昨日は良寛さんの
エピソードから
怒りについて考えて
みました。
今日も怒りについての
考察を深めてみたいと
思います。
私たち人間は
この怒りによって
やたら人生を棒に振って
しまう事例が
あちらこちらに
見受けられます。
“怒りは無謀に始まり、
後悔に終わる“
と昨日も書きました。
怒りというものは
今日は○○君と会うから
○○君はこう言うだろうから
こういう展開になるだろう
ならばここで一つ
怒っておこうか
というわけには
まいりません。
怒りというものは
相手の一言や態度によって
急にやってくるから
厄介なものです。
計画的に怒るなど
ということは
聞いたことはありません。
無謀に始まるのです。
人間一旦怒りの炎が点ると
絶対に
言ってはいけないことでも
まるで速射砲のように
言ってしまいます。
「これだけは死んでも
言うまいと思ったけど
今日だけは言わせてもらう!」
等々
「そこまで言うか」
ということまでも、
ということまでも、
怒りの心が
言わせてしまうのです。
やってはいけないことを
してしまうのも怒りです。
相手を殴ったり、
相手を殴ったり、
大事な物を壊したり・・
もう理性のかけらもない程の
醜態を演じます。
普段はあんな温厚で
優しい人なのにどうして?
あんな分別のある方が
なぜ?というような現場に
皆さまも、
何度か出くわしたことが
あるのでは
ないでしょうか?
そこに酒でも入っていたら
さらに追い討ちをかけます。
家族に対して
会社の上司や部下に対して
友人に対して
「それをやったら
もうここにはおれない」
ということまでも
ということまでも
してしまうのです。
そして、
配偶者とは別居や離婚をし
会社は辞めることになり、
友人とは絶交・音信不通と
なっていきます。
場合によっては
傷害や暴行・器物破損
間が悪ければ殺人で
逮捕なんてことも
起こってしまいます。
テレビやニュースで
取りあげっれている事件は
この怒りが原因で
起こった出来事がすべてと
いっても過言ではないでしょう。
結局、
怒りの結果は、
必ず後悔に終わることに
なります。
“一朝の怒りに、一生を過つ”
のことわざの実例は
“一朝の怒りに、一生を過つ”
のことわざの実例は
枚挙に暇がありません。
では、どうしたら
この怒りの心を静めることが
できるのでしょうか?
怒りを蛇に譬えて
昔から教えられている
言葉としては
こんなのがあります。
怒りの蛇を、
口から出すのは
下等の人間。
歯を食いしばって
口に出さないのが
中等の人間。
胸に蛇は狂っていても、
顔に表さないのは
上等の人間である。
腹が立つと、どうしても
怒りの蛇がとぐろをまきます。
しかし、その蛇を
口から出してしまっては
いけません。
歯を食いしばって
口から出さないようにします。
ですが、
歯を食いしばっているので
表情には出ています。
それでも、
口に出すよりは
まだいいのです。
そして、胸には
蛇は狂っていても、
口にも顔にも表さないのが
一番いいということです。
一人、怒って
イライラした人がその場にいると、
その怒りは
他の人に波及してしまいます。
連鎖は食い止めるためにも
効果的な方法だと思います。
これなどは
理性を失した場合
瞬時に怒りを発してしまうので
理性をとり戻す間をおき
落ち着くまで待つことで
怒りの心を静めていく方法です。
月並みな方法ですが
大切な考え方です。
時間をおく方法としては
時間をおく方法としては
己の怒りを静める場合には
「言いたい事は明日言え」
「言いたい事は明日言え」
というのがあります。
またその場合
誰かに怒りを感じたら
その怒りの内容を
その怒りの内容を
紙に書き出してみるという
方法も効果があります。
一日置いてみて
書いた怒りの内容を
読み返してみると
「何だ!こんなことに
「何だ!こんなことに
怒っていたのか?」
「つまらん!つまらん!」と
なるものです。
これは、是非
これは、是非
試してみてください
不思議にそうなるものです。
ここでもう一歩進めて
なぜ?私たちは怒るのか?
という怒りのメカニズムを
考えてみたいと思います。
私たちが腹を立てる原因は
何でしょうか?
その原因は自分の欲が
妨げられることで
起こるのではないでしょうか。
実はそれだけなのに、
「自分が正しい」と
思っている心が原因なのです。
自分の欲望が
妨げられたということは、
自分に
都合が悪いというだけです。
お釈迦さまは
この欲の心を5つに分けて
五欲と教えられています。
五欲とは
食欲~これは食べたい、
飲みたいといった欲です。
財欲~これはお金や物が
欲しいという欲です。
色欲~男は女を、女は男を
いわゆる異性を求める欲です。
名誉欲~認められたい、
悪口を言われたくない
という欲です。
睡眠欲~まだ寝ていたい、
楽をしたい等の欲です。
これらの欲はどれも
妨げられたときに
腹を立てるのですが
例えば、
腹を立てる例として
人から注意を受けた時
どうでしょうか?
これは、
自分の名誉欲が
傷つけられますので、
非常に腹が立ちます。
例えば自分が
遅刻をしたとします。
その時に
「何で遅刻してきたんだ」
と注意を受けた時、
「すいませんでした。
今朝たまたま、
車が渋滞していまして」
と言い訳します。
この言い訳の裏には
「自分は時間通りに
出てきたのに
あの交差点の信号
壊れてるんじゃないの
やけに遅いし、
前の車も黄色で止まるし、
モタモタしているし、
事故かなんか
あったに決まってる
車が混み過ぎだよ!まったく!
俺のせいじゃないよ!」
とこんなことを
思う心があります。
このように人や物、
状況のせいにして
防御しようとする心が
働きます。
それはやはり、
自分が正しいという
心があるのです。
或いは
どうにも
言い逃れが出来ないときに、
「どうして遅刻してきたんだ」
と言われると、心の中で、
「お前はどうだ、
お前だって、この前、
遅刻してたじゃあないか」
と腹を立てます。
悪いのは自分なのに、
逆切れして、
けんかになることさえ
ある位です。
このように、
名誉欲が
傷つけられるので、
腹が立ってしまうのです。
なぜ腹が立つのか
何が気に入らないのか
このように、
腹がたった時には、
その時には
抑えられませんので、
少し落ち着いてから、
なぜ腹が立つのか、
自分は
何が気に入らないのか
考えてみると、
案外たいしたこと
なかったと
自分でも
分かってくるのです。
結局私たちは
色々理屈をこねて、
自分が正しい、
自分が正義だと
自惚れているに
過ぎないことが分かります。
それでは
お釈迦さまは
この怒りについて
どう仰って
いるのでしょうか
それは明日に
続けて書いてみたいと
思います。
生かしていただいて有難うございます。
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角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
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