投稿が
不定期になって
しまっています。
お詫びいたします。
人生の目的とは
いったい
何でありましょう。
それは
「人によって
それぞれでは
ないですか?」
と言う方は
多いです。
あなたは
どう答えます
でしょうか?
ある大学生の方に
質問したことが
あります。
「私は
医者になることが
目的です!」
と仰有いました。
私も
子供のころは
力道山に憧れ
将来何に
なりたいですか?
という学校の
アンケートに
「プロレスラーに
なりたい!」
と書いたことを
今でも
思い出します。
当時の他の
子供たちも
会社の社長に
なりたいとか、
電車の運転士に
なりたいとか、
野球選手とか
それぞれが
それぞれの
イメージを
膨らませながら
書いていました。
でもこれは
あくまでも
目標や
手段であって
人生や生きる
目的では
ありません。
それでは
あなたの目的とは
何でしょう?
「生きることです!」
「生きるためには
どうすれば
いいでしょうか?」
「食べなければ
生きていけません。」
「食べるためには
どうしますか?」
「働かなければ
食べていけません。」
「何のために
働くのでしょうか?」
「食べるためです。」
これでは
いつまでたっても
堂々巡りです。
そこで
「それでは
何で
働いて食べて
いるのですか?」
「だって、
死んじゃう
でしょう?」
人生の目的が
働いて
そして
食べること
なんでしょうか?
私たちは
何に向かって
働いて
食べているの
でしょうか?
私の
「真理メモ」に
朝日新聞の
「天声人語」
の抜粋が
書かれています。
興味深い
内容ですので
どうぞ
シェアして下さい。
『たしか、
ロシアの作家
ドストエフスキーの
「死の家の記録」
だったと思う。
囚人に苦役を科し、
土の山を
別の場所に移し、
またもとの
山に戻すと
いった仕事を
繰り返させたら、
数日で
首をくくって
死ぬだろう、
といっている。
これほど
残酷な仕事はない。
目的や
意味があれば、
たとえ
苦しいことでも
我慢する。
だが、
まったく
無意味なことを
自分で知っていて、
しかも努力する
ことはできない。
それを
強制されれば、
ついに自分が
自分自身に
反抗するようになる。
瀬戸内海の岩国で
魚をとる人たちの
ニュースを読んで、
思わずこの話を
連想した。
岩国では汚染源の
東洋紡の工場が、
海でとった魚を
すべて買い上げる
ことにきめた。
明け方、
漁船が帰ってくると、
工場のトラックが
待っている。
魚種ごとに
魚の目方を
はかったあと、
工場にはこび、
タンクに
汚染魚を捨てる。
悪臭を放つ魚に、
市場値の
金が払われる。
はじめのうちは、
取れば取るほど
金になるので、
精を出して
出漁する人もいた。
が、やがて
漁師たちの疑いが
ふくらんでくる。
毎日、
海に出るのは、
捨てるための魚を
取るためではない。
金になりさえ
すればよいと、
いつまでも
割り切れるもの
ではない。
たとえ
ささやかでも、
自分の仕事に
何らかの
意味がなくては
生きていけない。
「何のための人生か。
漁民だって
おいしい魚を
食べてほしいのだ」
「情けのうて涙が出ます」
と口々に訴える声は
胸をえぐる。
(昭和48年6月16日。
朝日文庫より)』
如何でしたか?
囚人は
別にしましても
岩国の
漁師さんは
生きる(食う)
ために
魚を獲っています。
獲った魚は
すべて会社が
引き取って
いただけます。
生きる
(人生の)目的が
働いて
食べるという
ことでしたら
獲った魚は
魚の市場に運ぶか
それとも
工場に運ぶかの
違いですので
目的には
適っています。
しかし
人間は
それだけでは
生きて
いけないのです。
生きる意味を
見出せないのです。
自分は
確かに
生きている
という実感が
欲しいのです。
「門松や
冥土の旅の
一里塚
目出度くもあり
目出度くもなし」
これは
一休さんの
詠まれた言葉です。
「冥土」とは、
死んだ後の
世界のことです。
一日生きれば
一日生きただけ、
死に
近づきますから、
生きる
ということは、
死へ向かっての
行進であり、
冥土への旅なのだ
と詠んでいます。
門松は
お正月の
目出度い象徴ですが
同時に
元旦は
数え年で
一年、
年を取ります。
冥土の旅の
一里塚なのです。
一里塚というのは
江戸時代に
街道沿いに
一里(約4km)
ごとにあった塚で
今の高速道路の
標識のような
役割をするものです。
江戸まで
あと何里とか
書いてあります。
“死”への
カウントダウンと
一休さんが
言っているのです。
「目出度くもなし。」
の所以です。
私たちが
毎日生きると
いうことは
“死”に
向かって生きている
ということに
なります。
死ぬために
毎日毎日
ご飯を食べて
また起きて
働きにいくだけ
であったならば
苦しむためだけの
人生に
なってしまいます。
私たちの
人生の目的は
ただ苦しむために
あるんでしょうか。
そうでは
ない筈です。
”死“は
誰もが100%
逃れることの
できない事実です。
これは
天皇でも
ホームレスでも
平等に
訪れることです。
結論を
言いましょう!
人生の目的は
幸福になることです。
これに異論を
挟む方は
いないと
思います。
それでは
どの状態に
在ったら
幸福と言えるの
でしょう?
一言で言えば
「人間に
生まれて
良かった!」
という生命の歓喜
があるのです。
あなたは
今、
「人間に
生まれて
本当に良かった!」
と思っていますか?
そういう
心から
湧いてくる
生命の歓喜が
ありますか?
自らに
問うてみて
欲しいのです。
所用ができました。
中断になりますが
明日も
引き続き
書かせて
いただきます、
生かしていただいて
有難うございます。
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角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
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Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
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