本日も
「雪絵ちゃんの願い」を
お届けします。
かっこちゃんが
今、まさしく
世界に発信していることは
今までの医療や、
一般社会常識を
大きく変えてきています。
その、
かっこちゃんの根底に
あるものは
すべての人に対する
極限の愛そのものです。
今、それが
金沢から日本中に
日本から世界へと
インフルエンスしています。
その原点とも言うべき
あの日の
雪絵ちゃんとの約束
このことがなかったら
こんなにも力強い拡がりは
なかったかもしれません。
その時の
雪絵ちゃんの願いを
今日も、是非
共有してください。
『そして24日に
小松空港に行ったら、
小松空港の
カウンターのところに
貼り紙がしてあって
小松はいつもね、
冬は雪なんですけど、
その日はめずらしく
いいお天気だったのに、
「天候不良のため、
飛行機飛びません」
って書いてあったんです。
ソウル便飛びませんって。
おかしいなあ、
こんないいお天気なのに
なと思って、
カウンターで聞いたら、
この便はソウルからの便の
戻りなんだそうです。
だから、
ソウルで天気が悪いんですよ
っておしゃったんですね。
それで、友達に電話をしたら、
ソウルの友達は、
編集者の友達は、
「おかしいんですよ。
不思議なんですよ。
こちらもいいお天気で、
東京の便も、大阪の便も、
みんな
同じ時間に飛んでいるのに、
なぜか小松の便だけが
飛ばなかったんですよ。
おかしいですね」って。
「じゃあ、
次の便が出るのが26日だから
そのときに行きます」
そういうふうに約束をしました。
それで、
26日の便は、お昼頃なので、
その用意をしていたら、
朝の6時に
うちの電話が鳴りました。
それは、
雪絵ちゃんが亡くなった
という報せの電話でした。
私は雪絵ちゃんが
どんなに
悪くなっても、
どんなに
危ないと言われても、
いつも
雪絵ちゃんは
絶対に大丈夫だと
なんだか
そんなふうに思っていました。
けれども
亡くなったという
報せを聞いたときに、
私は雪絵ちゃんは
今日亡くなろうって
自分で決めたのかなって
なんだか
そんな気がしました。
雪絵ちゃんは
いつもいつも、なんでも
自分で決めていたんです。
クスリを飲むか飲まないか、
入院するか退院するか、
そういうことも
自分で決めていました。
「だって、私の人生だよ。
誰が私の人生に責任を持てる?
誰も持てないよ。
でも私なら持てる。
私が決めたことだったら、
がんばれるし、
誰のことも
恨まなくてすむからね」
ってそう言っていたんです。
だから、雪絵ちゃんは
今日亡くなろうって
自分で決めたのかなって
思いました。
雪絵ちゃんの
おうちに行ったら、
お母さんが
待っていてくださいました。
そして、
雪絵ちゃんのお部屋に
通してくださったんです。
雪絵ちゃんの枕元には
姪っ子さんや甥っ子さんが
楽しそうに遊んでいてね、
あのお本当に優しい顔で、
眠っているみたいでした。
お母さんは
不思議なことを
おっしゃるんです。
「この子はね、
今日亡くなろうって
自分で
決めたんだと思います」
って。
「どうして
そう思われるんですか?」
って言ったら、
「この子は、
年が明けたら、
一月になったらね、
大きな病院にかわることに
決まっていたんです。
その病院はこの子が
絶対に行きたくないと
言っていた
とても遠い病院でした。
この子は
家が好きでしたから、
そこには行きたくないと
いつも
言っていたんです。
この子は
お正月も
自分の誕生日も、みんなね、
自分の家ですごそうと
決めていたんじゃ
ないでしょうか」
とお母さんが
おっしゃいました。
そしてお母さんが、
「不思議なんですよ。この子は、
今日亡くなって、
明日27日がお通夜で、
28日、お誕生日が
お葬式なんですよ。
この子はね、
お誕生日がいつも
ことさら大好きで、
大事な日、
大切な日
と言っていた。
その日に
お葬式なんですよ。
あっぱれな子ですね」
とおっしゃいました。
「私は実は今日、
ここにいない
はずだったんです。
飛行機が
飛ばなかったので」
と言いました。
お母さんは、
「あの子は、
先生にいてほしいために、
飛行機まで
とめてしまったんですね」
とおっしゃいました。
そして、きっと、
お通夜や
お葬式の席じゃなくて、
今日、
ここで先生とお別れが
したかったんでしょう。
あの子は
先生と行った温泉旅行が
すごくうれしかったようで、
その話ばっかり
していましたから、
この子を
ソウルに
連れて行ってやってください」
と言ってくださいました。
それで、私は
雪絵ちゃんのお通夜にも、
お葬式にも出席していません。
雪絵ちゃんと一緒のつもりで、
飛行機に乗り込みました。
けれども、私は
雪絵ちゃんのこと
ばっかり考えてね、
雪絵ちゃんはいつもいつも、
「私でよかった。
私の人生を後悔しない」
って言っていたけど、
でも、やっぱりつらくて
悲しい人生だったんじゃ
ないだろうか、
そんなふうにも
思ったりもしました。
また、
雪絵ちゃんは
負け惜しみを言っていた
んじゃないだろうか?
と思ったりもしました。
けれども、
またこれも
本当に不思議なんですが、
私の鞄のなかに
雪絵ちゃんからのエッセイが、
手紙が一つ入っていたんです。
それはこんな手紙でした。
“誕生日”
私今日生まれたの。
一分一秒のくるいもなく
今日誕生しました。
少しでもずれていたら、
今頃 健康だったかもしれない。
今の人生をおくるには、
一分一秒のくるいもなく
生まれてこなければいけなかったの。
けっこうこれってむずかしいだよ。
12月の28日、
私の大好きで大切で幸せな日、
今日生まれてきて大成功。
Snowに生まれてきて、
これまた大成功。
雪絵ちゃんは
やっぱり自分に生まれて、
大成功、大正解って
思ってたんだなあと
いうふうに思いました。
それでも、私は、
雪絵ちゃんが
亡くなったことを、
なかなか
受けとめることが
できませんでした。
毎日毎日泣いていました。
悲しくて悲しくて。
そして、私は
自分勝手な
人間だなあって
思うんですけど、
雪絵ちゃん、
なんで
亡くなっちゃったの?
誰が私の話を
毎日聞いてくれて、
「よかったね」って
言ってくれるの?って
そんなことを
思っていたりしました。
ごはんも食べられないし、
寝られないけれど、
でも、
ベッドの中に入って…。
学校のある間は
学校にいるから
いいんですけど、
帰ってから、
本当に何もできなくって、
もうこのままじゃね、
私もだめになってしまう
のじゃないかなあって。
体重もどんどん
やせていったんですね。
そして
まさにそんなときに、
まるで背中をぽんぽんと
たたかれたみたいに、
あることがぱっと
思い出されたんです。
なんか
電気が走ったみたいな
くらいだったんですけど…
それは雪絵ちゃんとした
最後の約束でした。
私が、最後に
雪絵ちゃんと
長い会話をした日。』
明日に続きます。
多分、明日で
雪絵ちゃんの願いは
最終回になります。
かっこちゃんと
雪絵ちゃんの
最後の
長い会話の内容は
どんなお話
だったのでしょう?
また、明日会いましょう!
生かしていただいて有難うございます。
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