2014年10月1日水曜日

“無常観”とは20

今日も、
昨日に引き続き
キューブラ・ロス
女史の
「死の瞬間」の中の、
「死のプロセス」の
五段階についてを
シェアください。
 
本日は
第五段階
「受容」です。
 
『第五段階/受容 
Acceptance

患者に
(突然の
予期せぬ死に
見舞われる
ことがなく)
十分な時間があり、

これまで
述べてきた
いくつかの段階を
通過するに
あたって
何らかの
助力が得られれば、
やがて患者は
自分の「運命」に
気が滅入ったり、
憤りを覚えること
もなくなる。

この段階に
達するまでに、
患者はかつて
もっていた
様々な感情、

すなわち
生きている者や
健康な者への
嫉妬
まだ死を直視する
必要のない者
たちへの
怒り
などを表明した。
多くの
大切な人々や
場所から
切り離される
喪失感
嘆いてきた。

そうして患者は
ある程度の
期待を持って、
最期の時が
近づくのを
静観するように
なる。

患者は疲れ切り
たいていは
衰弱
ひどくなっている。

まどろんだり、
頻繁に
短い眠りを
とりたくなる。

だがそれは、
抑鬱の時に欲する
眠りとは違って、
回避のための
眠りでもなければ、
痛み・
不快感・
かゆみを
忘れるための
休息でもない。
しだいに
長い時間
眠っていたい
思うようになる

(中略)
 
受容を
幸福な段階と
誤認してはならない
受容とは
感情が
ほとんど欠落した
状態である。

あたかも
痛みが消え、
苦闘が終わり
ある
患者の言葉を
借りれば、
「長い旅路の前の
最後の休息」
のときが
訪れたかのように
感じられる。』
 
引用了。
 
如何でしたか?
 
この[死の受容
プロセス」の
五段階は
1、       否認と孤立
2、       怒り
3、       取引
4、       抑うつ
5、       容認
と辿ってきました。
 
私たちの
“死”は100%
確実な未来
であります。
 
誰でも
“死”から
免れることは
できません。
 
今回の
キューブラ・ロス
女史のモデルは
 
末期の患者に
おける
モデルであります。
 
従って
突然の
予期せぬ“死”は
このモデルは
通用しません。
 
自らの
“死”と雖も
“死に方”や
“死ぬ時期”の
選択は
できないことに
なっています。
 
私たちの
誰一人として
明日生きている
保証を
与えられている者は
おりません。
 
あなたが、
明日“死ぬ”
としたら、
どうでしょうか?
 
あなたの人生に
何の後悔も
残りませんか?
 
もし、
あなたが、
“死”について
何一つ
考えたことがない
とするならば、
 
その場合は
何の“死”の
準備もないまま
逝かなければ
ならないことに
なります。
 
“死”を
見つめることは
“生”を
見つめることです。
これを
お釈迦さまは
「生死一如」と
言っています。
 
あなたは
“死”をどう
捉えている
でしょうか?
 
明日、“死ぬ”
として、
あなたは
今からの時間を
どう
生きたいですか?
 
限られた時間
何をして
過ごしますか?
 
真剣に考えてみて
ください。
 
その答が
あなたの後生の
行き先を
決めるヒントに
なります。
 
それ以上でも
それ以下でも
ありません。
 
“死に方”は
選択できませんが、
“生き方”は
選択できます。
 
「生死一如」です。
善き生き方を
したものは
善き死に
出会えます。
それが後生に
繋がるのです。
 
私たちは
永遠の生命を
生きています。
 
今、“死”と
言っているのは
肉体生命の
ことです。
 
確かな自覚を
持って
心は永遠に
生き続けています。
 
「死なないのなら、
“死”について
特に、
考えなくても
いいのでは
ないか?」
と思うかも
知れませんが、
 
それは、
そうでは
ありません。
 
私たちは
肉体という
鎧兜を纏って
いたからこそ
鈍感のまま
存在できたのです。
 
後生は
心だけの世界です。
肉体があった時の
何百倍も敏感
だそうです。
 
心の中で
相手に
“怒り”を
持っていたと
しても
顔は笑って
誤魔化すことが
できます。
 
心だけの世界は
“念い”
だけですから、
念ったことは
波長として
ストレートに
伝わってしまう
のです。
 
一切の
誤魔化しが
聞かない世界が
後生で
あるのです。
 
“怒り”の心と
“平安”の心は
同通
できないのです。
 
後生は
波長同通の世界
です。
 
自ずから
あの世での
住処が
決まって
いくのです。
 
それを
地獄だとか
極楽とか
呼んでいます。
 
強制力は
ひとつも働かずに
自ずから
行き先が
決まってしまう
のです。
 
これが後生の
実体であり、
すぐそこまで、
来ているのです。
 
それを
後生の一大事と
言っているのです。
 
これが
分からないから
大問題だと
言っているのです。
 
声を大にして
言いたいことは、
今のあなたは
どういう生き方を
していますか?
 
いつも
心は不満で一杯で
怒りや、
愚痴のまま
生きては
いないでしょうか?
 
自分の
生きやすいように
だけ生きて、
他人を振り返る
こともない
身勝手な人生を
生きていませんか?
 
それとも
今、
生かされている
この事実に
感謝をして、
平安と調和の
喜びの人生を
生きていますか?
 
が問われて
いるのです。
 
もし、今
“死”を迎えたら
その心のまま
後生に赴くのです。
 
今からでも
遅くは
ありません。
 
例え、
今日“死”が
訪れようとも
今までの念いを
点検し、
自覚し、
反省をすることは
できます。
 
心は“一念”で
入れ替えることも
できるのです。
 
ただ、実践するか
しないかです。
 
生かしていただいて
有難うございます。
 
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角田 政治
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