「それなのに」
誰も誰も
美しい花を愛し
親しみ楽しむ
庭にたくさんの
花の種をまき
鉢に色とりどりの
花を咲かせ
床の間に形よく
花をいけ
机の上に花を
美しくかざり
高原に咲き乱れる
花を見に行き
山奥にかおる
花を捜しに行き
それなのになぜ
ほんとの心を
求めないのか
美しい愛の心を
それなのに
なぜ語る
ひとの心を
傷つける言葉を
この詩は
水野源三さんと
いう方が
書かれた詩です。
水野源三さんは
1937年
長野県坂城に
生を享けました。
1946年8月
源三さんが
9歳のときに
この地に
赤痢が発生します。
赤痢は
またたく間に
拡大していきます。
1ヶ月で300名
近くの方々が
赤痢にかかり
隔離されたと
いわれています。
源三さんも
弟さんとともに
その赤痢に
かかって
しまいました。
程なく
弟さんは
回復したのですが、
源三さんは
高熱が続きその後
4年に亘り
生死の狭間を
彷徨った末
何とか一命は
とりとめたものの
後遺症のため
脳性麻痺になり、
身体と言葉の自由を
奪われました。
源三さんは
その後、47歳で
亡くなられるまで、
一生涯を
自宅の6畳間で
過ごされました。
ある時
動くことも
しゃべることも
出来ない
源三さんの目線
が文字を
追っているように
感じた
お母さんは
意思表示の
手段として
「あいうえお」と
書いた五十音図を
壁に掛け
源三さんと
会話を試みました。
源三さんの
伝えたいことを
一字一字
順次指を差して
目で合図させる
方法を
とりました。
そして
その一字一字を
拾って
源三さんの
お母さんは
丁寧に文章を
綴って
いったのです。
その方法で
書かれたのが
冒頭紹介しました
詩という形で
表現されたのです。
水野源三さんが
まばたきの詩人
と呼ばれている
所以であります。
「それなのに」は
水野源三さんが
書かれた
数多くの詩の中の
私の大好きな
一編です。
その後
源三さんは
たまたま、
自宅のポストに
入れられたものを
家の人が
近くに置いたのか
わかりませんが、
ふと目にした
教会のチラシを
きっかけに
聖書に
興味を持ち
お母さんに頼んで
読んでもらい
キリスト教の
信仰に目覚めます。
水野源三さんは
自由を失いました。
しかし
自らの内から
湧き出てくる
喜びと
感謝と
希望は
神によって
瞬きて
多くの人に
希望の明かりを
灯しています。
もう一編
水野源三さんの詩
を紹介します。
「はっきり見えてきた」
自分の力では
動けない
生きられないと
気づいた瞬間に
私をしっかり
支えてくださった
キリストの
愛の御腕が
はっきり見えてきた。
如何でしょうか?
深い闇を知る人は
真の光輝を
見るのです。
否応なく
絶望の淵に
追いやられた
水野源三さん
しかし
源三さんの詩には
一つとして
怒りや
恨み言や
嘆きの言葉は
ありません。
心は信仰を得て
絶対の平安の中に
あって
宇宙を
羽ばたいていたの
でしょう!
源三さんの
「生きる」
という詩を
共有してください。
「生きる」
神様の
大いなる御手の中で
かたつむりは
かたつむりらしく
歩み
蛍草は
蛍草らしく咲き
雨蛙は
雨蛙らしく鳴き
神様の
大きな御手の中で
私は
私らしく生きる
生かしていただいて
有難うございます。
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角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
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