2014年8月1日金曜日

“苦”から転ずるためには

今まで
自分を正しく映す鏡
について
考えてまいりましたが、
 
心というのは
まさに
恐ろしいものであり
また
こんな偉大なものも
ありませせん。
 
お釈迦さまが
心は常に悪を念じ
その心をもとにして
口は常に悪を言い
身は常に悪を行い
かつて一善もなし
と言われているのは
まさしく自我の心の
本性であります。
 
自我はエゴの心で
ありますから。
自我の本性としては
我利我利亡者であります。
 
すべて我に返ってこない
行為はあり得ないのです。
他のことは考えない。
考えたとしても
自己中心的です。
 
かつて一善なしも
うなづけます。
 
すべて
自分主体ですから
少なくとも自分が
得にならない限り
そこに、
価値を見出すことは
ありません。
 
しかしながら
心は偉大なものでも
あります。
私たちに
本来備わっている
本当の力は
そんな小さな自我に
閉じこもったものでは
ありません。
 
人生は自分の心の
表現であります。
永遠の生命の中の
連続性の中で
生まれる前から
そして
この世に
生まれてからも
与えられている
生きる力の法則を
正しく発露することが
できるのです。
 
まず、そのことを
知ってください。
 
私たちの
眠っている意識に
アクセスすることは
誰でもできるように
なっています。
 
そこには
無限の愛
無限の光
無限の智慧
無限の供給
無限の調和
無限の生命
無限の力
が眠っているのです。
 
その眠りをどう
覚ませば
いいのでしょうか?
 
私たちの心が
「実相」や
「神仏」のことを
良く知れば知るほど、
自分の本質が
何であるかということに
気がつくと、
それを
表現したくなるのです。
 
まず、第一段階は
自我による
心の傾向性を知ることです。
 
自我は我のみ良し
という心です。
 
自分の利益ばかりを
考えているのですから
さぞかし、
本人は楽しい
のではないかと
そう思われる方が
居られるかも
知れませんが
そうではありません。
 
私たちの
心の底の底には
神仏の性である実相が
備わっているのです。
その本質が
そのエゴの心に
影響を
与えていくのです。
声なき声で
語りかけているのです。
 
皆さまも
経験したことが
ある筈です。
 
自我の心のまま
やりたいままに
行為をした時に
 
右胸のあたりから
湧いてくる
なんとなく感じる
罪悪感のような
胸騒ぎを
 
初めはそれを
気のせいだと
無視していきます。
 
しかし、そのまま
続けていると
心が苦しみで占有されて
しまいます。
 
自我であることは
毎日が
苦しくて苦しくて
たまらないのです。
 
それが自我の実体です。
 
しかし
植木 等さんの
歌ではないですが
「わかっちゃいるけど
やめられない!」のです。
 
人間は煩悩具足の
所以でもあります。
 
欲の心が強すぎて
抜け出せないでいます。
これは苦しいのです。
本来の真我に気づく
ことができないから
苦しいのです。
 
たとい黒い雲に覆われて
陰鬱な日であっても、
その雲の上には
燦然と光り輝く太陽が
あります。
そして必ず太陽は
その光を
届けてくれるのです。
 
そのことを
常に心に把持し、
光を求めて行く!
その光とは
人の善良さ、
人の美しさ、
人の素晴らしさ、
人の優しさ、
というものです。
そのことを
追い求めて行く
そして
光の中を歩むことで
真我は顕現していくのです。
 
その為には
その苦しみの中にある
自らの心を取り出し
一つひとつ点検
していくことです。
 
お釈迦さまは
その為に
四諦八正道
(しったいはっしょうどう)
という
点検項目を
与えてくださっています。
 
四諦とは
苦諦(くたい)
集諦(じったい)
滅諦(めったい)
道諦(どうたい)
の四つの諦(真理)
ということです。
 
この四諦については
前にも取り上げていますが
 
簡単に
復習しておきます。
 
苦諦とは
お釈迦さまの最初の悟り
「人生は苦なり!」という
真理です。
 
四苦八苦のことを言います。
 
四苦とは
生老病死です。
生  生まれる苦しみ
老  老いていく苦しみ
病  病を持つ苦しみ
死  死ぬことの苦しみ
 
八苦とは
愛別離苦(あいべつりく)
どんなに
愛していたとしても
いずれ別れなければ
ならないのです。
その苦しみのことです。
 
怨憎会苦(おんぞうえく)
この世は
たとえ嫌いだと
思っていても
怨み憎しみを持っていても
会わなければなりません。
そんな苦しみのことです。
 
求不得苦(ぐふとっく)
求めても求めても
得られないものが
この世には
沢山あります。
その苦しみのことです。
 
五蘊盛苦(ごうんじょうく)
肉体を持つが故に
心の中が煩悩で
燃え盛っています。
そんな苦しみのこと
を言います。
 
集諦とは
その苦諦における
人生の苦しみの
原因に関する
真理のことです。
 
煩悩から生じる
貪欲や瞋恚や愚痴の心が
苦しみの原因を
つくっていること。
そのことを知ること
これが集諦です。
 
滅諦とは
その苦悩や束縛から
離れた状態のことを
滅諦といいます。
 
道諦とは
心の点検項目として
滅諦の実践として
八正道があります。
 
八正道とは
正見
正思惟
正語
正業
正命
正精進
正念
正定
です。
 
それでは
この
八正道については
また、明日
解説したいと
思います。
 
生かしていただいて
有難うございます。
 
 
 
 
*****************************************************
角田 政治
携帯番号:080-3085-4801

真理研究会:http://sinrikenkyu.jimdo.com/ 
Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
*****************************************************

0 件のコメント:

コメントを投稿