2014年7月11日金曜日

みんな一つのいのちを生きている(4)


本日も、早速かっこちゃんの
お話を聞いてください。


大好きの魔法
『ようやく、桜の花の便りが
聞かれるようになったけれど、
今年はいつまでも寒く、
朝方は、
まだ車の窓が凍っていたり、
先週は春になったというのに、
お天気の中に
雪が舞い降りていて驚きました。
(この文章は3年前の
4月頃書かれたものです。)

東北はいまでもときどき
なごり雪が舞い散るようですね。
ふと昔一緒に勉強した大ちゃんが
家に遊びに来てくれた日の
ことを思い出しました。

その日もお日様が出ていて、
青空なのに、空からは静かに
雪が降っていました。
雪を降らせているはずの
雲の姿が見えないから、
まるで、
空中から雪がわいているようで、

不思議です。
大ちゃんはこんな詩を作りました。

お天気の中で 
花びらの雪がおりる 
こんな日は 
雪も 
たのしいことを 
考えとるやろ

そっかあ、
雪も楽しいんだと話しながら、
私たちもとても楽しく
そんな空の下を歩いていました。

遠くに
季節外れのたき火が見えました。
誰か知らない人がおられるから、
お話するのがにがてな大ちゃんは
嫌かもしれないなあって
思ったのですけど、

でも、たき火がめずらしくて、
たき火にあたりに行こうと
さそいました。

大ちゃんは少し考えてから
「そやな」と言いました。
「あたらせてください」と
火の番をしておられた
おじいさんにお願いすると、
おじいさんは
「あたっていくこっちゃ。
火はありがたいもんやぞ」と
言って下さって、
私たちはおじいさんの
お隣に立ちました。

おじいさんは
私たち二人がいったい
どんな関係なのかなあと
不思議に思われたのでしょうか?

私に「弟さんか?」
と尋ねられました。

「そうじゃないんです」

「兄さんか?」

え!?私の?
それはまた不思議な誤解ですが、
大ちゃんは背も大きいので
そんなふうにも
見えたのでしょうか?

「そうじゃなくて、お友達なの」
おじいさんは「そうか、そうか」
と言って
また火にあたらしい木を
入れておられました。

それからポケットから
紙につつんだものを
私たち二人にくださいました。

何だろうと思って開けたら、
油であげたか、焼いたかした
“かきもち”でした。
きっとおうちで作られた
かきもちです。

ああ、昔、お友達の家で、
こんなかきもちをいただいた
ことがあるなあと思い出しました。

いろりの上に金網をのせ、
お箸でひろげるように
おもちをかきながら、焼くのです。
びっくりするほど大きくなって、
とても
おいしかったのを覚えています。

今日、いただいたのは
油で焼いてあったけれど、
でも昔のなつかしい味がしました。

大ちゃんはそのあいだ、
一言も
おしゃべりはしなかったけれど、
ありがとうと歩き出して、
少し行ってから、
こんな詩をつくりました。 

火って不思議やな 
となりの木に分けてやっても 
火は少なくならんもん
火は心の中のやさしい気持ちと 
おんなじなんやな

大ちゃんは
おじいさんといたとき
おしゃべりしなかったけれど、
火を見ながら、
おじいさんのやさしい気持ちや、
かきもちのことを
こんなふうに
考えていたのかなあと思いました。

火もやさしい気持ちも
あたたかくて減らないもの・・
だからあたたかい気持ちは
どんどん人にあげても
なくならないから
大丈夫なんだなあと思いました。

いま、たくさんの方の
優しい気持ちが、
日本中に世界中にあふれてる。

それは、本当に素晴らしいことだ
なあと思うのです。
やっぱり、
大好き大好きと「大好きの魔法」を
いっぱい使って、
でも、
その魔法は決してなくならないから、
いっぱい使って、
誰もが元気になれたらいいなあ
と思います。
 
宮ぷーが倒れてすぐのことを
もっと教えてほしいという
メールをいくつもいただきました。

今、意識がない状態でおられたり、
不安の中におられて、
そのときの様子を知りたい
と思われたようなのです。
倒れてから一月後
(今から2年と2ヶ月前)の日の
日記です。
(この文章は3年前のものです。)

4/19
朝、私の母と一緒に
病院へ行きました。
一昨年父が亡くなって、
そのことで、
母は心がつらくなって、
体調を壊しました。
そのときに、
宮ぷーが母を病院へ
連れて行ってくれたのです。

まだ、意識がないと
思われていたころですが、
母は
宮ぷーは全部わかっているのだと
信じてくれていたのだと思います。
母は、お世話になりましてと
お礼ばかり言って、
そして、
こんなに元気になりましたと
そして、宮ぷーの足の裏を
一生懸命さすっていたよ。

痰を入れている吸引瓶に
血がたくさん混じっていて、
また胃から出血したのかと
すごく不安になりました。

看護婦さんに尋ねると、
開口器を使って
歯を磨いたら口が切れて、
血がいっぱいでて、
痰に混じったのでしょうとのこと。

口もやはり、
思うようには開かないのです。
今日も息と痰がつらそうです。
夜にまた来るねと言って
帰ってきて、そして、母に、
「ラジオを買わなくちゃ。
音楽ばかりじゃさびしいもの」
と言いました。

乾電池じゃないラジオで、
小さい物は
みつからなかったけれど、
高感度ラジオ
というのがありました。
ずいぶん高かったけれど、

私が「高くても買わなくちゃ。
音楽だけじゃ
閉じられた世界だもの」

と言うと母は、
「そうだよ、そうだよ。
ちょっと高くても買わなくちゃ」
と言いました。

「私、宮ぷーにできること、
何でもしたいよ」
と言うと母は、また

「そうだね、そうだね。そうだそうだ」 
と言うのです。

「宮ぷーの目に
涙がときどき浮かんでる。
もしかしたら、
絶望的な思いでいるのかもしれない。
どうしたらいいんだろう」

私が言うと、
母が泣きそうになって、
「本当になんとか、
毎日少しずつでも動くところができて、
明るい気持ちでいられるように、
何でもできることしたいね。
今すぐにでもまた行きたくなるね」 
と言いました。

母はいつも
私の思いをわかってくれる。
小さい頃からいつもです。

電気屋さんに、
ラジオのチャンネルを
あわせてもらいました。
FMもAMもテレビも
あわせてもらいました。
よかった。
取扱説明書が本当に苦手です。
それから、充電電池も買いました。

夕方行ってさっそく
ラジオをつけてみたら、
とてもよく聞こえました。
ああよかった。

宮ぷーの目から
今日もすーっと涙が流れます。
あんまり目をあけずに、涙が流れて、
私も、心がすごく痛くなる。
どうしよう。どうしよう。
宮ぷーはどんなにつらいだろう。

宮ぷー、
私たち一緒に奇跡を起こすんだよ。
今から奇跡を起こすんだよ。

宮ぷーは
身体がどんどんよくなって、
お医者さんも
びっくりするほどよくなるんだ。

今日はいっぱい汗をかいていた。
そしてね、今日は左手にも、
やっぱり汗をかいてる。

私は熱ければ、
自然と汗は出るものだと思っていたよ。
でも、そうじゃなかった。

脳が汗を出す命令をしなければ、
汗も出ないんだね。
でも宮ぷー、今はほら、
汗もかけるようになってる。
どんどんよくなるよ。

時間はかかるけど、
宮ぷーどうぞ頑張って。
本当に頑張って。
ねえ、私、
今は1番大切なものがなにか 
はっきりとわかるよ。
どんなことより、
何より大切なものは何か、
今はわかるよ。

これが宮ぷーが倒れてから、
ひとつきたったころの日記です。
今思い返せば、一日一日が、
宮ぷーにとっては、本当につらい
毎日だったのだと思います。

でも、今ははっきりわかります。
このつらい一日一日が
回復するために、
とてもとても
大切だったんだということ。
この日があったから
今があるんだということです。

息がつらければ、
きっと脳に息をして、息をして、
という指令が送られたと
思うのです。

汗であまりにぐっしょりの日は、
あまりの汗に、
また不安になったけれど、
出なかった汗が出て、
今度はその汗があまりに出て、
でも、そういう経験の積み重なりで
ちょうどよい汗がかけるように
なっていったと思います。

3月の終わりから、
食べる練習で
出していただいている
お料理が二種類に増え、

「きょうは
おむれつのぺーすとと
きゃべつのぺーすと
だったらしいよ。
きゃべつはかんしょくしたし
おむれつは
ろくわりななわりたべたよ。
かれーがでないかなあ」
とレッツ・チャットで
教えてくれました。

どんな日もどんな日も、
必ずうれしい日に
つながっていると信じています。』


いかがでしたでしょうか?

今日も、共有有難う
ございました。

生かしていただいて有難うございます。

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