2014年12月26日金曜日

閑話“いざ鎌倉”

「いざ鎌倉」
 
有名な言葉ですので
知っている方も
多いと思います。
 
今日は
その
「いざ鎌倉」の
言葉の背景にある
ある物語を
ご紹介
いたします。
共有してください。
 
「能」の題材の
一つでもある
謡曲「鉢木」で
語り継がれている
お話です。
 
当時の
鎌倉幕府には
城も要塞も兵営も
なかったようです。
 
従って
常備している
軍もなく、
各御家人たちは、
各地に
散らばっていました。
何か問題があった
時には
 
鎌倉幕府が
号令をかけますと
家来を引き連れて
鎌倉に
馳せ参じたのです。
それで「いざ鎌倉」
という言葉が
生まれたのです。
 

『ある旅の僧が、
上野国佐野荘
(群馬県高崎市)
の山中で
迷っていました。
 
その日は
大変な猛吹雪であり、
あまりの寒さに
凍えながらも
歩を進めていました。

暫く行くと
一軒のあばら家が
あるでは
ありませんか、

戸を開けると、
そこには
貧しい夫婦が
住んでいました。

「私は諸国を
旅している者ですが、
この大吹雪に
見舞われ、
道を見失って
しまいました。

突然で
申し訳ないが、
一夜、お泊め
頂くわけには
まいりませんか」

「それはさぞ
お困りでしょう。

狭い家ですが、
ささ、どうぞ中に
お入り下さい。
外はさぞかし
寒かったでしょう。
さあ、
こちらの火のほうへ
お越しください」

身も心も
凍り付いていた僧は、
手を合わせて
礼を言いました。

奥さんが
一杯の粟の雑炊を
持ってきましたが
具一つ入っていない、
質素な粟飯でした。

「お腹が
空かれたでしょう。
御覧のような、
貧乏暮らしで
ございます。
こんなものしか
ありませんが、
よろしければ、
お召し上がりください」

「とんでもない
何よりのご馳走です。
かたじけない」

すると、奥さんが
なにやら主人に
困ったように
小声で…

「実は…」
 
「なに、
薪を切らして
しまったのか」

囲炉裏にくべる薪が
底をついて
しまったのだという。

主人は
おもむろに
立ち上がり、
手斧を持って、
土間に整然と
並べられていた
三鉢の
盆栽の前に立ち
その一つを
手に取りました。

「いけません!
見たところ、
その梅、桜、松の
鉢の木は、
ご主人が
長年大切に
手がけてこられた
逸品と見ました。

それを
お切りになるなど、
正気の沙汰では
ありません」

「いえ。いかに
暮らし向きは
貧しいと言えど、
心だけは
豊かでいようと、
この鉢の木を
美しく育てて
まいりました。

しかし、
お困りの方に
精一杯の
おもてなしを
するのもまた、
心の豊かさの一つと
言えましょう。

きっと、
この梅も桜も松も、
それは
本望でありましょう」

僧は心から感動し、
主人に尋ねた。

「ご主人、
その並ならぬ
お心遣いといい、
そして
先ほどからの
姿勢や
お言葉といい、
実は名のある武士
なのでは
ございませんか」

と素性を聞くと
なかなか
打ち明けなかったが、
たって聞くと
次のように答えた。

「お坊様に
隠し事は
できませんな。
私は
佐野源左衛門常世と
申す武士に
ございます。

かつて
鎌倉幕府より
拝領した佐野荘を
治めていましたが、

一族郎党に
領地を横領され、
命を
狙われるようになり、
山奥のこの家に
隠れ住むように
なったのです」

「そうでしたか。
それは
お気の毒なことです」

「いえ、
同情は無用ですぞ」

「この身
落ちぶれたるとも、
私は
武士にございます。

鎌倉幕府より
頂いた大恩は
一刻も
忘れては
おりませぬ。

甲冑も刀も
常に磨き、
外には馬も一頭
繋いでおります。

もし幕府より
急ぎの召集が
あったとしても、
いざ鎌倉へと
馳せ参じ、
命を懸ける所存に
ございます」

旅の僧は、
佐野源左衛門の
清廉な心に
深く感動しました。

・・・・・・
その後間もなく
「鎌倉に一大事」
という
触れがあって、
 
関八州の武士が
一斉に
鎌倉へ
駈けつけました。
 
源左衛門も、
みすぼらしい
出立ちで
痩せ馬に乗って
駈けつけたのです。

すると
「執権の前に出よ」
と言葉が
かかります。
 
さては
腹黒い親戚どもが
讒言して、
自分が
罰せられるのか
と思って
前に出でて、

地に膝を付き、
深々と頭を下げた
佐野源左衛門は、
顔を上げた時、
思わず
大声を出したのです。

「あなた様は!」

「覚えておるか、
佐野常世」

猛吹雪の日に
あばら家を訪れた
旅の僧は、
執権北条時頼
だったのです。

驚きを隠せず、
佐野源左衛門は
再び地に頭を付けた。

時頼は
温かく声をかけた。

「佐野。
おぬしが語った
忠誠心、
嘘偽りでは
無かったのう。

見知らぬ者でも
精一杯もてなす
曇りなき清廉の心、

どのような
境遇にありても、
受けし恩に
応えんとする
決して
忘れぬ忠義の心、
武士の鑑として
実に
あっぱれである。

その忠誠を讃え、
佐野の地は
佐野源左衛門常世に
返そう。

また、
凍える我が身を
温めるべく
馳走になった
梅の鉢の
木の返礼として、
加賀国の梅田、
 
桜の鉢の
木の返礼として、
越中国の桜井、

松の鉢の
木の返礼として、
上野国の松井田の
領地を与える。

これからも
鎌倉のため、
尽くしてくれ」

「佐野源左衛門常世、
かしこまって
ございます」』
 
というお話です。

このお話は
 
誰でも知っている
テレビの
ご長寿番組だった
 
のちの
水戸の御老公
水戸黄門のお話の
原型になった
ものであります。
 
当時の
執権北条時頼は
得度をしており
最明寺入道という
法名を持って
おりました。
 
北条時頼は
執権の身分を
隠して
実際に
諸国を托鉢して
巡遊しつつ
民情をさぐり歩いて
政治の公正を
期していたという
史実に基づいた
お話であります。
 
水戸黄門のほうは
講談で語られた
物語であって
史実の根拠は
ないのだそうです。
 
いずれにしても
この
佐野源左衛門の
精一杯の
おもてなしの心と
常に報恩を忘れない
忠義の心に
高潔な尊いものを
感じぜずには
いられません。
 
生かしていただいて
有難うございます。
 
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角田 政治
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2014年12月25日木曜日

メリー・クリスマス2

今日も
こころの
チキンスープから
引用します。
 
シェアしてください。
 
“ベンのプレゼント” 

『毎日
牛乳配達するベンは、
11月末に、
お得意さん2人に
たまった
牛乳代を払わずに、
引っ越されて
しまいます。

そして彼が
そのツケを
埋め合わせる
羽目になり、
 
1人は、
20
ドル、
もう1人は
79ドルもあり、
かなり
落ち込んで
いました。

そして、
こんなふうに
言っていました。

「この奥さんが
また美人でねぇ」
と彼は言った。

「子どもは
6人いたが、
もう一人
おなかにいて、
だから、
信用したんだなぁ。
ああ、
おれは
なんてバカだ!
 
人のために
いいことを
していると
思っていたのに、
痛い目にあったよ。
だまされちまった!」

私は、
「お気の毒に」
と言うのが
精一杯だった。
 
(略)

私は慰めの言葉を
口にして、
なりゆきを見守る
ことにした。

だが、
ベンが帰った後、
私は自分が
なんとか彼の力に
なりたいと
思っていることに
気がついた。

このままでは、
ベンは
暗い人間になって
しまうかも
しれない。

何か私に
できることは
ないだろうか?

ふと、
クリスマスが
近いことに
気がつき、

祖母が
昔口癖のように
言っていた言葉を
思い出した。

「誰かに
物を盗まれたら、
それをその人に
あげて
しまいなさい。
そうすれば、
もう盗まれること
はないよ」

つぎに
ベンが
牛乳を配達
してくれたとき、
 
私は
79ドルの件で
うっぷんを
晴らす手がある
と言った。

「そんな手がある
わけないでしょ。
でもとにかく
教えてください」

「牛乳は
その
女性にあげたと
思いなさい。
 
子ども達への
クリスマス
プレゼントだった
と思って」

「冗談じゃない」
と彼。

「そんな高い
プレゼントなんて、
うちの
女房にだって
やったことは
ないよ」
 
(略)

私はそこで
口をつぐんだが、
ベンならきっと
わかってくれると
信じていた。
 
彼が
配達にくるたび、
2人は
そのことで
軽口を
たたき合った。

「もう彼女に
牛乳をあげた?」
と私が聞く。

「いや」
と彼が切り返す。

「でも、
またどっかの
美人の
お母さんに
カモられる前に、
 
うちのやつに
79ドルの
プレゼントを
してやろうかと
思っているよ」

私がこの質問を
するたびに、
彼の口調も
軽やかになって
いった。

やがて、
クリスマスの
6日前に、
あることが
起こった。

彼が満面の笑みを
浮かべ、
目を
キラキラと輝かせて
やってきた。

「やったよ!
牛乳をあの人に
クリスマス
プレゼント
しちゃった。

いやあ、正直
きつかったけど、
たいしたこと
じゃない。
 
牛乳そのものは、
とっくに
くれて
やっちゃってる
んだし、
そうでしょう?」

「そうよ」
私は
彼といっしょに
喜びながら、

「でも、
本気でそう思って
贈らなきゃ
ダメだわ」

「わかってますって。
本気ですよ。
 
ああ、
いい気分だ。
だから、
クリスマス
ってのは、
めでたいんだよね。

あの家の
子ども達は、
おれのおかげで
たっぷり
牛乳が飲めたじゃ
ないですか」

クリスマス休暇が
きて、
やがて終わった。

2週間後、
よく晴れ上がった
一月のある朝、
ベンが玄関先に
小走りに
かけてきた。

「いやぁ、
聞いてくださいよ」
と言って、
にこにこしている。

彼の話では
同僚の
ピンチヒッター
として、
いつもとは
別の配達ルートを
回っていると、
誰かに
名前を呼ばれた。

振り返ると、
1人の女が
手にした紙幣を
振りながら
走ってくる。

あの
子だくさんの
美人の母親だった。

腕には、
おくるみに
くるんだ
生後間もない
赤ん坊を
だいている。

「ベン!
ちょっと待って!」
女は
大声で言った。

「あなたにお金を
渡さなきゃ」

ベンは
トラックを止めて、
外に出た。

「ごめんなさいね」
と女は言った。
「支払いを
しなきゃって、
ずっと
気にかかって
いたんだけど」

話を聞くと、
彼女の夫が
ある晩
帰宅して言った。

「おい、
安いアパートを
見つけたぞ。
それに、
夜の仕事も
見つかったんだ!」
 
それで
急に引っ越す
ことになり、

その
どさくさのせいで
ベンに
転出先のメモを
残すのを
忘れたのだと言う。

「でも、ちゃんと
貯めておいたの。
ほら、
まず手始めに
20ドル」

「いいんだよ」
とベンは言った。
「もう
払ってあるんだ」

「払ってある!」
女はビックリした。

「どういうこと?
誰が払ったの?」

「おれだよ」
彼女は、
彼がまるで
神の使いで
あるかのように
彼を見、
やがて
泣き出した。

「それで?」
ベンが
話し終えるのを
待って、
私は尋ねた。

「あなたはそれで
どうしたの?」

「どうしたら
いいのか
わからなくてさ。
 
泣いている
彼女の肩に
手を
まわしたけど、
いつのまにか
おれまで
涙が出てきて。

なんで
泣いているか
わかんなかった
けど、
泣いていた。

それから、
あの
子ども達が、
コーンフレークに
おれの牛乳を
かけて
食べている様子が
目に浮かんで
きてね。

おれ、
奥さんの
言うとおりにして
本当によかった」

「それじゃ、
その20ドルは
受けとらなかったの?」

「もちろんさ」
彼は憤然と言った。

「あの牛乳は、
おれからの
彼女への
クリスマス
プレゼント。
でしょう?」
 
シャーリー・バチェルダー
 
いかがでしょう。
 
このお話も
出来事の持つ
意味を
語ってくれています。
 
生かしていただいて
有難うございます。
 
 
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角田 政治
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