2014年10月31日金曜日

“存在”そのものの価値8

昨日は
「心のチキンスープ」
より
“追憶”を
共有して
いただきました。
 
まだ、
読まれていない方は
まず、
読んでいただいて
次に進んで
ください。
 
 
昨日の
“追憶”を読んで
どう感じられました
でしょうか?
 
それぞれの
感慨に浸った
事と思います。
 
この物語は
ミネソタ州
モーリス市にある
私立セントメリー
学園での
出来事です。
 
ヘレン先生は
(作者です。)
34人の
少学3年生を
教えていました。
 
学園での
出会いから
物語は
始まります。
 
セントメリー学園は
小学部と
中学部と
ありました。
(ハイスクールも
あるかも知れません?)
 
中学部に
チャックも
いたので、
小学部と
同じクラスのまま
 
クラス替えを
しない学校だと
思います。
(アメリカには
このスタイルが
多いと聞きました?)
 
その学校での
マーク・エクランド
を中心とした
学園の
クラスメイト達の
一生の宝物になった
ヘレン先生の
心からの
プレゼント
 
それは
クラスメイトが
自分の為に
書いてくれた
自分のいいところ
 
そして
他の
クラスメイト
一人ひとりの
いいところだけを
探して
書いてあげる
 
それを
ヘレン先生が
それぞれ
34人分?の
いいところメモを
まとめて
全員に
渡してくれたのです。
 
この
いいところメモは
大人になっても
それぞれの
人生を送る上で
最高の宝物に
なっていました。
 
いみじくも
その物語の
主人公の
マークの戦死に
よって
マークの
ご両親から
ヘレン先生に
伝えた一言が
この
いいところメモの
重要性を語って
います。
 
「マークはこの紙を
肌身離さず
持っていたのです。」
 
その紙を
マークは
何度も何度も
手にとって
読み返したの
でしょう。
 
何ヶ所も
テープで
繋ぎ合わせて
あったのです。
 
そして
マークの母親は
「ご覧のとおり、
マークはこれを
宝物に
していたんです。」
 
とヘレン先生に
感謝の意を
伝えました。
 
その時
教え子たちも
集まってきて
みんなが口々に
 
「私もそうです!
大事にしています。」
 
「いつもこうして
持っています。」
 
「アルバムに
入れています」
 
等々・・・・・
 
 
私たちは
それぞれが
それぞれ別個の
エネルギーを
持っています。
 
私が
女房を見るとき
女房は
私のエネルギーに
よって影響を受け
変化しています。
 
娘が女房を
見るとき
娘のエネルギーが
女房に影響を与え
そこには
娘から見た
女房がいるのです。
 
女房は
見る人の数だけ
存在することに
なります。
 
「女房は
こういう人だよ!」
という
私の見解は
絶対ではないと
言うことです。
 
それなのに
私の女房観と
娘の女房観を
もし
語るとするなら
それは
かみ合うことは
ないのは当然
なのです。
 
私たちは
家族でも
社会でも
常日頃、
こういう不毛の
葛藤を体験
し続けているのでは
ないでしょうか?
 
ヘレン先生は
テーマを決めて
それも紙に書かせて
います。
 
その人の持っている
いいところだけを
それぞれに
書かせているのです。
 
クラスメイトたちは
お互いに
他の
クラスメイトから
影響を
受け合っています。
 
それぞれが
マークや
チャックについて
語るとき
それぞれ独自の
マーク像
チャック像があります。
 
それを
銘々、
好き勝手に
語らせたら
多分収拾が
つかなくなります。
 
その人が
持っている
いいところだけに
スポットを
当てている
 
そして無用な
議論をしない
 
だからずっと
心に残るものに
なったのでは
ないでしょうか。
 
自分の主観と
人の主観を
闘わせてみても
あまり
意味をもつとは
思えません。
 
ヘレン先生が
そのまま
渡すのではなく
 
それぞれが
それぞれの
クラスメイトに
書いた
いいところを
 
一人ひとり
まとめて
渡してあげた
 
この一つの
愛の行為が
一生の宝物に
なったのです。
 
それを
もらった
クラスメイトは
 
自分では
思ってもいなかった
自分を発見したと
思います。
 
でも
自分のいいところと
思われていること
ですから
 
その言葉は
自分の
エネルギーと
呼応し
 
繰り返し反復
していくうちに
自分に同化して
いったのだと
思います。
 
人は、
エネルギーが
落ちているとき
 
自分の
嫌なことばかりが
見えるときが
あります。
 
自信を
失うことも
あります。
 
そんな時
人が言ってくれた
 
「お前はこんなに
素晴らしい
人間だよ!」
 
の一言は
一瞬にして
自分を
元気にしてくれます。
 
その一言に
影響されて
エネルギーが
上昇したからです。
 
この物語が
私たちに
伝えていることは
“存在”そのものの
価値を
教えてくれて
いるように
感じられます。
 
私たちが
人と言う
“存在”を見るとき
その認識は
自分のモノサシで
計った
正しさに基準を
合わせているのか
それとも
そのものの
すべてが持っている
かけがえのない
真我からの
モノサシで
見ているのか
 
どちらに
スポットを
当てますか?
と聞かれている
のでは
ないでしょうか。
 
生かしていただいて
有難うございます。
 
 
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角田 政治
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