2014年10月29日水曜日

“存在”そのものの価値6

本日は
以前から
何回か紹介させて
いただいてきた
「心のチキンスープ」
から、
抜粋して
 
私たちの
“存在”
というものを
問い直して
みたいと
思います。
 
このお話は
「心の
チキンスープ6
~大切な人 
大切なこと」
の中に
書かれている
『海賊』という
お話です。
共有してください。
 
『ある日、
スミス夫人が
病院の待合室で
順番を
待っていると、
小さな男の子と
その母親が
入ってきた。
 
男の子は
片方の目に
眼帯をしている。
 
少年は
片目を
失ったことなど
まったく
気にしていない
様子なのだ
 
夫人は、
一人で黙々と
おもちゃの兵隊で
遊んでいる
男の子に
話しかけた。
 
「その目は
どうしたの?」
 
少年は
しばらく
考えてから、
眼帯を
持ち上げてみせ、
こう答えた。
 
「なんでもないよ。
ぼくは海賊なんだ!」
 
スミス夫人は、
交通事故で
片足の膝から
下を失ったために、
この病院で
治療を受け、
 
そろそろ
義足をつけられる
状態にまで
回復し
つつあったが、
 
心の痛手から
立ち直ることが
できなかった。
 
自分を
障害者としか
見ることが
できなかったの
である。
 
ところが、
少年の
 
「ぼくは
海賊なんだ!」
 
のひと言が
スミス夫人を変えた。
 
一瞬のうちに、
彼女の心は
 
スティーブンソンの
宝島
に出てくる
義足の海賊、
ジョン・シルバーの
勇士を
イメージしたのだ!
 
この時、
イメージは
消え去り、
勇気が戻ってきた。
 
数分後、
スミス夫人の
名前が呼ばれた。
 
松葉杖をついて
夫人が
立ち上がると、
 
その足を見て
男の子が尋ねた。
 
「おばさんの脚、
どうしたの?」
 
夫人は、
短くなった
自分の脚に
目を落とすと、
 
すぐに顔を上げ、
にっこり笑って
答えた。
 
「なんでもないの。
おばさんも
海賊なのよ」
  
マジョリー・ワレ』
 
 
如何でしたか?
 
スミス夫人は
 
「なんでもないよ。
ぼくは海賊なんだ!」
 
の少年の
ひとことに
救われました。
 
障害者のまま
生きるのか
それとも
 
義足の海賊、
ジョン・シルバーの
勇士をイメージして
積極的に
生きるのか
 
どちらを
見るかは
自分の心で
決まっていきます。
 
原因は
自分の心で
結果として
見ているものが
自分の姿です。
 
それを選ぶ権利は
他の誰でもない
常に自分に
あるのです。
 
私たちは
神仏の子です。
神仏と
同じように
創造者としての
遺伝子を
有するものです。
 
どのようにも
創造できるのです。
 
どんな
心の状態で
いるかは
自分の責任です。
 
不自由なのは
肉体です。
そして
「私は障害者!」
と観じる
自我の見方です。
 
心に
何を思うかは
自由自在なのです。
 
たくさんの人が
自らの心を
自由自在に
創造を
していく姿を
検証しています。
 
瞬きの詩人
水野源三さんも
そうです。
 
東京大学教授の
盲ろうあ者
福島 智さんも
そうです。
 
五体不満足の
作者
乙武洋匡さんも
そうです。
 
ヘレン・ケラー
さんは
こう仰有って
います。
 
「この世で
もっとも
素晴らしく、
もっとも
美しいものは、
 
見ることも
触ることも
できません。
 
でも、
心でなら
感じることが
できるのです。」
 
その
もっとも
素晴らしく
もっとも
美しいものを
感じる心を
 
あなたは内に
秘めています。
 
あなたは
選択するだけで
いいのです。
 
そういう
“価値”のある
存在なのです。
自覚してください。
 
生かしていただいて
有難うございます。
 
 
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角田 政治
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