ここ
しばらくは
水野源三さんと
福島 智さんの
お話を進めて
まいりました。
水野さんに
しても
福島さんに
しても
私たちと
同じように
この世に生命を
享けました。
ひとつ
違うのは
共に病気で
その後の人生に
ハンデを
追ったことです。
でも、
それはこちら側の
見方であって
ご本人たちは
ハンデと思って
生きていられない
のです。
水野源三さんは
体の自由と
言葉を
失ったことを
感謝さえしています。
それがなかったら
イエスさまに
出会うことが
なかった
と言っています。
福島 智さんは
「もし、
眼が見えて、
耳が聞こえたら
最初に
何が
したいですか?」
との質問に
「僕は、
他の願いを
するよねえ。
住めば都、
今更、
引越しするのは
嫌だなあ!
今の状態が
居心地いいよ!」
と答えています。
水野源三さんや
福島 智さん
だけでなく、
私たちが
勝手に思って
いるだけかも
しれないのですが、
ハンデを持った
人の方が
この世の中を
力強く
生きているように
思います。
何んと言って
いいのか
自信があるように
感じます。
それは
何によるもの
なのでしょう。
私が感じますのは、
人が当たり前と
思っていることを
持って
いないことを
既に
受け入れている
人間の持つ
強みなのかなあと
思うのです。
私たちが
当たり前と
思っていることが
実は何も
当たり前のことが
ないことに
気がつきませんか?
何があって
当たり前
こう考えるのが
当たり前
と考える尺度は
一体どこに
あるのでしょう?
誰が決めて
いるのでしょう?
何の
根拠もないのに
そう判定している
自分のモノサシに
よるもので
決めているに
過ぎません。
時には
「常識でしょう!」
「世間的には・・」
等々
曖昧模糊な
否定的な価値観で
判定しているのです。
自分の方が正しい
という心も
同じです。
(拙ブログ
7月18日参照
怒りを静める方法)
正しさの
モノサシも
いい加減なものです。
人の数だけ
正しさは
あるのです。
上記しました。
“怒りを静める方法”
でも書いていますが、
自分の方が正しい
とする心の正体は
欲が妨げられる
ことによって
起きているのです。
どんな欲が、
妨げられたのかと
いいますと、
人間には
五つの欲が
あると言いますが
その中の
名誉欲というのが
あります。
この、
自分の方が
正しいとする心も
これもひとつの
名誉欲です。
その心が
妨げられたのです。
だから
腹が立つのです。
相手が
正しくないから
腹が立つのでは
ないのです。
人間の持つ
自惚れという
煩悩です。
怒った場合
相手も
そして
自分をも
傷つくのです・
その場合の
対処法としては
自分の心を
観つめてみるのです。
「他人を
間違えていると
捉えて
判定するための
尺度に用いた
自分自身の
価値観とは
一体何なのか?」
そして、
「その価値観と
対極にある
考え方とは
一体何なのか?」
諦かに観ることです。
その両極を
ニュートラルに
していく
ステップを踏むのです。
バランスが
とれてくるのです。
そのはたらきが
真我のはたらきです。
このステップこそ
感情を交えずに
その存在そのものの
価値を正しく
観ることができる
道なのです。
結局、
人間というものは
自我という
狭い殻に自分を
閉じ込めて
しまっているのです。
自我から離れる
ことです。
水野源三さんや
福島 智さんに
感じるものは
人が当たり前と
している状態を
自動的に受動して
いる強さなのかも
知れません。
傍から見ると
不自由と見てしまう
のですが、
水野さんや
福島さんの心は
自我の狭い殻から
無限大へと
広がっている
のだろうと
思います。
それは、
“今”という瞬間を
生き切って
いるからだと
思います。
それに反して
私たちの多くは
この“今”
という瞬間を
未来の“いつか”
のために費やし続け
過去の“終わった”
ことのために
費やしています。
私たちの意識を
この“今”という
瞬間から
引き離してしまう
根元は
一体何で
ありましょう!
それは
私たちの不要な
怖れにあるのでは
ないでしょうか。
持たないことを怖れ
持ったらそれを
失うことを
怖れます。
この大切な“今”を
怖れで
満たして
しまうのです。
私たちには
この“今”という
瞬間しか
ないのに拘らずです。
水野源三さんも
福島 智さんも
人間として
存在している
そのものの価値を
分かって
おられます。
私たちの
価値観と言うものは
この一言に
集約されて
いるのでは
ないでしょうか。
「人身受け難し
今、すでに受く」
この言葉は
お釈迦さまが
仰有った言葉です。
人間として
存在することが
大変稀有なことで
難しいこと
なのです。
しかし、
その人間に
私たちは
今、
現在人間として
生かされて
いるのです!
その人間に
よくぞ
生まれたものぞ
という
大歓喜の言葉
なのです。
私たちは
今こそ
真我である
心の内面の
価値観に眼を
向けなければ
ならないのだと
思います。
生かしていただいて
有難うございます。
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角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
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真理研究会:http://sinrikenkyu.jimdo.com/
Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
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