたいことを
伝えられる術を得ました。
そもそも人見知りで、
他人と話をすることが
得意ではなかったのですが、
コミュニケーションの手段を
失うことの恐ろしさを
身をもって体験しました。
意識があるのに、
言葉を発することのできない僕は
まるで透明人間で、
身体の位置などの不具合を
訴えたくても訴えられません。
それ以上に
自分自身がここにいるという
存在を気付いてもらえないこと、
他人に分かってもらえないことの
孤独感と絶望感は相当なものでした。
今の僕の目標は、
自在に動く身体に戻ることです。
かっこちゃんの鬼のリハビリ(笑)
のおかげで、
日々元の身体を取り戻すための道を
歩み続けています。
様々な経験とリハビリを通じて
痛感したことは、
自分が何を感じ、
何を考えているかが、
相手に「伝わる」
ということの大切さです。
コミュニケーションがもうとれない、
と思われている方でも、
もしかしたら
意識はあるかもしれません。
というよりも、
自分の経験上、
絶対気持ちはあるはずです。
どうぞ皆さん、
ご家族や友人・知人の方で、
意思の疎通ができないと
思われている方が
いらっしゃいましたら、
語りかけてみてください。
そして、
もし気持ちが通じたら、
あらゆる手段、方法で
意思をくみ取って下さい。
僕の事例は
決して奇跡ではありません。
僕の事例は、
当たり前の事実です。
僕の願いは、
どんな状態であっても、
すべての人が
表現方法が
違うだけであって、
気持ちを
持っているということを、
みんなが当たり前に受け止めて、
その意思をくみ取る手段を
みんなが知っている
世の中にすることです。
一人でも多くの方が、
気持ちを通じさせることが
当たり前にできる日常が
送れるようになることです。
僕も、そのためにこの
白雪姫プロジェクト立ち上げ
メンバーとして
日々活動してまいりますので
応援をよろしくお願いします。
平成24年4 月 宮田俊也』
皆さまはどうお感じになりますか?
私は宮ぷーが倒れられてから
1ヶ月も経っていない頃に
このメルマガを知り
欠かさず読ませていただいて
4年半以上に亘って
かっこちゃんの
奇跡を信じて疑わない
献身的な介護の状態を
心から応援していました。
今、現在
宮ぷーが
自分の意志をこんなにまで
伝えられるようになったことは
自分のことのようにうれしく
すべての配剤に感謝の気持ちが
わいてきます。
本当に感無量です。
生かしていただいて
有難うございます。
最後に登録URLを乗せておきます。
是非、登録して
「宮ぷー こころのぷろじぇくと」を
お読みください。
※プロジェクトのページ
(こちらでメルマガ登録=プロジェクト参加できます)
http://www.mag2.com/m/0001012961.html
携帯からは空メールを送れば登録できます。
/a0001012961@mobile.mag2.com
このメルマガは脳幹出血で倒れ、
これまでの医学の常識では再起不能と思われていた
宮ぷーの病院での毎日を、
親友の山元加津子が綴った日記からその一部を配信しています。
宮ぷーの願いは自分の経験を通して意思伝達装置のこと、
リハビリのやり方を工夫することで回復していくことを
みんなにお知らせすること。
その願いの実現に近づくように
このメルマガを広めることにお力を貸して下さい。
お友達に転送お願いします。
詳しいことは、こちらのページをお読みください。
http://ohanashi-daisuki.com/info/story.html
(関連ページ)
宮ぷー レッツチャットで、今日もおはなし
http://ameblo.jp/miyapu-ohanashi/
おはなしだいすき
http://ohanashi-daisuki.com/
白雪姫プロジェクト http://shirayukihime-project.net/
2014年6月26日木曜日
“子供たちが教えてくれたこと”最終回
引き続き
森安さんの講演
「この社会で生きやすく・
この社会を生きやすく」
を共有してください。
今日が、このシリーズの
最後になります。
どうか、いままでの森安さんと
子供たちからの学びを
心に留めていただきたいと
切に願います。
『私たちは
ユニットバスの製造をしています。
これは、
洗い場というプラスチック製品の
加工をやっている職場です。
元々大手業者に
外注していた仕事ですが、
私はある思いがあって、
この仕事を
自社に取り戻して、
新しい職場を作りました。
そして
10名という
中小企業としては
大型の新規雇用をし、
そこに過半数の
6名の知的障害者を採用しました。
「ありえない」
と誰もが思った立ち上がりでしたが、
1年近くたって
障害者は8名になっています。
ひとりひとりは
確かに能力が低い。
「ありえない」採用、
「ありえない」職場作りです。
でもこの彼らが、
大手業者に負けない
生産性をあげているのです。
大手業者の社員さんは、
みんなが
オールマイティーな
優れた能力を持っています。
私たちの社員は、
「これしかできない」人が多いです。
でも、それぞれが、
自分に与えられた役割だけを、
きちんとこなしたら
どういう結果が
生まれるでしょうか。
私たちの社員は
「これだけプロ」です。
不器用でもいい。
みんなが
自分のできることに
集中すれば、
全体として
誰にも負けない
仕事ができるのです。
同じアウトプットを出すなら、
できるだけ小さなインプットで。
それは企業の当たり前。
同じアウトプットを出すなら、
できるだけ能力の低い人で。
非常識と言われる
私たちがやっていることは、
企業活動そのものです。
生産性を下げるものは
能力の高い低いではなく、
能力に見合わない
仕事をさせることです。
この仕事を例にとれば、
優秀な社員には
この仕事は
簡単すぎてふさわしくなく、
もっとやるべき仕事がある
ということです。
優秀な社員に
この仕事をさせるがゆえに、
生産性を低下させている。
実は
この社会ではむしろ
そのケースが多く、
それは能力の低い者を
除外するという形で、
さらに社会的損失を
作り出しているのです。
私たちがやっていることは
実に簡単なことですが、
それを理解するには
現場を見ることが大事です。
そして、
会社は
社会の縮図ですから、
それは
私たちの会社に
とどまることではなく、
この社会の真理です。
・この会社で
働きたいという気持ち
・この仕事なら
続けられるという気持ち
・未完成であること
就職は高いハードルですが、
もっと大切なことは
「続けられること」です。
就職の準備には、
目の前のことを
続けられる力を養うことが
必要です。
私は、
自分の能力の高さを
アピールする人は採用しません。
仕事は
その会社に入ってからのことです。
能力の高さや資格は
重要な要素ではありません。
また失礼ですが
「現に就職できていない」者に、
企業が即戦力を
期待するわけがありません。
そこへ
何でもできるような
アピールをすれば、
かえって
企業は引くものです。
それよりも
今置かれた立場をわきまえて、
事実を
そのまま伝えたほうがいいです。
スタート地点を
明確にすることは、
企業側に
「何をすべきか」
考える機会を与えることです。
そんな
物分かりのよい企業はないと
思われるでしょうけど、
未完成な者を受け入れて、
共に育つという
感性を持たない企業なら、
所詮入っても
こちらが傷つくだけで
続けられません。
ところで、
企業が障害者を雇用するとき、
前提に求めるのが、
コミュニケーション能力です。
それがなければ
面接もできませんから。
でも私たちの会社には
面接もまともにできなかった
社員がいます。
そのとき私は
思ったことがあります。
コミュニケーションは
双方向のものです。
彼が
私とコミュニケーションが取れない・
私が
彼とコミュニケーションが取れない、
それは同じ事象のはずです。
彼に伝える力がない・
私に受け止める力がない。
またコミュニケーションの方法は
多様です。
言葉だけでなく
身振りや表情もあります。
信頼できない相手に
話などできないという
気持ちもあるでしょう。
最初は私が話しかけても
彼は目が泳いで
もう答えられないわけです。
ところが
毎日同じことを続けていると、
パターンを読んで
答を用意してくるようになりました。
そうして
話の種類を増やしていき、
それなりの
コミュニケーションが
取れるようになりました。
それと同時に彼は
表情がとても明るくなりました。
伏目がちでおどおどしていた
最初の彼とは違います。
仕事でも
一生懸命自分をアピールしています。
それが
彼のいちばんのコミュニケーション
なのだと思います。
コミュニケーションが
できないからと
入り口で否定すれば
今の彼はないし、
こちらに
その力がないのを
相手のせいにして
人の力を
埋もれさせているとすれば、
私たちは
何と罪深いことをしているの
でしょう。
コミュニケーションが
できないのは
お互い様というわけです。
ただ現実問題
この社会で
少しでも生きやすくなろうと思えば、
自分の特性と
「社会の特性」を知って、
社会の特性に
合わせられる力を持つことが、
あなたの
財産になるでしょう。
企業は
コミュニケーション能力に
欠けるがゆえに、
あなたに
「こちらに合わせた
コミュニケーションを
お願いします」
というわけです。
障害者問題とは、
少数者の問題、
ニッチな世界、
他人事。
そう思ううちは、
この社会に幸せが
訪れることはありません。
この社会には
いろんな人がいます。
みんな理由があって
「ちがい」を持って生まれ、
みんなが必要で、
誰が欠けてもいけないのです。
障害者は
社会に適合せよと言うけど、
ではその社会って、
そんなに立派な社会でしょうか?
障害者は
社会のかやの外ではありません。
障害者を含めて一つの社会です。
障害者がいなければ、
その分社会は欠けるのです。
少数者問題は、
同時に残りの多数者問題です。
障害者が増えているのは、
人が生きにくい社会だからです。
障害は
社会が作るものです。
会社という
小さな社会も同じです。
障害者が働きにくい会社は、
みんなが働きにくい会社です。
社会適合ももちろん大事。
そして
この社会を
生きやすい社会に
変えていくことも
とても大事なことです。
私は
そういう仕事をしていきたいし、
みなさんも
勇気を持って
社会に出て行くことが、
社会を
変えていくことだと思います。
障害のない社会を
いっしょに作りたい。
私の話が少しでも
参考になれば幸いです。
森安 英憲』
了
さらに言葉は
必要ないでしょう!
生かしていただいて
有難うございます。
森安さんの講演
「この社会で生きやすく・
この社会を生きやすく」
を共有してください。
今日が、このシリーズの
最後になります。
どうか、いままでの森安さんと
子供たちからの学びを
心に留めていただきたいと
切に願います。
『私たちは
ユニットバスの製造をしています。
これは、
洗い場というプラスチック製品の
加工をやっている職場です。
元々大手業者に
外注していた仕事ですが、
私はある思いがあって、
この仕事を
自社に取り戻して、
新しい職場を作りました。
そして
10名という
中小企業としては
大型の新規雇用をし、
そこに過半数の
6名の知的障害者を採用しました。
「ありえない」
と誰もが思った立ち上がりでしたが、
1年近くたって
障害者は8名になっています。
ひとりひとりは
確かに能力が低い。
「ありえない」採用、
「ありえない」職場作りです。
でもこの彼らが、
大手業者に負けない
生産性をあげているのです。
大手業者の社員さんは、
みんなが
オールマイティーな
優れた能力を持っています。
私たちの社員は、
「これしかできない」人が多いです。
でも、それぞれが、
自分に与えられた役割だけを、
きちんとこなしたら
どういう結果が
生まれるでしょうか。
私たちの社員は
「これだけプロ」です。
不器用でもいい。
みんなが
自分のできることに
集中すれば、
全体として
誰にも負けない
仕事ができるのです。
同じアウトプットを出すなら、
できるだけ小さなインプットで。
それは企業の当たり前。
同じアウトプットを出すなら、
できるだけ能力の低い人で。
非常識と言われる
私たちがやっていることは、
企業活動そのものです。
生産性を下げるものは
能力の高い低いではなく、
能力に見合わない
仕事をさせることです。
この仕事を例にとれば、
優秀な社員には
この仕事は
簡単すぎてふさわしくなく、
もっとやるべき仕事がある
ということです。
優秀な社員に
この仕事をさせるがゆえに、
生産性を低下させている。
実は
この社会ではむしろ
そのケースが多く、
それは能力の低い者を
除外するという形で、
さらに社会的損失を
作り出しているのです。
私たちがやっていることは
実に簡単なことですが、
それを理解するには
現場を見ることが大事です。
そして、
会社は
社会の縮図ですから、
それは
私たちの会社に
とどまることではなく、
この社会の真理です。
・この会社で
働きたいという気持ち
・この仕事なら
続けられるという気持ち
・未完成であること
就職は高いハードルですが、
もっと大切なことは
「続けられること」です。
就職の準備には、
目の前のことを
続けられる力を養うことが
必要です。
私は、
自分の能力の高さを
アピールする人は採用しません。
仕事は
その会社に入ってからのことです。
能力の高さや資格は
重要な要素ではありません。
また失礼ですが
「現に就職できていない」者に、
企業が即戦力を
期待するわけがありません。
そこへ
何でもできるような
アピールをすれば、
かえって
企業は引くものです。
それよりも
今置かれた立場をわきまえて、
事実を
そのまま伝えたほうがいいです。
スタート地点を
明確にすることは、
企業側に
「何をすべきか」
考える機会を与えることです。
そんな
物分かりのよい企業はないと
思われるでしょうけど、
未完成な者を受け入れて、
共に育つという
感性を持たない企業なら、
所詮入っても
こちらが傷つくだけで
続けられません。
ところで、
企業が障害者を雇用するとき、
前提に求めるのが、
コミュニケーション能力です。
それがなければ
面接もできませんから。
でも私たちの会社には
面接もまともにできなかった
社員がいます。
そのとき私は
思ったことがあります。
コミュニケーションは
双方向のものです。
彼が
私とコミュニケーションが取れない・
私が
彼とコミュニケーションが取れない、
それは同じ事象のはずです。
彼に伝える力がない・
私に受け止める力がない。
またコミュニケーションの方法は
多様です。
言葉だけでなく
身振りや表情もあります。
信頼できない相手に
話などできないという
気持ちもあるでしょう。
最初は私が話しかけても
彼は目が泳いで
もう答えられないわけです。
ところが
毎日同じことを続けていると、
パターンを読んで
答を用意してくるようになりました。
そうして
話の種類を増やしていき、
それなりの
コミュニケーションが
取れるようになりました。
それと同時に彼は
表情がとても明るくなりました。
伏目がちでおどおどしていた
最初の彼とは違います。
仕事でも
一生懸命自分をアピールしています。
それが
彼のいちばんのコミュニケーション
なのだと思います。
コミュニケーションが
できないからと
入り口で否定すれば
今の彼はないし、
こちらに
その力がないのを
相手のせいにして
人の力を
埋もれさせているとすれば、
私たちは
何と罪深いことをしているの
でしょう。
コミュニケーションが
できないのは
お互い様というわけです。
ただ現実問題
この社会で
少しでも生きやすくなろうと思えば、
自分の特性と
「社会の特性」を知って、
社会の特性に
合わせられる力を持つことが、
あなたの
財産になるでしょう。
企業は
コミュニケーション能力に
欠けるがゆえに、
あなたに
「こちらに合わせた
コミュニケーションを
お願いします」
というわけです。
障害者問題とは、
少数者の問題、
ニッチな世界、
他人事。
そう思ううちは、
この社会に幸せが
訪れることはありません。
この社会には
いろんな人がいます。
みんな理由があって
「ちがい」を持って生まれ、
みんなが必要で、
誰が欠けてもいけないのです。
障害者は
社会に適合せよと言うけど、
ではその社会って、
そんなに立派な社会でしょうか?
障害者は
社会のかやの外ではありません。
障害者を含めて一つの社会です。
障害者がいなければ、
その分社会は欠けるのです。
少数者問題は、
同時に残りの多数者問題です。
障害者が増えているのは、
人が生きにくい社会だからです。
障害は
社会が作るものです。
会社という
小さな社会も同じです。
障害者が働きにくい会社は、
みんなが働きにくい会社です。
社会適合ももちろん大事。
そして
この社会を
生きやすい社会に
変えていくことも
とても大事なことです。
私は
そういう仕事をしていきたいし、
みなさんも
勇気を持って
社会に出て行くことが、
社会を
変えていくことだと思います。
障害のない社会を
いっしょに作りたい。
私の話が少しでも
参考になれば幸いです。
森安 英憲』
了
さらに言葉は
必要ないでしょう!
生かしていただいて
有難うございます。
2014年6月25日水曜日
“子供たちが教えてくれたこと”10
昨日のブログで
予告しましたように
今日は、森安さんの
もうひとつの講演であります
ある職安の企画の
「発達障害者への職業ガイダンス」
というテーマの中で
講演されましたお話を
紹介させていただきます。
共有してください。
この講演のタイトルは
「この社会で生きやすく・
この社会を生きやすく」
です。
森安さんの
講演の導入部分は
森安さんを
知らない人たちへの
自己紹介や会社の紹介並びに
障害者の方たちと
共に仕事をすることになった
きっかけ等々・・・・・・・
、
このブログで
最初に紹介した
講演の内容と
重なる部分もありますが、
このお話の
全体の構成として
必要ですので、
そのままで、お届けしたいと
思います。
それでは、愛を込めて
お読みください。
『初めまして。
立積住備工業の森安
と申します。
会社での本業は「経理」ですが、
あるきっかけから
障害のある方々との
つきあいを始めて
5年になります。
(※この講演は2年前のものです)
森安の常識は
社会の非常識と
言われていますが、
非常識の中にこそ
本当のことがあると、
そう教えてくれたのは
障害のある方々でした。
私たちの会社・
立積住備工業株式会社は
平城宮跡、
朱雀門の隣にあります。
会社ができて
37年になります。
ユニットバスの
製造をしています。
社員総数85名。
障害のある社員が
16名います。
(※この講演は2年前のものです)
私がこの仕事を
するようになったきっかけは、
5年前にさかのぼります。
ある日の夕方、
養護学校の先生が
飛び込みで会社に来られて、
「養護学校の生徒の
職場実習をやってください」
とおっしゃいました。
養護学校だの職場実習だの、
そんなの
会社の仕事と関係ないよと、
私は断ろうと思いました。
でも私は思い直しました。
養護学校の生徒たちに、
会ったこともないのに、
断ってはいけないかと思い、
私は一度だけ
学校に行くことにしました。
10日後に学校に行きました。
でも、学校の前まで行くと、
子どもたちの叫び声や
奇声が聞こえてきました。
「やっぱりこんなところに
来るんじゃなかった。
もう会社に戻ろう」
と思ったとき、
ちょうど迎えに出てきた先生に
見つかってしまいました。
そしてしかたなく
学校に入ったのだけど、
思っていたのと違って、
子どもたちは
とても優しく、温かく、
私を迎えてくれました。
何てかわいい
子どもたちなんだろう。
そのとき私はそう思いました。
私は、障害とは、
体が不自由なことや、
知能の発達が遅れている
ことだと思っていたけど、
そうではありませんでした。
今まで、
この子どもたちのことを、
知ろうともせず、
受け入れようとも
していなかった私が、
この子どもたちにとって
本当の障害だったのです。
子どもたちを目の前にして、
「この子どもたちが
幸せになる仕事を、私はしよう」
そう心に決めて、
それから5年がたちました。
(※2年前の講演です)
障害は決して
その人ひとりのものでは
ありません。
障害とは、
人と人の間にあるもの。
障害とは、
人と社会の関係を表す言葉。
例えば耳が聞こえないことを
聴覚障害といいますが、
耳の聞こえない人と
コミュニケーションが
とれないこの社会も、
障害を作っているのです。
車イスでは
階段が登れませんが、
まわりの人が
車イスをかかえれば
階段も登れます。
その優しさのない社会が
本当の障害なのです。
私たちの会社は、
「障害者雇用をしている会社。
障害者に理解のある会社」
といわれていますが、
そうではありません。
大事なことはたったひとつ。
目の前の人を
大切にすることです。
それは
人として最も大切なことです。
そして、
いつも目の前にある、
いちばん簡単なことです。
でも私たちは
そんな簡単なことができずに、
障害を
作り出してしまうのです。
私は、
こんな夢を持っています。
「誰もが当たり前に働ける会社」
「誰もが当たり前に暮らせる社会」
私たちの会社には、
障害がある仲間がいます。
この会社で、
彼らが幸せに働いてほしい。
彼らが幸せに働ける会社は、
みんなが幸せに
働ける会社です。
そして、
この社会もそうです。
障害ある人たちが
幸せに暮らせる社会は、
みんなが
幸せに暮らせる社会です。
だから、
誰もが
当たり前に働ける会社に。
誰もが
当たり前に暮らせる社会に。
それが私の夢です。
「角を矯(た)めて牛を殺す」
ということわざがあります。
短所を矯正することにより、
かえって
長所を出せなくしてしまう
というたとえだと思います。
長所と短所は
同じものだからです。
その人の性質が
最も強く出るところを、
良く見れば長所、
悪く見れば短所。
確かに
短所は
改めたほうがいいかも
知れませんが、
一方で
それは受け入れる側の
感性の問題でもあります。
短所と言われることを
貫き極めることで
超一流になっている人が
たくさんいるわけです。
障害や短所を
決して
恐れることはありません。
それは、人と違う
すばらしい性質を
持っているということです。
その活かし方が、
本人にとっても社会にとっても、
大切なことだと思います。』
明日に続きます。
生かしていただいて
有難うございます。
予告しましたように
今日は、森安さんの
もうひとつの講演であります
ある職安の企画の
「発達障害者への職業ガイダンス」
というテーマの中で
講演されましたお話を
紹介させていただきます。
共有してください。
この講演のタイトルは
「この社会で生きやすく・
この社会を生きやすく」
です。
森安さんの
講演の導入部分は
森安さんを
知らない人たちへの
自己紹介や会社の紹介並びに
障害者の方たちと
共に仕事をすることになった
きっかけ等々・・・・・・・
、
このブログで
最初に紹介した
講演の内容と
重なる部分もありますが、
このお話の
全体の構成として
必要ですので、
そのままで、お届けしたいと
思います。
それでは、愛を込めて
お読みください。
『初めまして。
立積住備工業の森安
と申します。
会社での本業は「経理」ですが、
あるきっかけから
障害のある方々との
つきあいを始めて
5年になります。
(※この講演は2年前のものです)
森安の常識は
社会の非常識と
言われていますが、
非常識の中にこそ
本当のことがあると、
そう教えてくれたのは
障害のある方々でした。
私たちの会社・
立積住備工業株式会社は
平城宮跡、
朱雀門の隣にあります。
会社ができて
37年になります。
ユニットバスの
製造をしています。
社員総数85名。
障害のある社員が
16名います。
(※この講演は2年前のものです)
私がこの仕事を
するようになったきっかけは、
5年前にさかのぼります。
ある日の夕方、
養護学校の先生が
飛び込みで会社に来られて、
「養護学校の生徒の
職場実習をやってください」
とおっしゃいました。
養護学校だの職場実習だの、
そんなの
会社の仕事と関係ないよと、
私は断ろうと思いました。
でも私は思い直しました。
養護学校の生徒たちに、
会ったこともないのに、
断ってはいけないかと思い、
私は一度だけ
学校に行くことにしました。
10日後に学校に行きました。
でも、学校の前まで行くと、
子どもたちの叫び声や
奇声が聞こえてきました。
「やっぱりこんなところに
来るんじゃなかった。
もう会社に戻ろう」
と思ったとき、
ちょうど迎えに出てきた先生に
見つかってしまいました。
そしてしかたなく
学校に入ったのだけど、
思っていたのと違って、
子どもたちは
とても優しく、温かく、
私を迎えてくれました。
何てかわいい
子どもたちなんだろう。
そのとき私はそう思いました。
私は、障害とは、
体が不自由なことや、
知能の発達が遅れている
ことだと思っていたけど、
そうではありませんでした。
今まで、
この子どもたちのことを、
知ろうともせず、
受け入れようとも
していなかった私が、
この子どもたちにとって
本当の障害だったのです。
子どもたちを目の前にして、
「この子どもたちが
幸せになる仕事を、私はしよう」
そう心に決めて、
それから5年がたちました。
(※2年前の講演です)
障害は決して
その人ひとりのものでは
ありません。
障害とは、
人と人の間にあるもの。
障害とは、
人と社会の関係を表す言葉。
例えば耳が聞こえないことを
聴覚障害といいますが、
耳の聞こえない人と
コミュニケーションが
とれないこの社会も、
障害を作っているのです。
車イスでは
階段が登れませんが、
まわりの人が
車イスをかかえれば
階段も登れます。
その優しさのない社会が
本当の障害なのです。
私たちの会社は、
「障害者雇用をしている会社。
障害者に理解のある会社」
といわれていますが、
そうではありません。
大事なことはたったひとつ。
目の前の人を
大切にすることです。
それは
人として最も大切なことです。
そして、
いつも目の前にある、
いちばん簡単なことです。
でも私たちは
そんな簡単なことができずに、
障害を
作り出してしまうのです。
私は、
こんな夢を持っています。
「誰もが当たり前に働ける会社」
「誰もが当たり前に暮らせる社会」
私たちの会社には、
障害がある仲間がいます。
この会社で、
彼らが幸せに働いてほしい。
彼らが幸せに働ける会社は、
みんなが幸せに
働ける会社です。
そして、
この社会もそうです。
障害ある人たちが
幸せに暮らせる社会は、
みんなが
幸せに暮らせる社会です。
だから、
誰もが
当たり前に働ける会社に。
誰もが
当たり前に暮らせる社会に。
それが私の夢です。
「角を矯(た)めて牛を殺す」
ということわざがあります。
短所を矯正することにより、
かえって
長所を出せなくしてしまう
というたとえだと思います。
長所と短所は
同じものだからです。
その人の性質が
最も強く出るところを、
良く見れば長所、
悪く見れば短所。
確かに
短所は
改めたほうがいいかも
知れませんが、
一方で
それは受け入れる側の
感性の問題でもあります。
短所と言われることを
貫き極めることで
超一流になっている人が
たくさんいるわけです。
障害や短所を
決して
恐れることはありません。
それは、人と違う
すばらしい性質を
持っているということです。
その活かし方が、
本人にとっても社会にとっても、
大切なことだと思います。』
明日に続きます。
生かしていただいて
有難うございます。
2014年6月24日火曜日
“子供たちが教えてくれたこと”9
ある時、
森安さんから
「多数凡人の世界」と
銘打たれたメールが
届いたのです。
そのメールを読んで
この観点こそ
今の日本にとって
必要なことだと
思わせていただきました。
この「多数凡人の世界」は
長い間、
知的障害者や自閉症と
呼ばれ
社会活動の場からは
除外され続けていた
子どもたちと真剣に接し
向き合ってきた
森安さんだから感じ得た
社会全般へのそして
私たち一人ひとりへの
心からの提言であります。
この「多数凡人の世界」は
日本の社会や会社、
またあらゆる組織や
団体・サークルそれぞれが
欠かすことが出来ない
“あるべき姿”であります。
それでは
「多数凡人の世界」観を
充分に
味わっていただきたいと
思います。
是非、共有してください。
「多数凡人の世界」
『大地震や
新型インフルエンザ
などあって、
最近社会では
リスクマネジメントという
新しい概念が
台頭してきている
ようです。
緊急時の備え、ではなく、
普段の会社運営が
どんなことにも対応できる
柔軟性を持つものにしよう、
ということみたいです。
そのいちばんの中心が
「人的資源の多重性」。
例えば大地震があって
社員の
半分が出勤できなくても、
生産が滞らないためには。
みたいなことです。
それには、
普段から
倍の人数をかかえることは
当然できないので、
さてどうするの?と。
これは
チャンスだと思いますね。
私がずっとやってきたことが、
社会のメジャーな考え方に
採り入れられてきたと
思うんです。
少数精鋭といって、
別に精鋭でもない人が、
しかも低いレベルの仕事を
やっているこの社会です。
社会と会社は
同じ構成でなければ、
会社は社会に
貢献しているとは言えません。
排除しているからです。
障害や病気の人もいるから、
社会に貢献できるのです。
社会は少数精鋭で
成り立っているのでは
ありません。
社会は多数凡人です。
会社も、
多数凡人が当たり前。
一人より二人。
二人より三人。
いざというとき、
一人の精鋭では
できないことでも、
二人の凡人なら
できることも多くあります。
障害、病気の
人だけではありません。
私はシルバー人材の
採用もしていますが、
シルバー人材は
キャリアがあり、
一方で体力や年金の関係があり
短時間勤務を希望します。
それなら、
例えば2名採用枠に
4名とか6名とか採用して
順番に出勤すればよい。
いざというときは、
2名の精鋭しか
保有していなければ
その2名が
出勤できなかったら
お手上げですが、
4名や6名いれば
2名分はまかなえる。
普段から2倍3倍の人数を
かかえることは
できるわけです。
外野からは
「人増やしよって」
と罵声を浴びていますが、
人を減らすことが
生産性を
上げることだという、
単純明快な賢い人には
わからないことです。
人を減らすことで、
高いレベルの人が
低いレベルの
仕事までやるから、
生産性が落ちるのです。
私には
リスクマネジメントは
何ら新しい概念ではなく、
既にやっています。
また、
働き手が減っていく
日本と言われていますが、
そもそも現在、
働けるのに
働けなくされている人が
山ほどいることを、
気がついていない人が
多すぎます。
簡単なことですね。
みんなに
役割があるという
当たり前のこと。
排除するのが
好きな社会ですが、
「共に生きよう」と思えば、
視界は360度開けると
思うのだけど。」』
了
いかがですか?
「多数凡人の世界」
その世界観の
根底にあるものは
何でありましょう?
私たち一人ひとりは
それぞれが環境も条件も
役割も違います。
その違いを
上手に組み合わせていく
ジグソーパズルのように
私たちは
その一つのピースなのです。
そのピースは一つ欠けても
パズルは完成しないのです。
その違うもの同士が
「共に生きよう!」と
助け合う世界から
生み出されるものは
思いやりや
優しさや
親切や
創意工夫が
いっぱい詰まった
愛という名の
ジグソーパズルの
完成なのです。
この根底にあるものは
まさしく、
愛そのものです。
愛がない
社会も
会社も
仕事も
不毛であります。
この
「多数凡人の世界」を
それぞれが
それぞれの立場で
それぞれのフィールドで
考えていただき
少しでも
その考えを
受け入れるベースが
育まれてくるならば
私たちの社会は
もっと生きやすい
優しい愛に包まれた
社会になっていくのでは
ないかと思うのです。
この
“子供たちが教えてくれたこと”
も9回連続で
共有していただきました。
最後に
森安さんが
職安が企画した
「発達障害者への
職業ガイダンス」で
依頼され講演をした時の
ジョブガイダンスを
明日、明後日と紹介して
ひとまず、
森安さんと
森安さんの愛する
天使達からの
とってもすばらしい
メッセージは
終わらせていただきます。
生かしていただいて
有難うございます。
森安さんから
「多数凡人の世界」と
銘打たれたメールが
届いたのです。
そのメールを読んで
この観点こそ
今の日本にとって
必要なことだと
思わせていただきました。
この「多数凡人の世界」は
長い間、
知的障害者や自閉症と
呼ばれ
社会活動の場からは
除外され続けていた
子どもたちと真剣に接し
向き合ってきた
森安さんだから感じ得た
社会全般へのそして
私たち一人ひとりへの
心からの提言であります。
この「多数凡人の世界」は
日本の社会や会社、
またあらゆる組織や
団体・サークルそれぞれが
欠かすことが出来ない
“あるべき姿”であります。
それでは
「多数凡人の世界」観を
充分に
味わっていただきたいと
思います。
是非、共有してください。
「多数凡人の世界」
『大地震や
新型インフルエンザ
などあって、
最近社会では
リスクマネジメントという
新しい概念が
台頭してきている
ようです。
緊急時の備え、ではなく、
普段の会社運営が
どんなことにも対応できる
柔軟性を持つものにしよう、
ということみたいです。
そのいちばんの中心が
「人的資源の多重性」。
例えば大地震があって
社員の
半分が出勤できなくても、
生産が滞らないためには。
みたいなことです。
それには、
普段から
倍の人数をかかえることは
当然できないので、
さてどうするの?と。
これは
チャンスだと思いますね。
私がずっとやってきたことが、
社会のメジャーな考え方に
採り入れられてきたと
思うんです。
少数精鋭といって、
別に精鋭でもない人が、
しかも低いレベルの仕事を
やっているこの社会です。
社会と会社は
同じ構成でなければ、
会社は社会に
貢献しているとは言えません。
排除しているからです。
障害や病気の人もいるから、
社会に貢献できるのです。
社会は少数精鋭で
成り立っているのでは
ありません。
社会は多数凡人です。
会社も、
多数凡人が当たり前。
一人より二人。
二人より三人。
いざというとき、
一人の精鋭では
できないことでも、
二人の凡人なら
できることも多くあります。
障害、病気の
人だけではありません。
私はシルバー人材の
採用もしていますが、
シルバー人材は
キャリアがあり、
一方で体力や年金の関係があり
短時間勤務を希望します。
それなら、
例えば2名採用枠に
4名とか6名とか採用して
順番に出勤すればよい。
いざというときは、
2名の精鋭しか
保有していなければ
その2名が
出勤できなかったら
お手上げですが、
4名や6名いれば
2名分はまかなえる。
普段から2倍3倍の人数を
かかえることは
できるわけです。
外野からは
「人増やしよって」
と罵声を浴びていますが、
人を減らすことが
生産性を
上げることだという、
単純明快な賢い人には
わからないことです。
人を減らすことで、
高いレベルの人が
低いレベルの
仕事までやるから、
生産性が落ちるのです。
私には
リスクマネジメントは
何ら新しい概念ではなく、
既にやっています。
また、
働き手が減っていく
日本と言われていますが、
そもそも現在、
働けるのに
働けなくされている人が
山ほどいることを、
気がついていない人が
多すぎます。
簡単なことですね。
みんなに
役割があるという
当たり前のこと。
排除するのが
好きな社会ですが、
「共に生きよう」と思えば、
視界は360度開けると
思うのだけど。」』
了
いかがですか?
「多数凡人の世界」
その世界観の
根底にあるものは
何でありましょう?
私たち一人ひとりは
それぞれが環境も条件も
役割も違います。
その違いを
上手に組み合わせていく
ジグソーパズルのように
私たちは
その一つのピースなのです。
そのピースは一つ欠けても
パズルは完成しないのです。
その違うもの同士が
「共に生きよう!」と
助け合う世界から
生み出されるものは
思いやりや
優しさや
親切や
創意工夫が
いっぱい詰まった
愛という名の
ジグソーパズルの
完成なのです。
この根底にあるものは
まさしく、
愛そのものです。
愛がない
社会も
会社も
仕事も
不毛であります。
この
「多数凡人の世界」を
それぞれが
それぞれの立場で
それぞれのフィールドで
考えていただき
少しでも
その考えを
受け入れるベースが
育まれてくるならば
私たちの社会は
もっと生きやすい
優しい愛に包まれた
社会になっていくのでは
ないかと思うのです。
この
“子供たちが教えてくれたこと”
も9回連続で
共有していただきました。
最後に
森安さんが
職安が企画した
「発達障害者への
職業ガイダンス」で
依頼され講演をした時の
ジョブガイダンスを
明日、明後日と紹介して
ひとまず、
森安さんと
森安さんの愛する
天使達からの
とってもすばらしい
メッセージは
終わらせていただきます。
生かしていただいて
有難うございます。
2014年6月23日月曜日
“子どもたちが教えてくれたこと”8
一昨年の3月7日の
萬谷 衣里
(まんたにえり)さんの
ピアノリサイタルの案内を
森安さんから
いただいたことがあります。
上野公園にある
日本最古の
木造の洋式音楽ホール
重要文化財に指定されている、
旧東京音楽学校奏楽堂で
行われました。
プログラムは
モーツァルトが
母の死に際して
書いたといわれる
イ短調のソナタから
リスト、
ブラームス、
ブゾーニまで
「哀歌~エレジー」をテーマに
ピアノ演奏は始まり
とても哀しくも格調の高い
旋律が今でも耳に残っています。
森安さんのメールには
「私の知人である
ピアニストの
萬谷衣里さんが、
留学先のドイツから
一時帰国して
東京でリサイタルをします。
よかったら聴いてください。」
と、
上記の日時、場所と共に
森安さんと萬谷さんとの
出会いのきっかけになった
「養護学校でコンサートを」
~クラシックコンサートの思い出~
という、どこかで発表した
5年前の記事を
添えてくれていました。
森安さんの愛と熱意が
伝わる素晴らしい
エピソードです。
是非、共有してください。
『ところでピアニストの
萬谷衣里さんとの
エピソードを下記しておきます。
「養護学校でコンサートを」
~クラシックコンサートの思い出~
「知的障害」という言葉も
おかしいなと思いますが、
10年ほど前までは
「精神薄弱」と
言っていたそうです。
精神薄弱という言葉が
「当事者に不快感を与える
という理由もあり」
知的障害に
変えられたそうです。
話変わりますが、
私はピアノの音が大好きです。
あるときふと、
養護学校の子どもたちに
プロのピアニストの
演奏を聴かせてあげたい
と思いました。
私は後先考えず、
大好きな
クラシックピアニスト
エリさんに
養護学校の子どもたちへの
思いをメールで話しました。
10日連続でメールしました。
ほとんど迷惑メールです。
そして
「養護学校で
ピアノを弾いてほしい」と。
ドイツに住むエリさんは
さぞかし驚いたことでしょう。
養護学校で
プロのピアニストが
クラシックコンサート。
この前代未聞の企画に
エリさんは
「養護学校の子どもが
クラシックを聴くのですか?」
と戸惑いを隠さず、
学校は
「アニメソングとかじゃないと
難しいだろう」
と不安を示しました。
私は
子どもたちの感性を
信じていました。
エリさんは
ドイツから帰国の翌日
リハーサル、その翌日本番、
それも
学年ごとに3度の公演という
無茶なお願いを
聞いてくれました。
・・・その日、
子どもたちがくれた答えは
私の予想さえ超えました。
エリさんは何度も
「また養護学校に
呼んでくださいね」と。
そして、
その日に
子どもたちが
書いた感想文は、
1か月も
先生方の手をわたってから、
私の手元に届きました。
その感想文に
私は何度も
胸が熱くなりました。
この感想文を
書いた子どもたちの精神が
薄弱なのでしょうか?
この子どもたちを
精神薄弱と呼んでいたのは、
私たちの心の貧しさの
表れではないでしょうか。
コンサートの
フィナーレを飾った
リストの
ハンガリーラプソディー第2番の
躍動的なメロディーと、
別世界に入りこんだような
子どもたちのことは、
いつまでも私の脳裏を
離れることはありません。
そして子どもたちの心を
しっかり
受け取ってくださった
エリさんは、
ドイツから世界へ、
子どもたちの心を
ピアノにのせて
伝えていってくれる
ことでしょう。
いつも
大切なことを教えてくれる
子どもたちに、
たまにはお返しを、
と思った私でしたが、
子どもたちはやっぱり、
私たちに
大切なことを
教えてくれたのでした。
この日から、
私は
子どもたちに
お返ししようなんて
気持ちは捨てました。
子どもたちがくれたものは、
社会に返していこうと。
2009年10月2日
森安 英憲』
いかがでしたでしょうか?
5年前のこのコンサートが
私の脳裏を駆け巡ります。
その場にいないのに
ありありと浮かんできます。
それは、森安さんの愛であり
子供たちの純粋無垢な
感性を感じるからです。
そして、それを受け止めた
萬谷さんの迸るピアノの
旋律を感じるからです。
私たちは
人に生かされ
神仏に生かされています。
生かされいるもの同士が
ここに、今、
生きているのです。
人は、生かし合わなければ
感動など
生まれようがないのです。
ひとりでは、誰も
生きていくことは
できないのです。
今、この瞬間
生かされていることに
感謝の言葉を
述べましょう。
生かしていただいて
有難うございます。
萬谷 衣里
(まんたにえり)さんの
ピアノリサイタルの案内を
森安さんから
いただいたことがあります。
上野公園にある
日本最古の
木造の洋式音楽ホール
重要文化財に指定されている、
旧東京音楽学校奏楽堂で
行われました。
プログラムは
モーツァルトが
母の死に際して
書いたといわれる
イ短調のソナタから
リスト、
ブラームス、
ブゾーニまで
「哀歌~エレジー」をテーマに
ピアノ演奏は始まり
とても哀しくも格調の高い
旋律が今でも耳に残っています。
森安さんのメールには
「私の知人である
ピアニストの
萬谷衣里さんが、
留学先のドイツから
一時帰国して
東京でリサイタルをします。
よかったら聴いてください。」
と、
上記の日時、場所と共に
森安さんと萬谷さんとの
出会いのきっかけになった
「養護学校でコンサートを」
~クラシックコンサートの思い出~
という、どこかで発表した
5年前の記事を
添えてくれていました。
森安さんの愛と熱意が
伝わる素晴らしい
エピソードです。
是非、共有してください。
『ところでピアニストの
萬谷衣里さんとの
エピソードを下記しておきます。
「養護学校でコンサートを」
~クラシックコンサートの思い出~
「知的障害」という言葉も
おかしいなと思いますが、
10年ほど前までは
「精神薄弱」と
言っていたそうです。
精神薄弱という言葉が
「当事者に不快感を与える
という理由もあり」
知的障害に
変えられたそうです。
話変わりますが、
私はピアノの音が大好きです。
あるときふと、
養護学校の子どもたちに
プロのピアニストの
演奏を聴かせてあげたい
と思いました。
私は後先考えず、
大好きな
クラシックピアニスト
エリさんに
養護学校の子どもたちへの
思いをメールで話しました。
10日連続でメールしました。
ほとんど迷惑メールです。
そして
「養護学校で
ピアノを弾いてほしい」と。
ドイツに住むエリさんは
さぞかし驚いたことでしょう。
養護学校で
プロのピアニストが
クラシックコンサート。
この前代未聞の企画に
エリさんは
「養護学校の子どもが
クラシックを聴くのですか?」
と戸惑いを隠さず、
学校は
「アニメソングとかじゃないと
難しいだろう」
と不安を示しました。
私は
子どもたちの感性を
信じていました。
エリさんは
ドイツから帰国の翌日
リハーサル、その翌日本番、
それも
学年ごとに3度の公演という
無茶なお願いを
聞いてくれました。
・・・その日、
子どもたちがくれた答えは
私の予想さえ超えました。
エリさんは何度も
「また養護学校に
呼んでくださいね」と。
そして、
その日に
子どもたちが
書いた感想文は、
1か月も
先生方の手をわたってから、
私の手元に届きました。
その感想文に
私は何度も
胸が熱くなりました。
この感想文を
書いた子どもたちの精神が
薄弱なのでしょうか?
この子どもたちを
精神薄弱と呼んでいたのは、
私たちの心の貧しさの
表れではないでしょうか。
コンサートの
フィナーレを飾った
リストの
ハンガリーラプソディー第2番の
躍動的なメロディーと、
別世界に入りこんだような
子どもたちのことは、
いつまでも私の脳裏を
離れることはありません。
そして子どもたちの心を
しっかり
受け取ってくださった
エリさんは、
ドイツから世界へ、
子どもたちの心を
ピアノにのせて
伝えていってくれる
ことでしょう。
いつも
大切なことを教えてくれる
子どもたちに、
たまにはお返しを、
と思った私でしたが、
子どもたちはやっぱり、
私たちに
大切なことを
教えてくれたのでした。
この日から、
私は
子どもたちに
お返ししようなんて
気持ちは捨てました。
子どもたちがくれたものは、
社会に返していこうと。
2009年10月2日
森安 英憲』
いかがでしたでしょうか?
5年前のこのコンサートが
私の脳裏を駆け巡ります。
その場にいないのに
ありありと浮かんできます。
それは、森安さんの愛であり
子供たちの純粋無垢な
感性を感じるからです。
そして、それを受け止めた
萬谷さんの迸るピアノの
旋律を感じるからです。
私たちは
人に生かされ
神仏に生かされています。
生かされいるもの同士が
ここに、今、
生きているのです。
人は、生かし合わなければ
感動など
生まれようがないのです。
ひとりでは、誰も
生きていくことは
できないのです。
今、この瞬間
生かされていることに
感謝の言葉を
述べましょう。
生かしていただいて
有難うございます。
2014年6月22日日曜日
“子どもたちが教えてくれたこと”7
私の以前のブログに
森安さんの講演文章を
掲載させていただいてから
森安さんとの交流ができ
頻繁にメールの
やり取りをするようになりました。
そのメールの内容も
ここで共有して
いただこうと思います。
そのメールを読ませていただくと
子どもたちが教えてくれたことの
素晴らしさは
お釈迦さまの説かれた
7千余卷の一切経や
聖書の如く光を放つものであります。
勝るとも劣らない輝きを
持っていると思います。
ここで
私の返信メールとともに
掲載します。
読んでください。
まず
昨日書きました
佐和さんから学んだことを
森安さんが読んで
メールをくださいました。
昨日の
“子どもたちが教えてくれたこと”6を
読んでいない方は
読んでからでないと
繋がらないかも
しれませんので
ご一読ください。
森安さんからの
メールです。
『おはようございます。
角田さんの
おっしゃるとおりだと、
私も感じております。
知的障害がある、
と言われる子どもたちは、
いとも簡単に、
本当のことを私に教えてくれます。
私は40年以上生きてきて、
それまでの人生を
180度転換するような
日々に出会っているのです。
どちらに「知的障害」があるのか?
私も角田さんと同じ感想です。
そして、「結果」というもののこと。
ゴールはない、
すべては、因果関係のプロセスだと、
私も思います。
このように感じていますと、
この子どもたちは
宇宙の真理のままに
生きているのだと気づきます。
私たちは宇宙の真理を、
自分たちの都合で曲げて生きている。
この地球上で、唯一、
自然に反する生き方を
しているのが人間です。
いつも思うのです。
この子どもたちが教えてくれることは、
いつも目の前にあった、
いちばん簡単なはずのこと。
「賢いはずの」私たちが、
なぜこんなに困窮しているのか?
答えは簡単ですね。
森安 英憲』
私からの返信です。
『森安さん
おはようございます。
感想ありがとうございます。
毎日のようにに
天使たちと一緒におられる
森安さんからの
お言葉ですので、
重みがあります。
ありがとうございます。
私の家の近くに
特別障害者センターがあります。
その子供たちが
そこに通う道すがらに
挨拶をすることがあります。
たまに奇声は
発することはありますが、
あるがままを
表現してくれています。
そこに人に
どう見られているとか、
気負いもなく
比較もなく
怖れもありません。
私は
その子供たちを見るにつけ
手を合わせたくなります。
あのように
在りたいと思います。
森安さんが
彼らを受け入れて
一緒に働き、学んでから
森安さん自身が
持つところの
神性が
輝きだされているように
感じました。
受け入れる前の
森安さん
受け入れてからの
森安さんの変化を
よく現わしていられる
講演の文章です。
今後も多くの学びが
あると思います。
是非、
また天使たちのことを
知らせてください。
本当に
ありがとうございます。
角田 政治』
さらに
森安さんからの返信です。
『おはようございます。
メールありがとうございました。
私たちのよって立つ
「基準」なんて、
あやしいものですね。
何が普通で、何が異常なんて、
たかだか多数決にすぎません。
私はこの社会にある
「少数者問題」という
言葉のおかしさを思います。
私から見れば、「多数者問題」です。
大多数がおかしくて、
少数のまともな者が
苦労を強いられる。
1年ほど前に
精神科の先生が
講演されたのを聞いたのですが、
冒頭に障害の歴史みたいなことを
ちょろっとお話しになりました。
先生としては「マクラ」ぐらいの
つもりだったと思いますが。
私は衝撃を受けました。
「自閉症は原初の人間にも
あった性質である」
それが本当なら、
元はといえば
人間が基本的な性質として
自閉症の性質を持っていたわけです。
自閉症の人が、
まるで宇宙の知恵を得て
生きているように見えるのも、
うなづけることだと思いました。
その力をだんだん失って、
自然と離れた生き方しか
できなくなったのが、
今の社会なのではないかと思います。
だとすれば、元はといえば、
自閉症が正常で、
今の大多数が異常とも言えます。
ことほどさように、
私たちの基準なんて、無意味な、
どちらかといえば有害なものだなあと、
私は思います。
森安 英憲』
私からの返信です。
『森安さん
いつも
ありがとうございます。
森安さんの仰ることに同感です。
今の社会を見れば一目瞭然です。
大多数の方たちが
創った社会が
私たちの今生きている
グラウンドです。
違いをもたらすものに対する
分離や排除をしています。
分離や排除された側は
どのように生きればいいんでしょう?
仰るように
多数の人たちが決めた
スタンダードを押し付けられています。
森安さんのような方は少数なのです。
でも森安さんをはじめ
山元加津子さんのような方たちが
愛を伝えてくれています。
この愛は多くの広がりを
増していくことでしょう!
私が「宮ぷー こころのプロジェクト」
メルマガを
読ませていただいた頃は
まだ数百名の方たちしか
読んでいませんでした。
今は6500人以上の方が
読まれています。
こういった地道な努力が
世を変えることに
つながると信じています。
「自閉症は原初の人間にもあった性質である」
納得できます。
現代の多くの人が、
外へ外へ視点を移しすぎています。
自分以外を見て、
比較をして悩んだり、
満足しています。
前述の社会が作った物差しの中で。
自らの内部に
すべての答えがあるのに、
内部に入る時間を
持とうとしません。
私が思いますに、
原初は自らの
内部に在るところの神性を
疑う人が
いなかったのではないかと思います。
常に自らの神と対話するために
内に没入していました。
私が感じる自閉症の方というのは、
私たち一人ひとりが
例外なく持っているけれど、
気づいていない神性に
気づいている方たちなのでは
ないかと思っています。
神と対話できる
数少ない人たちと思っています。
人間にとって大切な
「優しさ」
「思いやり」
「慈しみ」
「美しいものを
見て美しいと感じるこころ」等々、
良心に繋がっているのではないかと
思います。
もしそうであるならば
私たちは
一日に必ず自閉症になる時間を
持たなければなりません。
自らのうちにある
本質に繋がらない限り、
真の自覚は得られないのでは
ないでしょうか。
トンデモ話に
聞こえるかもしれませんが、
私はそういうふうに
感じています。
今後も、
森安さんのあたたかい心が
世の中に
インフルエンスしていく
イメージが
湧いています。
すばらしい瞬間をお過ごしください。
角田 政治』
森安さんとの
メールのやりとりの中で
子供たちの存在そのものが
私たちにもインフルエンスして
共に意識を高めてくれるのです。
本日も、生かしていただいて
ありがとうございます。
*****************************************************
角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
真理研究会:http://sinrikenkyu.jimdo.com/
Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
*****************************************************
森安さんの講演文章を
掲載させていただいてから
森安さんとの交流ができ
頻繁にメールの
やり取りをするようになりました。
そのメールの内容も
ここで共有して
いただこうと思います。
そのメールを読ませていただくと
子どもたちが教えてくれたことの
素晴らしさは
お釈迦さまの説かれた
7千余卷の一切経や
聖書の如く光を放つものであります。
勝るとも劣らない輝きを
持っていると思います。
ここで
私の返信メールとともに
掲載します。
読んでください。
まず
昨日書きました
佐和さんから学んだことを
森安さんが読んで
メールをくださいました。
昨日の
“子どもたちが教えてくれたこと”6を
読んでいない方は
読んでからでないと
繋がらないかも
しれませんので
ご一読ください。
森安さんからの
メールです。
『おはようございます。
角田さんの
おっしゃるとおりだと、
私も感じております。
知的障害がある、
と言われる子どもたちは、
いとも簡単に、
本当のことを私に教えてくれます。
私は40年以上生きてきて、
それまでの人生を
180度転換するような
日々に出会っているのです。
どちらに「知的障害」があるのか?
私も角田さんと同じ感想です。
そして、「結果」というもののこと。
ゴールはない、
すべては、因果関係のプロセスだと、
私も思います。
このように感じていますと、
この子どもたちは
宇宙の真理のままに
生きているのだと気づきます。
私たちは宇宙の真理を、
自分たちの都合で曲げて生きている。
この地球上で、唯一、
自然に反する生き方を
しているのが人間です。
いつも思うのです。
この子どもたちが教えてくれることは、
いつも目の前にあった、
いちばん簡単なはずのこと。
「賢いはずの」私たちが、
なぜこんなに困窮しているのか?
答えは簡単ですね。
森安 英憲』
私からの返信です。
『森安さん
おはようございます。
感想ありがとうございます。
毎日のようにに
天使たちと一緒におられる
森安さんからの
お言葉ですので、
重みがあります。
ありがとうございます。
私の家の近くに
特別障害者センターがあります。
その子供たちが
そこに通う道すがらに
挨拶をすることがあります。
たまに奇声は
発することはありますが、
あるがままを
表現してくれています。
そこに人に
どう見られているとか、
気負いもなく
比較もなく
怖れもありません。
私は
その子供たちを見るにつけ
手を合わせたくなります。
あのように
在りたいと思います。
森安さんが
彼らを受け入れて
一緒に働き、学んでから
森安さん自身が
持つところの
神性が
輝きだされているように
感じました。
受け入れる前の
森安さん
受け入れてからの
森安さんの変化を
よく現わしていられる
講演の文章です。
今後も多くの学びが
あると思います。
是非、
また天使たちのことを
知らせてください。
本当に
ありがとうございます。
角田 政治』
さらに
森安さんからの返信です。
『おはようございます。
メールありがとうございました。
私たちのよって立つ
「基準」なんて、
あやしいものですね。
何が普通で、何が異常なんて、
たかだか多数決にすぎません。
私はこの社会にある
「少数者問題」という
言葉のおかしさを思います。
私から見れば、「多数者問題」です。
大多数がおかしくて、
少数のまともな者が
苦労を強いられる。
1年ほど前に
精神科の先生が
講演されたのを聞いたのですが、
冒頭に障害の歴史みたいなことを
ちょろっとお話しになりました。
先生としては「マクラ」ぐらいの
つもりだったと思いますが。
私は衝撃を受けました。
「自閉症は原初の人間にも
あった性質である」
それが本当なら、
元はといえば
人間が基本的な性質として
自閉症の性質を持っていたわけです。
自閉症の人が、
まるで宇宙の知恵を得て
生きているように見えるのも、
うなづけることだと思いました。
その力をだんだん失って、
自然と離れた生き方しか
できなくなったのが、
今の社会なのではないかと思います。
だとすれば、元はといえば、
自閉症が正常で、
今の大多数が異常とも言えます。
ことほどさように、
私たちの基準なんて、無意味な、
どちらかといえば有害なものだなあと、
私は思います。
森安 英憲』
私からの返信です。
『森安さん
いつも
ありがとうございます。
森安さんの仰ることに同感です。
今の社会を見れば一目瞭然です。
大多数の方たちが
創った社会が
私たちの今生きている
グラウンドです。
違いをもたらすものに対する
分離や排除をしています。
分離や排除された側は
どのように生きればいいんでしょう?
仰るように
多数の人たちが決めた
スタンダードを押し付けられています。
森安さんのような方は少数なのです。
でも森安さんをはじめ
山元加津子さんのような方たちが
愛を伝えてくれています。
この愛は多くの広がりを
増していくことでしょう!
私が「宮ぷー こころのプロジェクト」
メルマガを
読ませていただいた頃は
まだ数百名の方たちしか
読んでいませんでした。
今は6500人以上の方が
読まれています。
こういった地道な努力が
世を変えることに
つながると信じています。
「自閉症は原初の人間にもあった性質である」
納得できます。
現代の多くの人が、
外へ外へ視点を移しすぎています。
自分以外を見て、
比較をして悩んだり、
満足しています。
前述の社会が作った物差しの中で。
自らの内部に
すべての答えがあるのに、
内部に入る時間を
持とうとしません。
私が思いますに、
原初は自らの
内部に在るところの神性を
疑う人が
いなかったのではないかと思います。
常に自らの神と対話するために
内に没入していました。
私が感じる自閉症の方というのは、
私たち一人ひとりが
例外なく持っているけれど、
気づいていない神性に
気づいている方たちなのでは
ないかと思っています。
神と対話できる
数少ない人たちと思っています。
人間にとって大切な
「優しさ」
「思いやり」
「慈しみ」
「美しいものを
見て美しいと感じるこころ」等々、
良心に繋がっているのではないかと
思います。
もしそうであるならば
私たちは
一日に必ず自閉症になる時間を
持たなければなりません。
自らのうちにある
本質に繋がらない限り、
真の自覚は得られないのでは
ないでしょうか。
トンデモ話に
聞こえるかもしれませんが、
私はそういうふうに
感じています。
今後も、
森安さんのあたたかい心が
世の中に
インフルエンスしていく
イメージが
湧いています。
すばらしい瞬間をお過ごしください。
角田 政治』
森安さんとの
メールのやりとりの中で
子供たちの存在そのものが
私たちにもインフルエンスして
共に意識を高めてくれるのです。
本日も、生かしていただいて
ありがとうございます。
*****************************************************
角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
真理研究会:http://sinrikenkyu.jimdo.com/
Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
*****************************************************
2014年6月21日土曜日
“子どもたちが教えてくれたこと”6
森安さんの
講演のお話はひとまず
終わりました。
たくさんの知的障害者と
呼ばれている子供たちから
私たちが久しく喪っている
大切なことを教えていただきました。
その中で
もう一度取り上げたいと
思ったのが知的障害者の
養護学校生の佐和さんです。
印象に残っています。
佐和さんの話をもう一度
紹介しながら考えてみたいと思います。
是非、お付き合いください。
引用開始
『次のお話は、養護学校の佐和さんです。
高校2年生でしたが、
小学生のように小さい子でした。
会社で用意した
いちばん小さい安全靴もぶかぶかで、
詰め物をしてはきました。
「口ばっかり達者で、
学校では何もできない子なんです」
と、先生はおっしゃいました。
佐和さんの職場実習は、
製品に部品を取り付けて、
包装する仕事でした。
「部品を取り付けるよ。
まずドライバーを持って」
と言ったら、
ドライバーに手が届きませんでした。
ドライバーの位置を下げましたが・・・
今度は手が小さすぎて
ドライバーをしっかり持てません。
ビス1本打つのに
1日中失敗し続けました。
手が小さすぎて
テープカッターも
ちゃんと使えませんでした。
周りの社員が、
ドライバーの持ち方、
テープカッターの持ち方を
教えるのですが、
手が小さすぎて、
全然
そのとおりに使えませんでした。
見ている私のほうが
ヘトヘトに疲れて、
もうやめよう、
もう別の簡単な作業に変えようと
何度思ったことでしょう。
でも失敗しつくして
あきらめるまで
やらせようと思いました。
その日1日終わって、
私は明日少し様子を見たら、
後は簡単な作業に変えようと決めて、
現場にも予定変更を連絡しました。
ところが次の日、
佐和さんは
自分の工夫をし出しました。
手だけでは
しっかりドライバーが持てない彼女は、
手と体でドライバーを固定して、
体ごとビスを打ちました。
テープカッターは両手で持って
体を使ってテープをカットしました。
実習が終わるころには
佐和さんの顔は
自信があふれていました。
この実習で口だけでなく
仕事も達者な佐和さんになりました。
佐和さんは
失敗しつづけていたのでは
ありませんでした。
佐和さんは
挑戦しつづけていたのです。
そして、挑戦しつづける人に
失敗という言葉はないのだと、
佐和さんは教えてくれました。
口が達者な佐和さんは
私に向かってどんなに
こう言いたかったことでしょう。
「私を信じて!待って!」と。
私たちは何もできなかったのに、
自分の力でがんばりぬいて
ついに乗りこえた佐和さんの姿に、
「佐和さん、よくがんばったね」
と言ったきり、
胸がいっぱいになって
私は次の言葉が
出てきませんでした。』
私はこの佐和さんのお話が
大好きです。
佐和さんが小さな身体で
一生懸命ドライバーでビスを
止めている姿が
目に浮かぶ様です。
私たちは常識というものを
振りかざします。
私たちの常識の中に
時間通りにやるのが
常識であり
ハンデがあるから元々
無理に決まっていると思うことが
常識であり
知的障害の方は
考えることが
できないが
常識と思っています。
森安さんのおっしゃるとおり
常識ほど
あやしいものはありません。
佐和さんは
「できない!」とは
1%も思っていませんでした。
森安さんが言う
この文章です。
『佐和さんは
失敗しつづけていたのでは
ありませんでした。
佐和さんは
挑戦しつづけていたのです。
そして、
挑戦しつづける人に
失敗という言葉はないのだと、
佐和さんは教えてくれました。』
私が思いますに
佐和さんは
「できる!」とか
「できない!」とかではなく
目の前の課題を
「実現する!」ということを
露ほども信じて
疑っていないのです。
唯、周囲が
常識というあやふやなもので
時間というものさしで
そのプロセスを止めています。
「実現する!」
と100%信じ込んでいる
佐和さんが
佐和さんのイメージと
異なった現象が起こっても
それを結果だとは捉えないのです。
「実現する!」ために
ひたすら
進行しているに過ぎません。
私たちが常識としているもの
特に
結果という概念に
固執しているように
感じます。
結果は
固定した時間の中に
存在します。
私たちの真実は
永遠の中に存在しています。
永遠の旅人です。
結果は重要ではないのです。
私たちは
いつも限られた時間の中で
何かをやらなければ!
何かを成し遂げよう!と
想いを発します。
佐和さんは
ありたい自分で
いるのだと思います。
ありたい自分を
はっきりと持っているのだと
思います。
佐和さんは
とても知的な人です。
知的障害者とは
私たちの
限定された社会が作った
あやしい常識からの呼び方に
過ぎません。
寧ろ
私たちのほうが
知的障害者かも
しれません。
今、私たちにとって
大切なことを
佐和さんは
教えてくれています。
限られた時間など
ないのです。
何かをやり遂げよう!
と思うこともありません。
その心の中に
恐れが潜んでいます。
この恐れがある限り
自我意識が
顔を持ち上げてきます。
真の問題解決には
ならないのです。
あるがままの
ありたい自分でいることです。
結果は
自分がゴールと
決めたところが結果であり
その結果は
また原因になり
進んでいくのです。
そのプロセスをこそ
楽しんでください。
私たちは
これからもプロセスの中で
進行し続けていきます。
それが進化すると
いうことです。
ゴールなどないのです。
それは
限定された常識の上での
ゴールに過ぎません。
私たちは
永遠の宇宙の旅人であり
神仏に向かって
旅をしています。
この永遠の中の
今という瞬間に
ありたい自分を思いっ切り
表現していこうでは
ありませんか。
この小学生のように
小さな佐和さんを見習って
今日も生かしていただいて
ありがとうございます。
講演のお話はひとまず
終わりました。
たくさんの知的障害者と
呼ばれている子供たちから
私たちが久しく喪っている
大切なことを教えていただきました。
その中で
もう一度取り上げたいと
思ったのが知的障害者の
養護学校生の佐和さんです。
印象に残っています。
佐和さんの話をもう一度
紹介しながら考えてみたいと思います。
是非、お付き合いください。
引用開始
『次のお話は、養護学校の佐和さんです。
高校2年生でしたが、
小学生のように小さい子でした。
会社で用意した
いちばん小さい安全靴もぶかぶかで、
詰め物をしてはきました。
「口ばっかり達者で、
学校では何もできない子なんです」
と、先生はおっしゃいました。
佐和さんの職場実習は、
製品に部品を取り付けて、
包装する仕事でした。
「部品を取り付けるよ。
まずドライバーを持って」
と言ったら、
ドライバーに手が届きませんでした。
ドライバーの位置を下げましたが・・・
今度は手が小さすぎて
ドライバーをしっかり持てません。
ビス1本打つのに
1日中失敗し続けました。
手が小さすぎて
テープカッターも
ちゃんと使えませんでした。
周りの社員が、
ドライバーの持ち方、
テープカッターの持ち方を
教えるのですが、
手が小さすぎて、
全然
そのとおりに使えませんでした。
見ている私のほうが
ヘトヘトに疲れて、
もうやめよう、
もう別の簡単な作業に変えようと
何度思ったことでしょう。
でも失敗しつくして
あきらめるまで
やらせようと思いました。
その日1日終わって、
私は明日少し様子を見たら、
後は簡単な作業に変えようと決めて、
現場にも予定変更を連絡しました。
ところが次の日、
佐和さんは
自分の工夫をし出しました。
手だけでは
しっかりドライバーが持てない彼女は、
手と体でドライバーを固定して、
体ごとビスを打ちました。
テープカッターは両手で持って
体を使ってテープをカットしました。
実習が終わるころには
佐和さんの顔は
自信があふれていました。
この実習で口だけでなく
仕事も達者な佐和さんになりました。
佐和さんは
失敗しつづけていたのでは
ありませんでした。
佐和さんは
挑戦しつづけていたのです。
そして、挑戦しつづける人に
失敗という言葉はないのだと、
佐和さんは教えてくれました。
口が達者な佐和さんは
私に向かってどんなに
こう言いたかったことでしょう。
「私を信じて!待って!」と。
私たちは何もできなかったのに、
自分の力でがんばりぬいて
ついに乗りこえた佐和さんの姿に、
「佐和さん、よくがんばったね」
と言ったきり、
胸がいっぱいになって
私は次の言葉が
出てきませんでした。』
私はこの佐和さんのお話が
大好きです。
佐和さんが小さな身体で
一生懸命ドライバーでビスを
止めている姿が
目に浮かぶ様です。
私たちは常識というものを
振りかざします。
私たちの常識の中に
時間通りにやるのが
常識であり
ハンデがあるから元々
無理に決まっていると思うことが
常識であり
知的障害の方は
考えることが
できないが
常識と思っています。
森安さんのおっしゃるとおり
常識ほど
あやしいものはありません。
佐和さんは
「できない!」とは
1%も思っていませんでした。
森安さんが言う
この文章です。
『佐和さんは
失敗しつづけていたのでは
ありませんでした。
佐和さんは
挑戦しつづけていたのです。
そして、
挑戦しつづける人に
失敗という言葉はないのだと、
佐和さんは教えてくれました。』
私が思いますに
佐和さんは
「できる!」とか
「できない!」とかではなく
目の前の課題を
「実現する!」ということを
露ほども信じて
疑っていないのです。
唯、周囲が
常識というあやふやなもので
時間というものさしで
そのプロセスを止めています。
「実現する!」
と100%信じ込んでいる
佐和さんが
佐和さんのイメージと
異なった現象が起こっても
それを結果だとは捉えないのです。
「実現する!」ために
ひたすら
進行しているに過ぎません。
私たちが常識としているもの
特に
結果という概念に
固執しているように
感じます。
結果は
固定した時間の中に
存在します。
私たちの真実は
永遠の中に存在しています。
永遠の旅人です。
結果は重要ではないのです。
私たちは
いつも限られた時間の中で
何かをやらなければ!
何かを成し遂げよう!と
想いを発します。
佐和さんは
ありたい自分で
いるのだと思います。
ありたい自分を
はっきりと持っているのだと
思います。
佐和さんは
とても知的な人です。
知的障害者とは
私たちの
限定された社会が作った
あやしい常識からの呼び方に
過ぎません。
寧ろ
私たちのほうが
知的障害者かも
しれません。
今、私たちにとって
大切なことを
佐和さんは
教えてくれています。
限られた時間など
ないのです。
何かをやり遂げよう!
と思うこともありません。
その心の中に
恐れが潜んでいます。
この恐れがある限り
自我意識が
顔を持ち上げてきます。
真の問題解決には
ならないのです。
あるがままの
ありたい自分でいることです。
結果は
自分がゴールと
決めたところが結果であり
その結果は
また原因になり
進んでいくのです。
そのプロセスをこそ
楽しんでください。
私たちは
これからもプロセスの中で
進行し続けていきます。
それが進化すると
いうことです。
ゴールなどないのです。
それは
限定された常識の上での
ゴールに過ぎません。
私たちは
永遠の宇宙の旅人であり
神仏に向かって
旅をしています。
この永遠の中の
今という瞬間に
ありたい自分を思いっ切り
表現していこうでは
ありませんか。
この小学生のように
小さな佐和さんを見習って
今日も生かしていただいて
ありがとうございます。
登録:
コメント (Atom)