2014年12月3日水曜日

“苦”を滅する道2

昨日は
お釈迦さまの
初転法輪の
説法である
四諦八正道に
ついて
共に学ばせて
いただきました。
 
仏教は
実践の教えです。
学んでも
実行しなければ
唯の知識で
しかありません。
 
出来るところから
始めて下さい。
 
身・口・意を
正していく
ことさえ
いざ実行となれば
簡単では
ありません。
 
この
三つの行いに
関しては
十悪を極端の
基準に
おいています。
 
こんなことは
私は
していないから
大丈夫と
思っているのでは
ないでしょうか?
 
昨日は
八正道の説明に
終始しましたので
十悪を
詳しくは
解説できません
でした。
 
本日は
一つひとつ
点検して
みましょう。
 
まず
貪欲(とんよく)
瞋恚(しんに)
愚痴(ぐち)です。
煩悩の中で
三毒と言われている
心の行為です。
自分の思いを
点検する
正思惟の
点検項目です。
 
この内容については
一番大切な
項目ですので
このブログでも
何回も
取り上げて
いますので
 
時間があれば
遡って
学んで欲しいと
思います。
 
簡単には
貪欲とは?
むさぼる心です。
無ければ無いで
欲しい
あったらあったで
欲しい
際限がない欲の
ことです。
 
瞋恚とは?
怒りのことです。
怒りについては
相当時間をかけて
書いていますので
読んでください。
 
以前は私も
相当怒りっぽくて
度を越して
いまして
いろいろ迷惑を
かけました
 
怒りは
無謀に始まり
後悔に終わる
と言いますが
まったくその通り
であります。
 
結局のところ
欲にも
いろいろな欲が
ありますが
 
代表的なのは
食欲
財産欲
色欲
名誉欲
睡眠欲
これを五欲と
いいますが、
 
これらの欲が
妨げられるために
おきるのが
怒りの正体です。
 
愚痴とは?
愚もおろか
痴もおろか
知が病気なので
おろかと言います。
 
恨み
ねたみ
そねみの心です。
 
思いで行う
悪です。
これがすべての
元凶です。
 
次は
口で行う悪です。
正語の
点検項目です。
 
綺語(きご)
両舌(りょうぜつ)
悪口(あっこう)
妄語(もうご)
 
綺語とは?
おべんちゃらを
言うことです。
真実に反して
言葉を飾り立てる
ことを言います。
中味のない
言葉です。
 
両舌とは?
二枚舌のことです。
一方には
こういい
もう一方には
異なったことを
言うことです。
 
お互いを引き裂く
行為なので
離間語とも
言います。
 
悪口とは?
わるくちのことです。
真実でない
冷酷な言葉を
浴びせること
乱暴な言葉を
言うことです。
粗悪語とも
言います。
 
妄語とは?
嘘・偽りのことです。
口から出れば
真実のことは
一切
言わないことです。
 
この口業における
4つの悪は
正語の点検項目と
共に
そう言わせている
心の点検でも
あるので
正思惟にも
繋がるのです。
 
次は
身体で行う悪です。
正業の
点検項目です。
 
殺生
偸盗
邪淫です。
 
殺生とは?
殺すことです。
この殺すという
ことについては
私たちには
いろいろな
見解が
あるでしょう。
 
人間を殺す!
そんなことは
あり得ないと
思うでしょうが
 
毎日のニュースを
見聞しても
人間が殺されて
いない日は
一日として
ありません。
 
人間と言うのは
浅ましいもので
欲が昂じて
 
それは
自分が際限が無い
だけなのに
他人や
環境によって
いつもその欲が
妨げられたと
思い込み
怒りが
現われてきます。
 
そして
他人や環境を
恨み
ねたみ
そねみ
 
綺語
両舌
悪口
妄語を尽くした末
殺生ということに
なっています。
 
例え
そこまでは
いかないにしても
 
歎異抄の中の
親鸞聖人の
このお言葉が
心に響きます。
 
「さるべき業縁の
もよおせば、
いかなる振る舞いも
すべし」
と仰有っています。
 
9才から
比叡山に上り
厳しい修行を
行いきった
あの親鸞聖人を
して
そう言わせている
のです。
 
ましてや
私たち
衆愚は
誰もが
そのようなことを
起しかねない
可能性を
秘めているのでは
ないでしょうか?
 
この十悪での
殺生というのは
あらゆる生命の
ことを言っています。
 
仏教においては
生きとし生けるもの
生命は平等と
捉えています。
 
私たちは
毎日のように
何かの生命を
いただいて
生きています。
 
そういう意味では
殺生に
係らないでは
生きていくことが
できません。
 
自殺と言う言葉が
あります。
仏教においての
自殺とは
自分で生き物を
殺すことを
言います。
 
他殺と言う言葉も
あります。
他のものに
生き物を
殺させることを
言います。
 
また、
随喜同業
(ずいきどうごう)
と言う言葉も
あります。
 
生き物を殺して
いるのを見て
喜ぶ心です。
 
私も
今まで
沢山の命を
殺めてきました。
ハエ・蚊・ごきぶり
ねずみの類
又は
魚にしても
活き作りなどは
新鮮だと言って
好んで
食べていました。
 
もっと言えば
植物でさえ生命です。
 
ですから
この
殺生については
私はこう考えます。
 
むやみに
生き物を殺しては
いけない!
 
また、
頂くときには
お魚でも
お肉でも
野菜でも
彼らの生命を
頂く訳で
ありますから、
 
私たちの
生命も
彼らとの生命と
共に“在る”と
いうことなので、
 
自分だけの
生命だから
勝手にしていいと
言う訳ではなく
自分を殺めたり
また、
自分を大切に
しない行為は
厳に戒めなければ
ならないと
思うのです。
 
彼らが生命を
果たせなかった分
 
彼らの生命と
一緒に
生長するのが
私たち人間の
責任ではないかと
思うのです。
 
そういう意味で
生命を頂く時には
そういう念いを
込めて
「いただきます!」
「ごちそうさま!」
と言わさせて
いただくのです。
 
殺生のところは
大切な観点ですので
少し説明が
長くなりました。
 
今日のところは
これまでとして
明日、
この後の説明は
したいと思います。
 
生かしていただいて
有難うございます。
 
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角田 政治
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