昨日は
良寛さんのお話を
しました。
どんな出来事が
自分の目の前に
起ころうとも
それは
良寛さんの
良寛さんの
この言葉に尽きる
でしょう。
「災難に逢、時節には
災難に逢がよく候。
死ぬ時節には
死ぬがよく候。
是はこれ災難をのがるゝ
妙法にて候。」
私たちは
この世に生を
受けてからこのかた
どなたにも
影のように
“死”が
寄り添っています。
皆、“死”の平均年齢を
拠り所にして
当然、明日は生きると
思っていますが、
それこそそれは
何の根拠もない
妄信に過ぎません。
増してや
今、老いている方は
“死”がいつ訪れるかも
知れないのです。
“死”の
カウントダウンです。
生きていくままが
“死”に
向かっている姿です。
このことを
お釈迦さまは
「生死一如」
(しょうじいちにょ)
と説いています。
この世は無常であるの
最終形です。
“死”をもって
この世のすべての
家族や友人
家や財産
災難や“死”からも
お別れです。
あの世に
持っていけるものは
心だけなのです。
台風によって
多くの災難が訪れました。
豪雨によって
土砂が崩れ
家や人が下敷きに
なりました。
また、連日の雨で
地盤が崩れやすく
川は増水し決壊して
水か村を呑み込んで
二次災害を誘発しています。
まだ、幼い子どもたちを
含め多くの人が
お亡くなりになり
土砂や瓦礫に埋もれて、
居られる方々も
まだ、おられるようです。
家族を失った方々の
悲しみ・苦しみは
いかばかりかと思うと
どう言っていいのか
言葉がみつかりません。
このように毎日
ニュースで報道されて
いるように
突然、災難に遭われて
かけがえのない命を
奪われていきます。
これは他人事では
ないのです。
多くの人は
瞬間的には
悲しみとして
受け止めますが
すぐ、
忘れてしまいます。
しかし、
この世の災難は
私たちや
私たちの家族にも
起こり得る
ことなのです。
今回被害に
遭われた方たちも
何回も同じような災難を
テレビやあらゆる報道で
見聞きしていたのです。
まさかは起こるのです。
突然訪れるのです。
“死”は誰にでも
必ず訪れるのですから
それは自然の摂理です。
現象を五官で見て
そんな死に方はいやだ!
と思うかもしれませんが、
死に方は問題では
ないのです。
問題は
良寛さんが仰っている
「災難に逢、時節には
災難に逢がよく候。
死ぬ時節には
死ぬがよく候。
是はこれ災難をのがるゝ
妙法にて候。」
の言葉の真意を正確に
つかめばわかるのです。
災難に遭う時節
“死”ぬ時節
とはどういうことを
言っていると思いますが。
これは
「どうせ
いつか死ぬんだから
いつ死んでも
いいじゃないか!」と
投げやりの
覚悟を進めて
いるのではないのです。
いつ
死んでもいいように
一日一生のつもりで
生きなさい!
一日一生とは
昨日も明日もない
人生観です。
過去に捉われず
未来に後悔を残さない
ように
一日を始末しなさい。
自分に与えられた時間は
“今”しかないのです。
“今”が連続して
“今”に到っているのです。
いつ“今”の連続が
終わるかは分かりません。
災難に遭う時節
“死”の時節とは
そういう時節が
あるのではなく
災難や“死”がいつ
訪れようともいいように
捉われや後悔や
あらゆる怖れがない
心の状態でありなさい。
と言っているのです。
“死”は突然
やってっきます。
この世で培ってきた
どのようなものも
“死”の前では無力です。
財産や地位や名誉や
家族でさえも何の
力を持たないのです。
調和のとれた
大安心の心
人間に
生まれて良かった
という
大感謝と
大歓喜の心
この心こそ
天国・極楽に住する
唯一無二の心なのです。
その心の状態にある時
いつ時節が訪れようと
何の問題も
起こりようがないのです。
そこに向かうことこそ
私たちが
この世に生まれた
生きる意味であり
生きる目的なのです。
そのことを知ってください。
私たちが日常
生きるために
やっている仕事は
生きる目的では
ありません。
それは、
生きるための
手段なのです。
手段と目的は違います。
だからいくら
仕事でたくさん
利益をあげても
そして副産物としての
地位や名誉を得ても
それはこの世を
生きやすくすることに
なっても
あの世には何一つ
持って行くことが
できないのです。
しかし、その過程で
作った悪なる念いは
持っていかなければ
ならないのです。
恨みや、妬み、嫉み
怒り・猜疑心・執着心
等々の心のまま
後生に向かわなければ
なりません。
持っていけるのは
心だけです。
その時にどんな心の
状態のとき“死”は
訪れるのか
誰も分からないのです。
これを
後生の一大事と
言うのです。
後生に苦悩を
持ち込むのか
それとも
極楽浄土の心を
持って行くことが
できるのか
それは
自分次第であるのです。
自分が
“死”の時節が
いつこようとも
問題のない心の
状態を作っていくのです。
この問題を
人任せにしては
いけないのです。
自分の真我に気づく
しかないのです。
常に真我の基準を
胸に刻み
精進努力をして
いくことです。
真我の高み・深みに
毎日接することです。
その真我の心のまま
今日会う人々にも
接することです。
真理とは真我に
気づくことであり
それが人生の目的で
あるのです。
生かしていただいて
有難うございます。
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角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
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Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
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