2014年8月6日水曜日

“苦”から転ずるためには5

昨日は所要で
出かけましたので
ブログは休ませて
いただきました。
 
一昨日に続きまして
六波羅蜜を順番に
解説していきます。
 
六波羅蜜は
“苦”から転ずるための
実践行として
人間完成を
めざすものです。
 
今日は
精進波羅蜜です。
サンスクリット語では
ヴィーリヤと言い
まじりっけが無いという
意味です。
 
まじりっけがなく(精)
努力する(進)とでも
言いましょうか!
 
どんな道でも努力なしで
得られるものは
ありません。
 
人間は放っておくと
怠け心が起きてきます。
楽をしたいという
心もあります。
 
その心に打ち克って
努力精進する
ことによって
光り輝く明日が
やってくるのです。
 
そして努力は
継続こそ力なり!と
言われるように
倦まずたゆまずに
日日の積み重ねが
とても重要であります。。
 
それと、方向性は
とても大事です。
 
方向性が誤っていたら
努力を続ければ
続けるほど
悪因悪果になってしまい
運命が悪くなってきます。
 
正しい方向
善なる方向に
努力精進しなければ
何にもなりません。
 
まじりっけがあっては
精進ではないのです。
 
この精進波羅蜜は
八正道の
正精進(しょうしょうじん)
と同じであります。
 
これは他の
五波羅蜜を修行していく
ために
絶対に必要な波羅蜜です。
 
次は
禅定波羅蜜です。
 
サンスクリット語で
ディヤーナです。
この意味は
ある特定の対象に
心を一点集中して、
動揺・散乱する心を
安定させるということです。
 
そしてその上で
真理を思惟する
ということです。
 
禅定の「禅」は
静かな心
不動心という意味で
「定」は
心が落ち着いている
状態のことです。
 
八正道における
正定でもあります。
正しく定(じょう)に入る
ことであります。
 
心が散乱している
ということは
心が定まっていない
のですから
常に振り子の玉のように
振れ続けています。
 
この揺れ動く心は
苦しいです。
心があっちいったり
こっちいったりして
いるのですから
心が一定しないで
留まらないのですから
苦しいです。
 
禅定とは反省行のこと
でもあります。
 
因果の道理に則して
反省を進めるのです。
自らの過ちや非に対して
点検をして反省をし、
二度と再び
同じ過ちや非を
繰り返さないように
心が納まるまで
禅定をするのです。
 
それでも納まらない
ということは
まだ自分の心の中で
納得できていないものや
相手(人・社会・システム)
に責任があると思っている
のです。
 
因果の道理は
自因自果です。
他因他果ではありません。
不幸や災難という運命は、
すべて自分が
生み出したものなのです。
その自分の種まきを
反省してこそ、
向上があるのです。
 
次は
般若波羅蜜です。
 
サンスクリット語で
ブラジュニャーです。
智慧という意味です。
智慧波羅蜜とも
呼ばれています。
智慧の完成です。
 
この智慧を完成させる
ためには
前の五つの
布施
持戒
忍辱
精進
禅定
波羅蜜の
実践を通して
般若に到るのです。
 
また
すべての一つひとつの
波羅蜜は
自他ともへの救いの道
であります。
しかし、
そのどの波羅蜜をも
完成させるためには
智慧は絶対に
欠くことのできない
条件でもあるのです。
 
前の五つの波羅蜜の
修行において
智慧を獲得し
 
また
般若の智慧で持って
前の五つの波羅蜜を
完成させるのです。
 
以上で
六波羅蜜の
解説が終わりますが
 
この六波羅蜜の心で
常に人間向上の道を
志すことが
私たちに与えられた
理想となるのです。
 
共に頑張って
まいりましょう。
 
生かしていただいて
有難うございます。
 
 
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角田 政治
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