「祇園精舎の
鐘の声、
諸行無常の
響きあり。
娑羅双樹の
花の色、
盛者必衰の
理をあらわす。
おごれる人も
久しからず。
唯春の夜の
夢のごとし
たけき者も
たけき者も
遂にはほろびぬ、
偏に風の前の
塵に同じ。」
平家物語の
あまりにも有名な
冒頭部分で
あります。
悲哀漂う
“無常観”の
代表的な一節です。
古今東西
この“無常観”を
説いた教えは
数多くありますが、
その中の
いくつかを
紹介しながら
“無常観”をさらに
進めていきたいと
思います。
「ゆく河の流れは
絶えずして
しかももとの
水にあらず。
よどみに浮かぶ
うたかたは
かつ消えかつ結びて
久しくとどまりたる
ためしなし。
世の中にある人と
栖(すみか)と
又かくのごとし。
(中略)
朝に死に
夕に生るる習ひ、
ただ、水の泡にぞ
似たりける。」
鴨長明の
「方丈記」の冒頭
にあるこれも
大変有名な
一節であります。
「川は絶え間なく
流れている。
しかし、
その水は
元の水とは違う。
よどみに浮かぶ
水の泡は
消えたり
生まれたりして
そこに
とどまっている
ものは何もない。
世の中にある
人やすみかも
また、同じである。
生まれたり
死んでいく人も
水の泡のように
生まれたり
消えたりして
いるのだ。」
鴨長明さんの
生きた時代は
このブログの
冒頭の
平家物語の時代と
重なっています。
鴨長明さんは
平家の盛衰を
目の当たりにした
時代の目撃者で
あった筈です。
そして自身の
人生観にも
通ずるのですが、
「方丈記」は
彼が仏門に
遁世した時に
栖(すみか)とした
庵にて記したので
「方丈記」と
言うのです。
方丈とは
一丈四方の
ことを言い
(大体、四畳半
ぐらいの大きさ)
その小さな
一間の庵での
静かな暮らしを
彼は愛し
生涯をその
方丈の庵を
住処としたのです。
彼は
この「方丈記」の
冒頭のように、
いつも変わらぬ
水を湛え
流れる川の姿も
実体としては
同じ水はひとつも
ないことを
世の中と
オーバーラップさせ
人やすみかも
常に
移り変わっていく
もののあわれを
“無常観”のまま
そのままを
詠ったのです。
川の流れを
“無常”として
観じ
世に問うたのは
鴨長明さんだけでは
ありません。
孔子さまの
有名な
「川上の嘆」
(せんじょうのたん)
の一節もそうです。
子在川上曰
「逝者如斯夫。
不舎昼夜」
子川上(せんじょう)
に在りて曰く
「逝(ゆ)く者は
斯(か)くの
如き夫(か)、
昼夜を舎(お)かず。」
孔子が川のほとりから
流れ逝く川の流れを
見つめながら
語りました。
「過ぎ去るものは
皆、この川の流れの
ようだ。
昼も夜も、一刻も
休む間もなく
過ぎ去っていく。
人間の命も
すべての行いも
このように
移ろい逝くのである。」
と孔子さまも
“無常観”を
詠ったのです。
そして、
さらに
紀元前
500年前後の
ギリシャの
哲学者
ヘラクレイトスも
あの有名な
「万物は流転する。」
という言葉を
残しています。
「この世界に
存在する
すべてのものは
一瞬たりとも
静止している
ことはなく、
絶えず
生成と消滅を
繰り返している。」
また、
こうも
言っています。
「諸君は
同じ川に二度足を
踏み入れることは
できない。
なぜなら、
新しい河川が
絶え間なく、
諸君に押し寄せて
くるからだ。」
このように
「平家物語」や
鴨長明の
「方丈記」
そして
孔子さまの
「川上の嘆」
ヘラクレイトスの
「万物流転」と
紹介して
まいりました。
“無常観”を
皆、捉えていたのです。
この世は無常で
あります。
仏教は
この「諸行無常」を
感じるところから
入っていきます。
この“無常”ほど、
この世の実体を
現わしている言葉
もないでしょう。
これは
この世の実体であり
真理であります。
しかし
その“無常”の
中に在って
“無常”に
翻弄される人生
ならば
それは
生きてきた意味を
持たないことに
なってしまいます。
「平家物語」も
「方丈記」も
「川上の嘆」も
「万物流転」も
この世の実体を
諦かにした上で、
さて、
この世のすべてが
無常であって
移り変わって
行くもので
あるならば、
それでは、
変わらないものは
何かを問うて
いるのです。
無常の先にある
変わらないもの
不易なもの
不変であり
普遍なもの
無限なるもの
永遠なるもの
それを問うて
いるのです。
万象万物は
変化の中に
あります。
その中にあって
変わらないものは
それは
心であることが
分かります。
しかし、
心と言っても
どんな心のことを
言っているの
でしょう?
心はそれこそ
コロコロ
変わるから
心と言うのだという
説があるくらい
変わるものです。
それでは、
あなたは、
心がどんな
状態のときに
幸福感を
感じるでしょうか?
自分を取り巻く
状況が
無常であり
あらゆる出来事も
変わっていきます。
いろいろな
人や出来事が
あなたの前に
現われとして
現出してきます。
そんな時、
どんな状態が
現われたとしても
平然でいられる
ことができたら
どうでしょうか?
何が来ても
怖れることもなく
不動でいられる
心の状態です。
そして、
もし、
何があっても
調和と平安な
気持ちで
いられる
ことができたら
どうでしょうか?
あなたの心は
安心感で
充足されています。
もし
どのような状態
であっても
あなたの心が
喜びに
満ち満ちていたと
したら
どうでしょうか?
よくぞ、
人間に生まれて
良かった!
という
大歓喜の心です。
このような心の
状態になった時、
あなたは
この世で起こる
どんな出来事にも
影響されない
変わらない
幸福感を
得られるのでは
ないでしょうか?
と言うことは
この心の状態
になることが
私たちにとって
何よりも
大切なのでは
ないでしょうか?
このブログは
その心の状態を
共に目指して
今後も
学んでいきます。
生かしていただいて
有難うございます。
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角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
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Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
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