昨日に引き続き
鈴木章子さんの
ご著書であられる
“癌告知のあとで”
を共有しながら、
生きる意味について
考えていきたいと
思います。
鈴木章子さんの
本を読ませて
いただいている時
ふと
私の脳裏に
私の女房が
52歳の時に
高熱で
食事を口に
しなくなってしまい
病院に連れて
行った時のことが
思い出されました。
私だけ
別室に呼ばれて
先生に
「奥さんは
食道がんです。
紹介状を
書きますから
すぐに
大きな病院に
行ってください。」
と宣告されてから
早や、
12年の年月を
積み重ねて
まいりました。
その間
その紹介して
いただいた病院に
平均で、
年に3回程
入退院を
繰り返しています。
女房は当時
27キロ
(今でも30キロ
そこそこです。)
体力が
あまりにも
消耗していた
ものですから、
担当してくださる
先生も
どう治療方針を
立てていいか
困惑しており
私に意見を求めて
くれました。
治療をするにも
それに耐えられる
基礎体力が
必要になります。
何にしても
栄養補給から
始めて
順次、
先生の意見を
聞きながら
治療の方法を
一緒に決めさせて
いただけました。
そして
私の女房の場合は
抗がん剤や
放射線治療は
やらない
外科的手術も
やらない
方向で
内視鏡による
切除の方法を
選択しました。
腫瘍を3センチ程
ずつ切除して
いくのです。
この方法は
比較的
身体の負担は
少ないので
結果としての
選択は
良かったと
思っています。
ただ、
問題点としては
転移の問題が
あります。
女房の腫瘍は
食道の3分の2程
浸食していました。
内視鏡による
切除の場合は
少しずつしか
できませんので、
とても
長期間に及びます。
その間に
がん細胞が転移
した場合は
手に負えなくなる
リスクは
覚悟しなければ
なりません。
常に他に
転移しないように
祈る日々で
ありました。
しかしながら、
私の女房の場合は
定期的に
食事を受け付けなく
なってしまうのです。
そのために、
治療をするために
基礎体力をあげる
意味での入院も
間にあるのです。
従って常に
栄養失調気味でした。
それが
良かったのか
悪かったのか
分かりませんが
がんも
遠慮してくれて
いたのか?
9年余り
致命的な増殖もせず
問題は
ありませんでした。
3年前には
大腸や肺に
がん細胞が
転移したのか
それとも
新しくできたのか
わかりませんが
腫瘍ができて
心配しましたが
肺は右肺の
3分の一程
外科手術で切除し、
大腸がんも
切除しましたが
その後
定期的に検査を
受けていますが
問題なく
推移しています。
この12年の間
多くの
がん患者の方とも
知遇を得ました。
そして、
数多くの
お別れもいたしました。
女房より
軽度な腫瘍で
あっても
若い人の場合
転移のスピードが
とても早く
あっという間に
全身に及び
亡くなる方も
おられました。
あんな方
こんな方
がんという病気を
通じて
親しくして
いただいた
人たちの
少なくない人たちが
あの世に
急ぎ旅立って
いきました。
それは
老少不定であり、
諸行無常を
確実に
自覚させられる
ものであります。
そして
今、生きる意味を
確かに感じ取る
ことでもあります。
鈴木章子さんも
ご著書に
このように
書かれています。
抜粋していきます。
『壁の向こうに
明るい道が
病理検査の結果
転移がんと
いうことでした。
考えてみると、
この世に
百パーセント
生存というものが
ない限り、
何パーセント
などという
データなど
患者にとって
無意味に
思え始めました。
H 先生からは
「僕は鈴木さんの
完全治癒を
願って治療に
あたりますから、
あなたも
治癒を信じて
治療を受けて
いきましょう」
と励まされました。
また。身近に
幾人もの
病む幼児や
青年を見たり、
患者を
迎えに来た方が
突然倒れ
亡くなるという、
信じがたい事実に
出会いました。
私が先に死ぬ
とばかりに
思っていたのに、
突然、
実家の父が逝き、
後を追うように
母も逝き、
生のもろさを次々に
見せつけられ、
「今、生きている」
この事実の
不思議さに
ただただ感激する
ばかりです。
よくこの年齢まで
何事もなく
生かされてきたか、
今までの
46年間が、
何ともったいなく
尊いもので
あったかと
気づかされました。』
抜粋了
また、
こうも語っています。
『還るべき私の故郷
よく新聞などで
有名人がガンで
亡くなると、
「ガンに負けた」
といいますが、
死が
負けであるなら、
生きとし
生けるものすべて
敗者であろうかと
思います。
私は
肺一葉切りとる
ことにより、
元気な頃よりも
自分の体を自覚し、
「手もあった!
足もあった!
あれも
これもあった!
あった!」と、
思いもかけず
ありあまるほどの
沢山のものを
いただくことが
できました。
また、
ガンという
病気のおかげで、
死をみつめなおし、
過去
四十六年間の
生命を
もう一度
生きることが
できました。
また、
身にあまるほどの
おかげさまに
出あうことができ、
還るべき私の故郷も
父母の死を
通しまして、
はっきりと
見えてきました。』
章子さんの詩を
三篇
お届けします。
その中に在る
生きる意味を
是非、
感じ取ってください。
無形の存在
肺一葉 捨てて
はじめて
空気の存在を
実感しました
無形の存在を
たしかに
受容できました
はじめて
空気の存在を
実感しました
無形の存在を
たしかに
受容できました
二人三脚
私の思慮分別では
どうにも
私の思慮分別では
どうにも
ならぬことは
おまかせしようと
選んでいましたら
みんな みんな
おかげさまとの
二人三脚でした
おまかせしようと
選んでいましたら
みんな みんな
おかげさまとの
二人三脚でした
大きな御手
私がする……
私がしなければ……
私がしてあげる……
と思って
私がする……
私がしなければ……
私がしてあげる……
と思って
生きてきたのが
してもらうことが
してもらうことが
多くなったら
主人も子ども達も
それぞれが
生かされていたのが
主人も子ども達も
それぞれが
生かされていたのが
見えてきた
私が
私が
いなくなったら……と
胸がはりさけそう
胸がはりさけそう
だったのに
残される主人も
残される主人も
子ども達も
大きな御手の中……
一番大きな心残りが
魔法のように
とけてゆきます
大きな御手の中……
一番大きな心残りが
魔法のように
とけてゆきます
生かしていただいて
有難うございます。
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角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
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Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
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