昨日は
吉水神社
佐藤宮司の
一燈園での体験談を
載せさせて
いただきました。
その際
吉野山を紹介
する私の記述が
京都吉野山と
なっていました。
奈良吉野山の
誤りなので
訂正しておきます。
吉水神社を
少し紹介して
おきます。
昨日も
申しあげましたが
吉水神社は
世界遺産として
登録されています。
もとは金峯山寺の
格式高い
僧坊でしたが、
明治の神仏分離
によって
神社となりました。
源義経が弁慶らと
身を隠したこと、
後醍醐天皇の行宮
であったこと、
豊臣秀吉が
花見の本陣とした
等の歴史的逸話で
知られています。
案内情報に寄れば
吉野山の桜は
シロヤマザクラを
中心に約 200 種
3 万本の桜が
密集しているの
だそうです。
儚げで
可憐な山桜が
尾根から尾根へ、
谷から谷へと
山全体を
埋め尽くして
ゆきます。
シロヤマザクラは
下・中・上・奥の
4 箇所に
密集しており、
”一目に千本
見える豪華さ”
という意味で
「一目千本」とも
言われます。
おのおの下千本、
中千本、
上千本、
奥千本と
呼ばれており、
例年
4 月初旬から
末にかけて、
下→中→上→
奥千本と、
山下から山上へ
順に開花
してゆくため、
長く見頃が
楽しめます。
また、桜の開花に
合わせて
夜桜の
ライトアップも
行われており、
あたりは
昼間とはまた違った
幽玄な雰囲気に
包まれます。
東京は
昨日は所用で
車で
走っていましたが
あちらこちらで
桜の花が満開でした。
吉野山は
まだまだ
これからだそうです。
ぜひ、一度は
御覧になられて
ください。
お薦めします。
その時に
吉水神社でも
参拝してみても
いいのでは
ないでしょうか?
吉野山には
ロープウェイも
かかっていますので
雲井の桜が
一望できます。
吉水神社の
佐藤一彦(素心)
さんの【宮司】
思い出の詩を二つ
共有してください。
お母さんのことを
語っています。
佐藤一彦さんは
本当に優しい方です。
それでは
お読みください。
布で作った「グローブ」
『天国にいる
『天国にいる
「かあさん」
あなたは
あなたは
覚えていますか?
小学生の頃に
僕が「グローブ」が
小学生の頃に
僕が「グローブ」が
欲しい
「友達はみんな
「友達はみんな
グローブを
持っている」・・と
つぶやいたら
かあさんは
「国債の券」を持って
グローブを買いに
かあさんは
「国債の券」を持って
グローブを買いに
行きましたね
でも、
でも、
戦時中の国債は
紙切れのようで
グローブすらも
グローブすらも
買えませんでしたね
父が戦争で
父が戦争で
死んでから
貧しいかあさんは
4人の子供を抱えて
途方に
貧しいかあさんは
4人の子供を抱えて
途方に
くれていたんですね
かあさんは
かあさんは
かじかんだ手で
小雪の夜に、
小雪の夜に、
一晩中かけて
「布でグローブ」を
「布でグローブ」を
作ってくれましたね
本当に嬉しかった
本当に嬉しかった
・・・ありがとう
でも「学校の友達」に
恥ずかしいから・・と
枕元に置いてあった
「布のグローブ」を
枕元に置いてあった
「布のグローブ」を
持たないで
僕は、
僕は、
学校に行きました
母さんは
母さんは
泣きそうな顔をして
学校まで僕の後ろを
雪の中を
学校まで僕の後ろを
雪の中を
畑に隠れながら
必死で
必死で
「布のグローブ」
を持って
追いかけてきましたね
しかたがなく
「布のグローブ」を
追いかけてきましたね
しかたがなく
「布のグローブ」を
受け取り
学校に着くと
友達のみんなに
学校に着くと
友達のみんなに
笑われたんだ
だから
学校から帰るとき
山の中に捨てました
今日まで言えなくて
母さんごめんなさい
布で作った
だから
学校から帰るとき
山の中に捨てました
今日まで言えなくて
母さんごめんなさい
布で作った
グローブで
キャッチボールしたら
キャッチボールしたら
痛かった
あれから
あれから
「グローブ」が
トラウマで・・
球技が
球技が
苦手になったんだ
天国の母さん
天国の母さん
ごめんなさい
内緒にしていて
ごめんなさい
いつか
内緒にしていて
ごめんなさい
いつか
言わなければ
いけないと
心にしまって
心にしまって
いました。
あの
あの
「布のグローブ」
ありがとう。』
ありがとう。』
いかがでしたか?
私も学校に
上がる前
布で作った
グローブを
使っていたことが
ありました。
あれは
誰がくれたのか
母が作って
くれたのかなあ。
思わず
思い出してしまって
眼が潤んで
きました。
次は
次は
佐藤一彦さんが
万倉小学校の
5年生か6年生
の時のお話です。
「真夜中の椎の実拾い」
『学校の帰り道に
「鎮守の森」があった。
その神社の森には、
秋になると
「椎の実」が
沢山落ちていた。
食べるものが
少ない時代だったので
親孝行のつもりで
「椎の実」を
ポケットに一杯
拾って
家に帰っていた。
「今日はこれだけ
椎の実が獲れた」と
自慢げに
おふくろを
喜ばせていた。
おふくろは、
「椎の実」を
「生のまま」
かじって食べた。
夕食になると、
おふくろは自分は
夕飯を食べなかった
「椎の実」を
食べたから
「お腹が一杯」
と言うのが
おふくろの口癖だった
子供だけに
ご飯や野菜や肉を
食べさせてくれた。
そして、
いつの間にか
「椎の実」しか
おふくろは
食べなくなった。
身体も痩せてきて、
「椎の実」を
夜になると
拾うようになった。
最初は
懐中電灯を持って
神社の境内で
「椎の実」を
おふくろと二人で
拾っていた。
秋が去り・・・
冬になっても
おふくろは
「椎の実」を
枯れ葉の下から
見つけて食べた。
そのうち
何だか
「おふくろの目つき」
が変である
動物的というか、
「髪を振り乱し」
げっそりと
頬がこけてきた。
子供達は心配になり
おふくろを病院に
連れて行った
そこで
驚いた事に、
母の身体の中には
「椎の実の虫」が
ウヨウヨわいて
いたのだった。
「椎の実虫中毒症状」
だった。
これは大変だと
言う事で
おふくろは入院して
「椎の実虫」との
闘いが始まった。
ついに
「虫下し等で、幼虫駆除」
も終わった。
本当に
親孝行のつもりで
学校帰りに
「椎の実」を拾い
ポケット一杯にして
帰ったことが
おふくろを
病気にした原因だと
自分を責めた。
夜になると
「おふくろごめん」と
何度も布団の中で
つぶやいた
しばらくは
「椎の実」を
見たくなかった
今・・・・
わが神社の境内には
沢山ドングリが
落ちている
ふと・・・・
あの「椎の実」を
思い出し
真夜中におふくろと
鎮守の森で
椎の実を
拾った日の事を
思い出しています。
そして、
小さな声で歌うのです
しずかなしずかな
里の秋
おせどに木の実の
落ちる夜は
ああ かあさんと
ただ二人
椎の実拾ってます
夜の神社』
生かしていただいて
有難うございます。
*****************************************************
角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
真理研究会:http://sinrikenkyu.jimdo.com/
Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
*****************************************************
Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
*****************************************************
0 件のコメント:
コメントを投稿