2015年3月29日日曜日

“生きる意味を考える”3

人間は
生きるために
食べなければ
なりません。
 
食べるためには
働かなければ
なりません。
 
至極
当然のことであり
 
そこには
人間は
生きることが
目的であり、
 
食べることを目的
として働くのが
人間であるという、
人間観、
人生観があります。
 
私たちの
歴史を
つぶさに
振り返ってみますと
 
基本的な
この生存の欲求は
さまざまな対立や
争いの種を
生んできたことも
否めない事実で
あります。
 
ところが
その人間観、
人生観からは
真逆の生き方を
実践されてきた
西田天香さんと
言う方が
おられました。
 
ご存知の方も
いっらっしゃると
思います。
 
一燈園の創始者
の方で
ございます。
 
本日は
この
西田天香さんと
その活動を通じて
生きる意味を
考えてみたいと
思います。
 
共有してください。
 
西田天香さんを
ご存知ない方の
ために、
西田天香さんの
プロフィールを
紹介しながら
話しを
進めていきたいと
思っています。
 
下記は一燈園の
Hpにある紹介文
からの抜粋です。
 
天香さんは、
1872(明治5)年、
滋賀県長浜の商家に
生まれました。
 
天香さんは
20歳の時
1892(明治25)年、
北海道に10戸の
農家を率いて渡り、
500ヘクタールの
開拓事業に
従事しました。
 
やがて出資金を
めぐって
出資者と
耕作人との
対立に悩み、
さらに日清戦争が
起ったことも
重なって、
 
なぜ
人間同士が対立し、
憎しみあい、
争わねばならない
のかという、
大きな疑問の虜に
なってしまい
ました。

絶対に
争わなくてもよい
生き方はないのか。
考えつめたあげく、
 
事業のすべてを
他の人に委ねて
裸一貫になり、
故郷長浜に
戻ってきました。
 
そして故郷の
小さなお堂の
縁側に座り、
 
その
答えが見出せぬ
うちは
ひと口の食も
口にすまいと、
死を覚悟して
断食を続けました。

4
日目の未明
1904=明治37
天香さん32歳)に
 
赤ん坊の
泣き声を聞き、
それが
泣きやんだ時に、
母に抱かれて
お乳を飲んでいる
赤ん坊の
情景に思いいたり、
ハッとしたので
あります。
 
母と子、
そこには
乳の供給者と
需要者の
相反する二つの
立場がある。
 
しかも、
両者ともに
満ちたりた
喜びのなかで、
一つにとけあった
平和な姿がある。
 
立場は
相反していても、
とも喜びの
和の世界、
 
これが
生命の
原点ではないか。
そして乳もまた
天与の自然の恵みに
ほかならない。

人は
自ら生まれよう
として
生まれたのでは
ない。
 
生命はその意志を
超えたもの
(大自然・神・仏)
によって授けられ、
生かされている。
 
ここにあらゆる
生命誕生の
真の姿があり、
あらゆる
生命生存の
実体がある。
 
その本来の姿に
おいてこそ、
ともに喜びあえる
和の世界が
現れてくるのだ。
 
一切を
大いなるものに
委ねきって、
ただ
生かされるままに、
許されるままに
生きていけばよい。
 
これこそ
争いのない世界の
源であり、
 
ここに互いに
生きて喜びあい、
食べていささかの
対立もない
世界がある。

これこそ
探し求めていた
答えだと、
天香さんは
悟られたので
あります。

これが
ー燈園生活の
出発点と
なったのです。
 
それは、
無一物・路頭を
原点としての
懺悔・下坐の奉仕、
許されて生きる
「托鉢」の
生活でした。
 
その事実に立って
1921(大正10)年、
『懺悔の生活』が
出版されるや、
 
天香さんと
一燈園の名は
一挙に世に
知れるにいたり、
 
多くの人が
道を求めて
天香さんのもとに
集まるように
なります。
 
倉田百三、
尾崎放哉といった
当時を代表する
文化人も
一燈園生活を
送ったことで
知られています。」
 
いかがでしょうか?
 
西田天香さんは、
「生命は
授かりものであり、
生きようと
しなくても
生かされており、
 
生かされているから
感謝して働かせて
もらうのだ。
 
そのために
必要な食は
求めなくても
与えられるのだ」
 
とする生命観、
人生観に立った
無所有奉仕の生活を
はじめられました。
 
人間の争いの種
というものには、
際限のない
欲望や利己心から
生じています。
 
財産や地位
名誉などに
どっぷりと
囚われて
手放せなく
なってしまって
いるもです。
 
身についたもの
集まって
きたものはすべて
神仏・大自然のもの
全体のものとして
お返しして
 
必要なものは
預かりものとして
許されて
使わせて
いただいている
という観点に立ち
 
常に無一物という
立場で
路頭にいて。
路頭に迷う
のではなく、
 
路頭に帰るのが
人間本来の姿
であると
 
天香さんは
路頭・托鉢の生活に
入っていくのです。
 
触発された方は
それを
見習って
共に実践して
いったのです。
 
托鉢といっても
お坊さんの
托鉢とは
意を異にします。
 
天香さんのお言葉に
 
「なべて世の
障りの根をば
たずねゆきて
己が罪とぞ
かえりきし
行願(わざ)」
 
というのが
あります。
 
世のさまざまな
障りの根をも
自らの中に
見つめていく
深い懺悔の心を
詠んだ言葉で
あります。
 
そしてつねに
自らを下坐に置き、
悩める人や
弱い人の立場での
生活をこの
行願(わざ)に
込めているのでは
ないでしょうか。
 
一燈園には
六万行願という
行があります。
 
それは
下記に掲げる
願により
行ずるものです。
 
  1. 礼拝
    拝ませてもらう。
     
  2. 下坐
    一番下のことを
    させてもらう。
     
  3. 奉仕
    何なりとさせて
    もらう。
     
  4. 慰撫
    慰めさせてもらう。
     
  5. 懺悔
    謝らせてもらう。
     
  6. 行乞(托鉢)
    いただかせてもらう。
     
    この行は
    家庭や事業所等を
    廻らしていただき
    とくにお便所の
    掃除を
    させていただく
    ことで
    六つの願を実践
    していくのです。

    見知らぬ家を尋ね、

    「済みません。
    一燈園の者ですが、
    お便所の掃除を
    させて下さい。」

    と言って、
    便所に裸足で入り、
    綺麗になるまで
    掃除を
    するのである。

    自分の息子でさえ、
    嫌がってしない
    お便所を

    若い一燈園の
    者たちは修行の為
    といって
     
    ピカピカになるまで
    綺麗にしてゆく
    ものですから、

    多くの者が感心し、
    自らも
    一燈園に参加して
    ゆく者も現れました。

    この六万行願の
    精神こそ
    生きる意味を
    考えさせるに
    足りる
    一つの
    偉大な実践行で
    あると
    思わずに
    おれません。
     
    生かしていただいて
    有難うございます。
     
 
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角田 政治
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