先週の土・日
続けて
NHK Eテレ
(教育)で
「こころの時代」
という番組を
見る機会を
得ました。
土曜日は
詩人の
長田 弘さん
日曜日は
禅僧
テイク・
ナット・ハン師
の生き方を探って
おられまました。
長田 弘さんも
テイク・ナット・ハン
禅師も
何冊も
本を読ませて
いただいていて
大変関心を
持っていた方々
でありましたので
興味深く且つ
厳粛に
拝見させて
いただきました。
今日は
長田 弘さんを
皆さまに
紹介させて
いただきたいと
思います。
「風景を生きる」という
タイトルでした。
何回か再放送
されているようです。
(今後も放送される
かも知れません)
長田さんにとって
風景とは
何なのでしょう?
長田さんの
詩の底流に
流れるものは
日常のささやかな
もの
また小さな出来事
木や植物
鳥や海
小川や山の
生命とも言うべき
自然の中の
静と動
緩と急の
リズムであり
見えないものを見
聞こえないものの
声を聞く
ことでありましょう。
長田 弘さんは
1939年福島に
生まれています。
長田さんにとって
福島を中心に
東北を襲った
東日本大震災の
風景とは
どんなものに
映ったのでしょう。
長田さんの詩集
『詩の樹の下で』
の中に
「人はじぶんの名を」
という詩に
書いている言葉
一つ一つが
私の心に
響いています。
是非、皆さんも
シェアして
いただきたいと
思います。
『二〇一一年
『二〇一一年
三月一一日午後、
突然、太平洋岸、
東北日本を襲った
思いもよらない
大地震が
引き起こした
大津波は、
海辺の人びとの
日々のありようを
いっぺんに
ばらばらにした。
そうして、一度に
すべてが失われた
時間のなかに、
にわかに
おどろくべき数の
死者たちを
置き去りにし、
信じがたい数の
行方不明の人たちを、
思い出も
何もなくなった
幻の風景のなかに
うっちゃった
きりにした。
昨日は
一万一一一一人。
今日は
一万一〇一九人。
まだ見つからない
人の数だ。
それでも毎日、
瓦礫の下から
見いだされた
行方不明の人たちが、
一日に百人近く、
じぶんの名を
取りもどして、
やっと一人の
人としての死を
死んでゆく。
ようやく
見いだされた、
ずっと不明だった
人たちは、
悔しさのあまりに、
誰もが
両の手を
堅い拳にして、
ぎゅっと
握りしめていた。
人はみずから
その名を生きる存在
なのである。
じぶんの名を
取りもどすことが
できないかぎり、
人は死ぬことが
できないのだと、
大津波が奪い去った
海辺の町々の、
行方不明の
人たちの数を刻む
毎朝の
新聞の数字は、
ただ黙って
語りつづけるだろう。
昨日は
一万一〇一九人。
今日は
一万八〇八人。』
(二〇一一年
五月三日朝に記す)
如何でしたか?
この詩集
『詩の樹の下で』は
長田さんの
福島の遠い過去の
原風景を
懐かしみ
慈しむ確認のための
ものでありました。
それが
あの
東日本大震災で
一変して
しまいました。
大地震
大津波によって
そして
未だに続いている
否、今後も
継続し続けるで
あろう
原発によって
福島の
レクイエムと
化した詩集と
なったのです。
もうひとつ
長田さんの
詩集である
『死者の贈り物』
の中の
「イツカ、向コウデ」
という詩を
共有してください。
これは
震災以前の
2003年の
作品です。
「イツカ、向コウデ」
「人生は長いと、
ずっと思っていた。
間違っていた。
間違っていた。
おどろくほど
短かった。
きみは、
そのことに
気付いていたか?
なせばなると、
ずっと思っていた。
間違っていた。
間違っていた。
なしとげたもの
なんかない。
きみは、
そのことに
気づいていたか?
わかって
くれるはずと、
思っていた。
間違っていた。
間違っていた。
誰も何も
わかってくれない。
きみは、
そのことに
気づいていたか?
ほんとうは、
新しい定義が必要
だったのだ。
生きること、
楽しむこと、
そして
歳をとることの。
きみは、
そのことに
気づいていたか?
まっすぐに
生きるべきだと、
思っていた。
間違っていた。
間違っていた。
ひとは
曲がった木の
ように生きる。
きみは、
そのことに
気づいていたか?
サヨウナラ、友ヨ、
イツカ、
向コウデ会オウ。」
いかがでしょうか?
生きるものの
すべてが
無常を前にして
事実として
私たちの前に
立ちはだかります。
しかし
だからといって
私たちは
生きなければ
なりません。
それも
ただ
生きるのではなく
何故!
生きなければ
ならないのかを
見つけるために
生きる定義は
あるのでしょうか?
長田 弘さんは
何を伝えようと
しているので
しょうか?
私たちは
決して一人では
生きてはいけない。
それなのに
他者との対話を
していないのでは
ないだろうか?
もちろん
毎日毎日
言葉は忙しく
飛び交っている。
しかしそれは
あくまでも
その言葉は
私たちの
独り言に過ぎない
のではなかろうか?
独りよがりの
自分の都合を
吐き出しているに
違いない。
だから
私たちの前に
現れる
他者や出来事は
気に入らない
もので
あふれている
のでは
ないだろうか?
他者は
私たちの心の
反映でしかない。
他者は
何を伝えようと
しているのだろうか?
あなたの妻は
夫は
恋人や
兄弟や
姉妹たち
子供たちは
親や友人や
袖すりあう人たちは
一体あなたに
何を
伝えようとして
いるのだろうか?
あなたの
家の動物たちは
一輪の花や
一つの木でさえ
庭に咲いている
草花は木々は
そして
そよいでいる風は
すべてを
吹き散らす突風は
あなたを癒し育む
慈雨の雨は
容赦なく
打ち付ける雨は
雨と風が
共にあなたを阻み
破壊していく
嵐は等々
自然は一体
あなたに
何を伝えようとして
いるのだろうか?
声なき声を
見逃しては
いないだろうか?
目で見える
向こう側にある
本質は一体
それは
あなたに何を
伝えんがために
存在しているの
だろうか?
それらは
あなたにとって
意味のない
ことだろうか?
あなたは
見えないものを
見ているだろうか?
長田さんは
ある詩の中で
こう語りました。
『人と話すことは、
喋ることではない。
人の言葉の
人の言葉の
なかにある
沈黙を受けとる、
ということだ。』と
そして
奇跡―ミラクル―
という詩集の中の
あとがきの中で
こうも
語っています。
『日々に
ごくありふれた、
むしろささやかな
光景のなかに、
わたし(たち)に
とっての、
取り換えようのない
人生の本質は
ひそんでいる。
それが、
物言わぬものらの
声が、
わたしに
おしえてくれた
「奇跡」の定義だ。』
いかがでしょうか?
生かしていただいて
有難うございます。
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角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
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Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
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