昨日は
仏教用語として
定着した
日本語として
まったく意味が
逆転している例として
“分別”と“無分別”
を取り上げてみました。
“分別”のある人とは
「何が得で
何が損かなどと、
得失ばかり考えていて、
絶えることがない。」
そういう人のことを
言います。
これは即ち
このブログで
繰り返し
テーマとして
取り上げている
貪欲
(とんよく)の心です。
108の煩悩の中の
また、
心の三毒と
いわれる中の
筆頭にあげられる
煩悩の代表の心です。
日常使われている
“分別”ある人は
どこに行ってしまった
のでしょうね(笑)
何が損で何が得に
なるかといっても
損得勘定だけの
人生ほど
これこそ
“損”な人生だと
思いませんか?
結局、損得だけで
“分別”を持って
人生を送って
いくとすれば
その人は
最期は必ず
“損”をします。
因果の道理という
絶対的な法則が
働くからです。
問題は
人に
喜んでもらうという
視点が
入っていないからです。
どんな商品でも
サービスでも
システムでも
人に喜んで
もらわない限り
長くは
続きません。
宣伝に乗って
それらを使った
お客さまが
二度と
使わないからです。
リピートが
ありません。
損得を考えずとも
人の喜んでいただく
商品や
サービスや
システムは
継続して使って
いただけます。
どうしたら
儲かるか?
ではなく
どうしたら
喜んでもらえるか?
に集中して
資源
(ヒト・モノ・カネ)
を投入していった
商品・
サービス・
システムは
売れていくのです。
結果的に儲かるのです。
使った人が
信者になるからです。
だから儲かるとは
信ずる者と書いて
いるのです。
儲かるとは
別の言葉で言いますと
“利益”のことです。
この“利益”という
言葉は元々は
仏教から来た
言葉であります。
この“利益”に
“ご”をつけて
“ご利益”と言います。
“ごりやく”と読みます。
皆さんも
正月に寺社や神社に
行って
「今年は給料
あがりますように・・」
とか
「宝くじ
あたりますように・・」
とか
“ご利益”を授かりに
行ったこと
ないでしょうか?
あとは個人的な
例としては
家内安全
病気平癒
商売繁盛
交通安全等々
昔は
雨乞いや
日乞いや
疫病送りとか
農家や村での
共同祈願等々
多岐多様の
祈りがありました。
こういう信仰のことを
少し皮肉っぽく
“ご利益信仰”と
言っています。
普段は
神仏とかけ離れて
いるにも係わらず
この時とばかり
“ご利益”だけを
授かりにいくことを
言っています。
しかし、
仏教の中での
本来の“利益”の
意味は違います。
お釈迦さまが
仏の覚りを
得られてから
お釈迦さまは
仏陀となられました。
仏陀と言うのは
覚りたる人という
意味です。
その仏陀の教えを
学び続けて
無限なる智慧を
獲得したことを
“利益”と言い
そこに“ご”をつけて
“ご利益”と
言っているのです。
これが本当の意味です。
そして
この“ご利益”は
自らが得ると共に
他の人をも益する
という意味合いの
“ご利益”であります。
それが
菩薩道であります。
これを
自利利他の益(やく)
とも
言われています。
仏陀の教えによって
仏の本願である
「この身、今生に
あるうちに
大安心・大歓喜に
させるのだ!」
とその高みに
引き上げて
いただいた方が
その偉大なる
“ご利益”を
自分だけのものに
するのではなく、
他の人々にも
“ご利益”を得て
いただいて
絶対の幸福になって
もらいたいという
幸福の共生に目覚める
ことこそが
本当の
“ご利益信仰”なのだと
思います。
あなたも
その本当の
“ご利益”を授かり
ますように
生かしていただいて
有難うございます。
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角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
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Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
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