一昨日に
引き続き
私たちの存在に
ついて
考察を深めて
まいります。
お付き合いください。
人間は
知恵の木の実を
食べた瞬間
神から
分離しました。
神の不変性
永遠
無限
完璧を
心の奥の奥に
閉じ込めたのです。
その後
何か起きたかと
いいますと
いつも心に
ハッキリしない
何ともいえない
心が去来するように
なってきました。
それが不安感と
なりました。
不変性
無限性
永遠性
完全性
から分離した
からであります。
それ以来、
私たちの歴史は
その不安を
解消するために
費やされた歴史を
長い間
歩んできました。
しかし、
今、
その歴史に
ピリオドを
うたなければ
なりません。
不安は
怖れを増幅し、
同じ
神仏の子である
人間を
敵として
創造してきました。
そして
戦い続け
殺戮し続けて
きました。
私たちの心は
益々
神仏から
かけ離れて
疲弊して、
さらに不安と怖れが
増していっています。
その最終形が
とうとう
“核”です。
人間は
“核”まで
創造して
しまいました。
このボタンを
押すだけで
地球は消滅して
しまうのです。
限界点を
超えているのです。
不安の対極に
あるものは
安心です。
人間は
より安心を
求めるあまり
不安を煽りたてて
きました。
「このまま行くと
人類は滅亡する!」
「生きて
いくためには
自分たちを
脅かすものから
身を守らなければ
ならない!
これは防衛なのだ!」
等々
そして、
山を切り崩し、
海を埋め立て、
工場を建て
先住の他の生命の
住処さえも
確保せず追いやり、
それでも
飽き足らず
肌の色の違いや
主義・思想の違い
宗教の違い等々
それ以外の
どんな違いでも
重箱の隅まで
つついて、
すべて
自分たちの
都合に合わせた
安全を求めるため
分離を促進させて
いきます。
これが
現在進行形で
行われている
今までの姿です。
神仏から
分離した故に
五官に
振り回され
自我に支配権を
譲って
きたのです。
一昨日も
言いましたが
2600年前
お釈迦さまは
仏教の根幹である
ところの
因果の道理を
お説きに
なりました。
善因善果
悪因悪果
自因自果
何回も
お話している
内容なので
今日は詳しい
説明は省きますが、
この
自因自果とは
自分の
見ている世界
出来事の現実
というものは、
すべて
自分が原因で
生み出している
ということで
あります。
誰が生み出して
いる訳でもなく、
自らの念い
自らの行為が
生み出している
ということで
あります。
この
立場に立つとき
最早、
加害者は
どこにも
存在しない
ということに
なります。
加害者が
いないのですから
当然ですが
被害者は
誰もいない
世界観なのです。
この
自因自果こそ
宇宙の法則
神仏の性質
“統合”なのです。
神仏は
どんな
状態であっても
決して
私たちを
見捨てることは
ありません。
慈愛の眼差しで
共に在って
くれているのです。
神仏の因子が
無限なる源へ
回帰するのを
知っておられる
からです。
私たちは
生かされて
いるのです。
その存在の価値に
今、
目覚める時が
きたのでは
ないでしょうか。
生かしていただいて
有難うございます。
*****************************************************
角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
真理研究会:http://sinrikenkyu.jimdo.com/
Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
*****************************************************
Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
*****************************************************
0 件のコメント:
コメントを投稿