「悟るということは
どういう状態のことを
言うのでしょうか?」
たびたび、
質問されますし、
中々難しいテーマだと
思います。
質問を変えて
「悟ったら
私達の生活はどう変化
するのですか?」
皆さまはどう
お思いでしょうか?
悟りというものは、
何か、日常や自分の生活に
劇的な変化をもたらすと
お考えだとしたら
そんな特別な状態
ではありません。
私たちの
人間の生活にあることは
生老病死を含めて、
悟った人間にも起こります。
まず、誰もが認めるであろう
悟った人の代表的なお方が
お釈迦さまであり
イエスさまであるということに
異義をはさむ余地は
ないと思います。
お釈迦さまもやはり
人の何倍も生きる苦しみを
味わった方であり
35才で大悟され
80才でお亡くなりになりますが
人間として生きている以上
やはり老いて病を持って
死んでいくのです。
イエスさまは
33才の時に
ご存知のように
十字架に磔にされ
処刑され殺されています。
そのように
悟ったからといって
いろいろな出来事が
起こらないのではなくて
私たちと同じように
起こってくるのです。
しかし、悟った方は、
今、起こっている
出来事に対する見方・
考え方が違ってくるのです。
どんな経験でさえ、
期限付きの「今だけの」
貴重な経験であることを
知っています。
どんな出来事が
目の前に現れてきても
その中でも、
思いやりや愛情や
感謝を持てるのかを、
内在する神仏が共に
体験していることを
知っているのです。
私たちは
この世に生まれて
肉体のみ我として
生きている場合
どうしてもこの内在する
神仏が一時も離れず
共にあることを
忘れています。
それでは、
どうしても視野が狭く
限定的なものの見方・
考え方しかできなくなった
しまっているのです。
これが多くの人が
陥っている自分と言っている
自我の心なのです。
自我は偽我であり
そのままで、出来事に
対処しても自我力で
あって苦悩の感覚が
残るだけなのです。
私たち一人ひとりに
例外なく内在する神仏が
宿っています。
「信」という言葉があります。
信仰とか信心とかに使います。
この「信」という言葉は
悟りを意味しています。
「信」とは、私たちの本質は
永遠(無限)の生命(愛)の
エネルギー体(真我)であることを
「信じる」のか否かこれが、
すべての悟りの分岐点なのです。
親鸞さんの書いた
「歎異抄」の中に
こういう一文があります。
「煩悩具足の凡夫、
火宅無常の世界は、
万のこと皆もって、
そらごと、たわごと。
真実(まこと)あることなきに、
ただ念仏のみぞ
まことにておわします。」
煩悩具足の凡夫とは
肉体のみ我とする
私たちのことを指しています。
具足とは塊とかそのもの
という意味です。
私たちは煩悩だけで
生きているということです。
火宅無常の世界とは
こうやって火が燃え盛っていて
途絶えることのない
無常の世界であり、
私たちの住む
この現象世界のことであります。
万のこと皆もってとは
すべてはということ
うその世界、偽物の世界
真実なるものは一つもない
幻想の世界なのである。
ただ念仏のみぞ
まことにておわします。
この部分が多くの人に
誤った解釈があって
この「念仏」という言葉を
ただ南無阿弥陀仏と唱えれば
という意味で捉えると
間違いであります。
「念」は今の心と書きます。
仏への一心集中のことです。
自分の中に内在する仏に
今、この瞬間瞬間に照準を
併せることです。
「南無阿弥陀仏」を唱える
宗派は法然さんや親鸞さん
他たくさんありますすが
親鸞さんは浄土真宗で
「まことは、
三世十方の諸仏の
本師本仏である
阿弥陀仏の救いのほかはない。」
と仰ったのです。
[南無阿弥陀仏]さえ唱えれば
救われるという捉え方を
している方は多く
親鸞さんの「阿弥陀仏」の救い
というものを
一般的な他力信仰と
同じように考えている方が
いらっしゃいますが、
その意味は自我力による
ものではない自分の中に
備わっているところの
他の力、阿弥陀仏の本願力こそが
あらゆる苦悩の根元から
私たちを救ってくれる
鍵なのだと言っているのです。
後の蓮如さんの
「後文章三帖」の中に
こう記されています。
「ただ口に
南無阿弥陀仏と称うれば
助かるように皆人の思えり、
それは覚束なきことなり。」
読んで字の如しです。
阿弥陀仏の起源は、
インドではアミターバ・
アミターユスとも言います。
アミターユスとは、
「無限の生命」という意味であり、
「永遠」を意味します。
私は永遠の生命を信じます。
というのが阿弥陀仏への
信仰の本質なのです。
あjなたも
永遠の生命を生きています。
どんな苦難・困難と思える
出来事にしても
永遠性の観点から見るか
肉体に閉じ込められた
歪んだ狭い点の視点で見るか
見る景色は180度違って
見えるのです・
今、確かなこの瞬間に
大きな視点で見るように。
努力するだけでも
あなたの視野が拡大して
光が射し始めます。
どんな時でも
あなたの真我である
思いやりや愛や勇気や感謝を
忘れないことです。
これが悟りであるのです。
生かしていただいて
有難うございます。