2015年3月31日火曜日

”生きる意味を考える“4

前回は
一燈園の
六万行願という
修行を
紹介いたしました。
 
その中で
他家へのお便所の
掃除をさせて
いただくという
下坐のお話を
いたしました。
 
この下坐行は
他家のお便所を
掃除させて
いただいて
綺麗にする行で
ありますが、
 
何よりも
自分の中の
穢れを知り
自らを省みる
最高の修行で
あるのです。
 
もし、あなたの家へ
 
「一燈園の者ですが、
お便所を掃除
させてください。」
と言われたら
 
素直に
お便所を掃除
してもらう
でしょうか?
 
汚れていれば
いるほど
 
自分の心を
見透かされている
ようで
見て欲しくない
のでは
ないでしょうか。
 
また、
見知らぬものを
家に
上げたくはない
という意識も
はたらくでしょう。
 
「便所掃除」を
させて
いただこうと
一軒一軒
回って
お願いをしても
 
ほとんどの家で
断られるのだ
そうです。
 
ある方は
200 軒もの家を
回ったが、
すべて断わられ、
 
夕方になり、
ようやく一軒、
掃除をさせて
もらえる
家を見つけた。
と語りました。
 
その時に、
あまりの嬉しさに
涙が
止まらなかった
そうです。
 
感謝の
涙を流しながら、
便器を
磨かせて
いただいたのだ
そうです。
 
そして
掃除の後に
「ありがとう」
と出されたお茶を
前にして、
人の優しさに
また涙するのです。
 
日常の中では
気づくことのない
歓びの涙です。
 
人間は
お便所の
汚れ以上に
汚れているのです。
 
奉仕とは
見返りを求めない
心から
行わなければ
奉仕では
ありません。
 
それ以上に
させていただける
ことによって
 
我が心の浄化を
させて
いただいています。
 
その中で
出されたお茶は
慈愛という
彩を添えて
馥郁とした
香を放っていた
ことで
ありましょう。
 
一人の方が
一万軒を回り
六つの願を
させていただく
ことを
万行として
 
魂を磨かせて
いただくので
六万行願と
言うのだ
そうです。
 
天香さんは
語ります。
 
「自分を
ゼロにして
捨て身になると、
何も
恐れるものが
なくなる。
 
全てを捨てると・・
空になる・・
 
ふと気がつくと
自分のコップに
誰かが
注いでくれる・・
 
ああ、
ありがたい事だ!
 
こちらを
無にすれば、
向うから
やってくる。
 
それは、
天地神仏、
自然神妙であって
奇跡でも
不思議でもない・・

出来るだけ
重いものは
捨てよう・・・
捨てて・・
思い切り捨てよう。 

下坐より
強いものは
ないのだから。
 
下坐は 
一切のものを 
包容する。
 
下坐は 
地であり母である。
 
求めるこころは 
淋しい。
 
捧げるこころは 
豊かである。」
 
無一物、
無所有、
無尽蔵を
世に実践して
きた方の
力強い宣言である。
 
世界遺産として
名高い
吉水神社という
神社が
京都吉野山に
囲まれて
存在しています。
 
時々
神社の境内や
吉野山の風景や
宮司のコメント
見たさに
Hpに
訪問させて
いただいています。
 
その
佐藤宮司さんも
宮司になる前に
一燈園の修行を
されたことが
あったようで
あります。
 
やはり
前述の下坐の
修行で
お便所の掃除を
させてもらいに
一軒一軒お家を
回らせて
いただいた
そうです。
 
その時の
体験談です。
共有してください。
 
佐藤宮司が
一燈園に行った
きっかけから
お話します。
 
宮司は
当時、
大阪府警
機動隊特殊部隊の
訓練指導官だった
のだそうです。
 
1979年
1月26日
三菱銀行北畠支店に
強盗事件が
発生します。
 
猟銃を持った
男が侵入
5000万もの
金を要求しました。
 
初動で
失敗した
犯人梅川は
行員と顧客を多数
人質に取り
籠城しました。
 
その後
警察官2名
支店長を始め
行員2名が
射殺されています。
重傷やけが人は
多数続出しました
 
女性行員に
至っては
全員に服を脱ぐ
ように強制し
全裸にして
自分の楯にして
バリケードを
築いたのです。
 
トイレも
店舗の隅でさせ
ました。
 
銃に撃たれて
瀕死に陥っている
行員に対して
もう一人の行員に
止めを刺すように
命令し
その行員が躊躇うと
容赦なしに
耳を切れと指示する
ような状況で
 
まるで
ソドムの市を
思わせるような
凄惨な事件で
あったのです。
 
その現場に
特殊部隊員として
現場に関わったのが
佐藤宮司で
ありました。
 
人質をとって
立て籠もっている
犯人梅川に対して
長時間の
睨みあい攻防の末
他に手段も無く
特殊部隊は
梅川を
射殺したのです。
 
佐藤宮司は
こう語ります。
 
『犯人といえども
人の子
 
特殊部隊員として
現場に関わった
一人の人間として
人が人を
射殺することに
迷いがあった。
 
どうして殺さずに
逮捕できなかった
のか?
あれしか方法手段
戦術は
なかったのか?
 
犯人梅川の母親は
悲しいだろう。
思い出すたび
梅川の死に顔が
ちらついた。
 
そんな時
一燈園を
訪ねたのである。
 
悶々と、
自分だけで
泣いたり
苦しみ悩み
そして
心が傷ついた・・
 
下坐の実践の中で
3日目には
「うつ状態」から
救われた!
 
各家庭の
便所掃除をさせて
いただけて、
心が健康に成り
ました
 
つらい事が多いのは、
感謝を
知らないから。
自戒)
 
宮司は、
一燈園で
「下坐行」の修行を
通じて、
石川洋先生
(当番さん)
に出会えた、
 
「下坐」とは、
究極は
「足の裏」に
感謝して
生きる事のように
思えた。
 
「足の裏」から
「光を出す」
ことだった。
 
「頭や顔やスタイル」
ばかり
気にして生きる
人生よりも、
 
見えない足の裏を
大切にする事は
尊いと思えた。
 
バケツと雑巾
を持ち、
各家や会社の
「便所掃除」を
お願いして
させていただく
ことに
 
宮司は、
涙が出るほど
感謝した。
 
世間では
知らない人が
「便所掃除させて
ください」
と言うと
警戒され
ほとんど拒絶される
ことも知った。
 
他人様に
便所掃除まで
させて下さって
 
お昼ごはんまで
いただけた日は、
その日の夜は
嬉しくって泣いた。』
 
と仰有っています。
前述の方も
そうでした。
 
結局のところ
働くとは
傍を楽にすると
ともに
自らを楽にして
いくことでした。
 
そして
私たちの生命は
授かりもので
生きようと
しなくても
生かされており
 
生かされているから
感謝して
働かせてもらわねば
ならない。
 
働くことを
”苦“にして
“辛い”と
思うのは
感謝を知らないから
ではないか。
 
感謝を知ると
言うことは
満ち足りたものを
数えること
 
不足を数えるから
不幸なのだ。
辛いのだ。
だから
癇癪もおこすのだ。
 
かんしゃくの
く(苦)の字を
取り除こう!
 
そうすると
かんしゃ(感謝)
ばかりに
なるのです。
 
生かしていただいて
有難うございます。
 
 
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角田 政治
携帯番号:080-3085-4801

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2015年3月29日日曜日

“生きる意味を考える”3

人間は
生きるために
食べなければ
なりません。
 
食べるためには
働かなければ
なりません。
 
至極
当然のことであり
 
そこには
人間は
生きることが
目的であり、
 
食べることを目的
として働くのが
人間であるという、
人間観、
人生観があります。
 
私たちの
歴史を
つぶさに
振り返ってみますと
 
基本的な
この生存の欲求は
さまざまな対立や
争いの種を
生んできたことも
否めない事実で
あります。
 
ところが
その人間観、
人生観からは
真逆の生き方を
実践されてきた
西田天香さんと
言う方が
おられました。
 
ご存知の方も
いっらっしゃると
思います。
 
一燈園の創始者
の方で
ございます。
 
本日は
この
西田天香さんと
その活動を通じて
生きる意味を
考えてみたいと
思います。
 
共有してください。
 
西田天香さんを
ご存知ない方の
ために、
西田天香さんの
プロフィールを
紹介しながら
話しを
進めていきたいと
思っています。
 
下記は一燈園の
Hpにある紹介文
からの抜粋です。
 
天香さんは、
1872(明治5)年、
滋賀県長浜の商家に
生まれました。
 
天香さんは
20歳の時
1892(明治25)年、
北海道に10戸の
農家を率いて渡り、
500ヘクタールの
開拓事業に
従事しました。
 
やがて出資金を
めぐって
出資者と
耕作人との
対立に悩み、
さらに日清戦争が
起ったことも
重なって、
 
なぜ
人間同士が対立し、
憎しみあい、
争わねばならない
のかという、
大きな疑問の虜に
なってしまい
ました。

絶対に
争わなくてもよい
生き方はないのか。
考えつめたあげく、
 
事業のすべてを
他の人に委ねて
裸一貫になり、
故郷長浜に
戻ってきました。
 
そして故郷の
小さなお堂の
縁側に座り、
 
その
答えが見出せぬ
うちは
ひと口の食も
口にすまいと、
死を覚悟して
断食を続けました。

4
日目の未明
1904=明治37
天香さん32歳)に
 
赤ん坊の
泣き声を聞き、
それが
泣きやんだ時に、
母に抱かれて
お乳を飲んでいる
赤ん坊の
情景に思いいたり、
ハッとしたので
あります。
 
母と子、
そこには
乳の供給者と
需要者の
相反する二つの
立場がある。
 
しかも、
両者ともに
満ちたりた
喜びのなかで、
一つにとけあった
平和な姿がある。
 
立場は
相反していても、
とも喜びの
和の世界、
 
これが
生命の
原点ではないか。
そして乳もまた
天与の自然の恵みに
ほかならない。

人は
自ら生まれよう
として
生まれたのでは
ない。
 
生命はその意志を
超えたもの
(大自然・神・仏)
によって授けられ、
生かされている。
 
ここにあらゆる
生命誕生の
真の姿があり、
あらゆる
生命生存の
実体がある。
 
その本来の姿に
おいてこそ、
ともに喜びあえる
和の世界が
現れてくるのだ。
 
一切を
大いなるものに
委ねきって、
ただ
生かされるままに、
許されるままに
生きていけばよい。
 
これこそ
争いのない世界の
源であり、
 
ここに互いに
生きて喜びあい、
食べていささかの
対立もない
世界がある。

これこそ
探し求めていた
答えだと、
天香さんは
悟られたので
あります。

これが
ー燈園生活の
出発点と
なったのです。
 
それは、
無一物・路頭を
原点としての
懺悔・下坐の奉仕、
許されて生きる
「托鉢」の
生活でした。
 
その事実に立って
1921(大正10)年、
『懺悔の生活』が
出版されるや、
 
天香さんと
一燈園の名は
一挙に世に
知れるにいたり、
 
多くの人が
道を求めて
天香さんのもとに
集まるように
なります。
 
倉田百三、
尾崎放哉といった
当時を代表する
文化人も
一燈園生活を
送ったことで
知られています。」
 
いかがでしょうか?
 
西田天香さんは、
「生命は
授かりものであり、
生きようと
しなくても
生かされており、
 
生かされているから
感謝して働かせて
もらうのだ。
 
そのために
必要な食は
求めなくても
与えられるのだ」
 
とする生命観、
人生観に立った
無所有奉仕の生活を
はじめられました。
 
人間の争いの種
というものには、
際限のない
欲望や利己心から
生じています。
 
財産や地位
名誉などに
どっぷりと
囚われて
手放せなく
なってしまって
いるもです。
 
身についたもの
集まって
きたものはすべて
神仏・大自然のもの
全体のものとして
お返しして
 
必要なものは
預かりものとして
許されて
使わせて
いただいている
という観点に立ち
 
常に無一物という
立場で
路頭にいて。
路頭に迷う
のではなく、
 
路頭に帰るのが
人間本来の姿
であると
 
天香さんは
路頭・托鉢の生活に
入っていくのです。
 
触発された方は
それを
見習って
共に実践して
いったのです。
 
托鉢といっても
お坊さんの
托鉢とは
意を異にします。
 
天香さんのお言葉に
 
「なべて世の
障りの根をば
たずねゆきて
己が罪とぞ
かえりきし
行願(わざ)」
 
というのが
あります。
 
世のさまざまな
障りの根をも
自らの中に
見つめていく
深い懺悔の心を
詠んだ言葉で
あります。
 
そしてつねに
自らを下坐に置き、
悩める人や
弱い人の立場での
生活をこの
行願(わざ)に
込めているのでは
ないでしょうか。
 
一燈園には
六万行願という
行があります。
 
それは
下記に掲げる
願により
行ずるものです。
 
  1. 礼拝
    拝ませてもらう。
     
  2. 下坐
    一番下のことを
    させてもらう。
     
  3. 奉仕
    何なりとさせて
    もらう。
     
  4. 慰撫
    慰めさせてもらう。
     
  5. 懺悔
    謝らせてもらう。
     
  6. 行乞(托鉢)
    いただかせてもらう。
     
    この行は
    家庭や事業所等を
    廻らしていただき
    とくにお便所の
    掃除を
    させていただく
    ことで
    六つの願を実践
    していくのです。

    見知らぬ家を尋ね、

    「済みません。
    一燈園の者ですが、
    お便所の掃除を
    させて下さい。」

    と言って、
    便所に裸足で入り、
    綺麗になるまで
    掃除を
    するのである。

    自分の息子でさえ、
    嫌がってしない
    お便所を

    若い一燈園の
    者たちは修行の為
    といって
     
    ピカピカになるまで
    綺麗にしてゆく
    ものですから、

    多くの者が感心し、
    自らも
    一燈園に参加して
    ゆく者も現れました。

    この六万行願の
    精神こそ
    生きる意味を
    考えさせるに
    足りる
    一つの
    偉大な実践行で
    あると
    思わずに
    おれません。
     
    生かしていただいて
    有難うございます。
     
 
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