2014年5月25日日曜日

谷口雅春先生 「預言の的中とその限界⑤

谷口雅春先生 「預言の的中とその限界⑤
本日も引き続き

谷口雅春先生のご講話テープの

「預言の的中とその限界」

を紹介させていただきます。



まず最初に

仏教での預言として

法華経の如来寿量品・自我偈を

抜粋しています。。



「衆生、劫尽きて、

この世が大火に焼かるると

見るときにも、

我が浄土は安穏にして

天人常に充満せり」



「人類の劫尽きての劫(こう)とは

(天体が生まれ、天体が消滅する

周期のことを言う。

一つの周期を一劫と言う)



大惑星と衝突して

劫火に焼かれてしまうけれども

我が浄土は安穏にして

天人常に充満せり

(自分の住む仏の国土は

安穏で天人が充満して、

いろいろあらゆる

すばらしいものが行われている

美しい世界で

天から“まんだらけ”という

美しい花の雨が

咲き乱れている世界です。」



「でも衆生の目から見れば、

憂怖こもごもの苦悩がいっぱい

充満している。

迷いの心が組み合わされて

いる世界である。

滅びる世界はいつか来るのである。

世界終末の世界がいつかは訪れる。

と言う意味を含んでいます。」



「キリスト教においても

新約聖書

マルコ伝第24章

マルコ伝第13章に

世界の終末が書いています。



マルコ伝第13章には

その時の前兆を知れと言う事で

このように書いています。」



「時の兆しを知れ。

我はキリストの再臨である。

最後の審判に出てきたのであるといって、

預言をして惑わすものが出てくる。

(世界終末の前兆として出てくる。)



汝ら人に惑わされぬように心せよ。

戦と戦のうわさを聞いて驚くな。

かかることはあるけれども、

未だ終りにはあらず。

即ち民は民に、国は国に

逆らいてたたむ。

またところどころに地震や飢饉がある。

これらは

生みの苦しみの始めなり。

汝ら自ら心せよ。

人々、汝らを衆議所に渡さん。」



「親でも兄弟でも子どもでも

密告制度にして、

人々は身内を密告したり

訴えて革命に忠実なものだとして

助かろうとする

見苦しい状態の時期が来る。



衆議所とは(人民裁判のような

ことをする場所を指す。)

そういうことが前兆として現れる

と言っている。



しかし、

その時期については

明らかにしていない。

天の使いも知らず、イエスも知らず、

ただ神しかしらない。

とマルコ伝の13章には

書いてあるので、

1999年7月というのは嘘である。

時期は神しか知らない

他に誰も知らないのだから

ノストラダムスが知る由がない。」



ただ、察知するには

時の兆しを知ることと

マルコ伝第13章には

書いてあります。



「イチジクの木よりのその枝、

既に柔らかくなりて

葉、恵めば、夏の近きを知る。



かくのごとく、

我らの事の起こるを見れば、

人の子(キリスト)既に近ずきて、

門べに至るを知れ。

(再臨のキリストが天から天下ってきて、

最後の審判を行う。

その時、天変地異が起こって

多くの人類が滅びてしまいます。)」



「しかし、その時は神しか

知らないのである。

我はキリストの再来であるという、

偽キリスト、偽預言者が出てきて

奇跡を行う時、世界終末の時の兆し、

キリストの再来は決して肉体を持った

霊的手品師みたいな奇跡を起こすのではない。

それは、

本当のイエスの再臨ではないのである。」



「汝ら心せよ、予め、これを皆、

汝らに告げおくなり。



日は暗く、

月は光を放たず、

星は空より落ち、

天にある万象、

震え動かん。

その時人々、

人の子(キリスト)の

大いなる力と

栄光をもて、

雲に乗り気たるを見る。

天に異称あり。

その日には

身ごもりたる女と、

乳を飲まする女とは

災いなるかな。」



「それではどういう姿で来るのか、

雲に乗って再臨する。

天に異称ありとは

天変地異が起こるという意味。。

それで

赤ん坊などを連れている女たちは

逃げ場を注意しなければ

ならないということを

イエスが言ったというので、

それをまともに最後の審判が

すぐにでも始まると

信じたのは聖パブロです。



コリント全書の第7章の冒頭に、



『「男は女に触れぬを良しとする!」

それでも、

抑えることができないならば、

乱倫、乱交をする性道徳が乱れるのは

いけないから、

その場合には

「男は各々その妻を持ち、

女はその夫を持つべし」

と言って、

夫婦は婚姻生活をしなけらばならない

と伝えます。



処女(おとめ)のことについては、

主に聞いたことはないけれども、

私は主に忠実に仕えていたものとして、

私の意見をいいましょう。と言い、



「例え妻を娶るとも罪を犯すにはあらず。

処女(おとめ)もし嫁ぐとも

罪を犯すにはあらず。

されどかかるものは、その身苦しみに会わん。

我、汝らを苦しみに会わすに忍びず、

兄弟よ我これ言わん。

時は縮まれり。」



時は縮まれりとは、

世界終末の時期は逼迫しているのだから、

妊娠していたり、

子どもを育てたりしていくのは大変だから、

結婚すると苦難に合うことになる。と

書いてあります。』



「このように前兆を見て、

惑わすものが出てくるけれど、

そんなものは信じてはいけない。



ノストラダムスが予言をしたところの

アンリ2世のような近いところの預言は

実現するのだけれど、

遠く先の預言は朦朧としていて、

当るのが難しいものである。

変わるかもしれません。

はっきりと言えない。



1999年の7の月に

世界最後の日が来るという

ノストラダムスの予言なんかも、

初めの予言が実現したからと言って、

終りの予言も実現するということは

決してないのである。」と

谷口先生は断定します。

続く