2014年5月21日水曜日

“谷口雅春先生 「預言の的中と、その限界」“①

今日は

何回か紹介させて

いただいています。

谷口雅春先生の

ご講話テープの中から

「預言の的中とその限界」という

内容を共有して下さい。



大変興味深い内容ですし

今は入手困難な貴重な

資料ですので

できるだけお伝えしたい

と思っていますので

何回かに分けて

紹介させていただきます。



谷口先生が

このテープを収録されたのは

当時

「ノストラダムスの大予言」という

五島 勉さんの書いた本が

大ベストセラーになっている最中で

ノストラダムスさんが

予言したといわれている

1999年の7の月に

人類は滅亡するとした暗黒の予言が

書かれていまして、



当時の日本

(1973年以降、本の出版年)は

ちょっとした

ノストラダムスブームが

起きていました。



多分、その数年後かに

収録されたテープと

思われます。

少なくとも40年位前の

谷口先生のテープです。



谷口先生は

日本に於ける

光明思想の大家であります。

まず、自身が書かれた

「信仰の科学」という

本の中に予言についての警告が

書かれています。

その文を紹介されています。



「暗黒を告げる、

憂鬱なる予言の徒に

注意するが良い、

彼らの予言に耳を貸せば

黒き暗雲があなたの頭上に

下りてくるのである。」



そして谷口先生は

淡々と話されます。

「思うことが現れる心の世界に

住んでいるのだから、

みだりに悪い予言を

信じては成らない。

また予言が本当であるなら

必ず出てくるのだから

防ぎようがないのだから、

そんなことで心配している

必要はない。

兎も角、予言なんていうのは、

我々が関心を持つものではない。」

と話された上に

予言についての

論説を進めていきます。



「この現象世界は

現象以状の世界、所謂、

霊的世界に描かれた

心の図(アイデア)が

この現象界に影を通して

現れて来るのが現象世界である」

として、

「人間には

その霊的世界に感応して

知覚すところの第六感と

いうものがあり、この感覚が

先天的に現れて

霊感や霊聴等の感覚を

強く持っている人間はいる」

と続けます。



そして、

五島 勉さんが書いた

「ノストラダムスの

大予言」の中の文を抜粋され



『南フランスのサロンという

古い町にペストが流行した。

この病気は肌の色が真っ黒になる病気で

多くの方が亡くなった。

この頃は、

この病気による原因は分かっておらず

この地方の人たちは、

「これは、悪魔の呪いに違いない」

と思い込んでいて、町中が恐怖に

慄のき、町を離れたのだそうです。



その混乱の最中にノストラダムスが

このサロンと言う町にやってきて、

この病気を無くす方法を

伝授したのだそうです。



ノストラダムスは

自分の中の特殊な力、予知能力を発揮し

町中のねずみを捕まえて

焼き殺すように指示し、

ペストで亡くなって埋葬していた

遺体も焼くように命じました。



この地方では、遺体を焼くと言う

風習が無かったので

恐る恐る焼いたのですが、

そのことによって

すっかりとペストは

全滅してしまいました。



当時、そのノストラダムスの

評判を聞き及んだ

フランス国王アンリ2世は

直属の顧問として

ノストラダムスを呼び寄せた。



1551年

ノストラダムス48歳、

アンリⅡ世が46歳の時です。



ある時、王様は

ノストラダムスに自分の健康について

占って欲しいと言った。

そこでノストラダムスは



「王様はご病気で

命を縮められる怖れは

万に一つもございません。

でも?」と言って口をつぐんた。



アンリ2世は何回も

その続きを言うように諭したが

ノストラダムスは固辞した。

しかし、アンリ2世の

命令と言うことで

とうとう言うことになります。



「10年以内に、

脳に鋭い武器が突き刺さり

その傷が命を奪うのではないかと

危惧しています。」

と国王に告げました。



そこでアンリ2世は考えます。

槍が突き刺さるというのだから

戦争のようなことによる

出来事以外に考えれない。



当時、隣国のサボア家と仇敵で

関係が悪く戦争をする可能性があった。

この予言を回避するためには

サボア家と仲良くしなければ

ならないと考え、

自分の腹違いの末の妹を

サボア家の王様へと嫁がせ、

親族関係を結んだ。

所謂、政略結婚させたのである。



その結果、両家は

非常に良い関係になり

お互いの親愛の情を

もっと深めるために

その披露宴の祝いのパーティーを

催したのであります。

それはノストラダムスが言った

丁度10年目の最後の日に

当るときであった。



王様は安心をして、楽しく宴も進み

酒も入り、気持ちが良くなって

つい調子に乗って余興をしようと

提言します。



両家で誰が槍の使い手か

試合をしようと申し入れました。

勿論、余興ですから、危なくないように

槍の先にはサックをはめて

鎧、兜も防具はきちんとして

試合はしたのですが。



国王は相手のサボア家の

親衛隊長の青年でしたが

王様の槍が青年の兜を突いた矢先

青年も突き返したが、

運悪く、何の拍子か

槍の穂先のサックが外れて

王様の目玉に突き刺さり

脳髄にまで達し、

アンリ2世は

非業の死を遂げたのである。』



ここに

ノストラダムスの予言が

成就したのである。



この件について

谷口先生は

「人間は兎も角、

信じたら信じた通りに

お膳立てをするように

なるのです。

自分が予言に適うように

自分が持っていく。

ようは、アンリ2世が

ノストラダムスの予言を

信じたからなのである」

と言われました。



そして

谷口先生の

「信仰の科学」から

この部分を考え方として

抜粋されたのです。



「我々の運動は

暴力の哲学と誤れる理想に

立ち向かって戦うのであるが、

それらを誤って

信仰する人間を、人間そのものを

打つのではないのである。



その信念の暗黒を信じ暴力を信ずる

その信念に対して、我々は戦って

その悪い信念を打ち消すのが

我々の運動である。」

と、明言するので

あります。

続く


*****************************************************

角田 政治

携帯番号:080-3085-4801



真理研究会:http://sinrikenkyu.jimdo.com/

Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/

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今日は

何回か紹介させて

いただいています。

谷口雅春先生の

ご講話テープの中から

「預言の的中とその限界」という

内容を共有して下さい。



大変興味深い内容ですし

今は入手困難な貴重な

資料ですので

できるだけお伝えしたい

と思っていますので

何回かに分けて

紹介させていただきます。



谷口先生が

このテープを収録されたのは

当時

「ノストラダムスの大予言」という

五島 勉さんの書いた本が

大ベストセラーになっている最中で

ノストラダムスさんが

予言したといわれている

1999年の7の月に

人類は滅亡するとした暗黒の予言が

書かれていまして、



当時の日本

(1973年以降、本の出版年)は

ちょっとした

ノストラダムスブームが

起きていました。



多分、その数年後かに

収録されたテープと

思われます。

少なくとも40年位前の

谷口先生のテープです。



谷口先生は

日本に於ける

光明思想の大家であります。

まず、自身が書かれた

「信仰の科学」という

本の中に予言についての警告が

書かれています。

その文を紹介されています。



「暗黒を告げる、

憂鬱なる予言の徒に

注意するが良い、

彼らの予言に耳を貸せば

黒き暗雲があなたの頭上に

下りてくるのである。」



そして谷口先生は

淡々と話されます。

「思うことが現れる心の世界に

住んでいるのだから、

みだりに悪い予言を

信じては成らない。

また予言が本当であるなら

必ず出てくるのだから

防ぎようがないのだから、

そんなことで心配している

必要はない。

兎も角、予言なんていうのは、

我々が関心を持つものではない。」

と話された上に

予言についての

論説を進めていきます。



「この現象世界は

現象以状の世界、所謂、

霊的世界に描かれた

心の図(アイデア)が

この現象界に影を通して

現れて来るのが現象世界である」

として、

「人間には

その霊的世界に感応して

知覚すところの第六感と

いうものがあり、この感覚が

先天的に現れて

霊感や霊聴等の感覚を

強く持っている人間はいる」

と続けます。



そして、

五島 勉さんが書いた

「ノストラダムスの

大予言」の中の文を抜粋され



『南フランスのサロンという

古い町にペストが流行した。

この病気は肌の色が真っ黒になる病気で

多くの方が亡くなった。

この頃は、

この病気による原因は分かっておらず

この地方の人たちは、

「これは、悪魔の呪いに違いない」

と思い込んでいて、町中が恐怖に

慄のき、町を離れたのだそうです。



その混乱の最中にノストラダムスが

このサロンと言う町にやってきて、

この病気を無くす方法を

伝授したのだそうです。



ノストラダムスは

自分の中の特殊な力、予知能力を発揮し

町中のねずみを捕まえて

焼き殺すように指示し、

ペストで亡くなって埋葬していた

遺体も焼くように命じました。



この地方では、遺体を焼くと言う

風習が無かったので

恐る恐る焼いたのですが、

そのことによって

すっかりとペストは

全滅してしまいました。



当時、そのノストラダムスの

評判を聞き及んだ

フランス国王アンリ2世は

直属の顧問として

ノストラダムスを呼び寄せた。



1551年

ノストラダムス48歳、

アンリⅡ世が46歳の時です。



ある時、王様は

ノストラダムスに自分の健康について

占って欲しいと言った。

そこでノストラダムスは



「王様はご病気で

命を縮められる怖れは

万に一つもございません。

でも?」と言って口をつぐんた。



アンリ2世は何回も

その続きを言うように諭したが

ノストラダムスは固辞した。

しかし、アンリ2世の

命令と言うことで

とうとう言うことになります。



「10年以内に、

脳に鋭い武器が突き刺さり

その傷が命を奪うのではないかと

危惧しています。」

と国王に告げました。



そこでアンリ2世は考えます。

槍が突き刺さるというのだから

戦争のようなことによる

出来事以外に考えれない。



当時、隣国のサボア家と仇敵で

関係が悪く戦争をする可能性があった。

この予言を回避するためには

サボア家と仲良くしなければ

ならないと考え、

自分の腹違いの末の妹を

サボア家の王様へと嫁がせ、

親族関係を結んだ。

所謂、政略結婚させたのである。



その結果、両家は

非常に良い関係になり

お互いの親愛の情を

もっと深めるために

その披露宴の祝いのパーティーを

催したのであります。

それはノストラダムスが言った

丁度10年目の最後の日に

当るときであった。



王様は安心をして、楽しく宴も進み

酒も入り、気持ちが良くなって

つい調子に乗って余興をしようと

提言します。



両家で誰が槍の使い手か

試合をしようと申し入れました。

勿論、余興ですから、危なくないように

槍の先にはサックをはめて

鎧、兜も防具はきちんとして

試合はしたのですが。



国王は相手のサボア家の

親衛隊長の青年でしたが

王様の槍が青年の兜を突いた矢先

青年も突き返したが、

運悪く、何の拍子か

槍の穂先のサックが外れて

王様の目玉に突き刺さり

脳髄にまで達し、

アンリ2世は

非業の死を遂げたのである。』



ここに

ノストラダムスの予言が

成就したのである。



この件について

谷口先生は

「人間は兎も角、

信じたら信じた通りに

お膳立てをするように

なるのです。

自分が予言に適うように

自分が持っていく。

ようは、アンリ2世が

ノストラダムスの予言を

信じたからなのである」

と言われました。



そして

谷口先生の

「信仰の科学」から

この部分を考え方として

抜粋されたのです。



「我々の運動は

暴力の哲学と誤れる理想に

立ち向かって戦うのであるが、

それらを誤って

信仰する人間を、人間そのものを

打つのではないのである。



その信念の暗黒を信じ暴力を信ずる

その信念に対して、我々は戦って

その悪い信念を打ち消すのが

我々の運動である。」

と、明言するので

あります。

続く