本日も
前回に引き続き
東井義雄さんの
「拝まない者も
おがまされている」
というご著書を
引用させて
いただきながら
生きる意味を
問うて
いきたいと
思います。
お付き合い
ください。
前回は
東井さんの
教え子の
ひょんな疑問から
私たちにとって
大変重要な
ノドチンコ
(口蓋垂)の
はたらきを知って
私たちは
何ひとつ
自らの力で
為すものがない
ことを
知らされます。
吸う息
吐く息でさえ
意識しないでも
働き続けて
下さっている。
大いなるいのちに
抱きとられ
生かされています。
よく人は言います。
「自分の
命なんだから
自分の自由に
したって
勝手でしょう!」
と。
その自分という
主体は
一体
何なんでしょう?
多くの場合
自分本位、
利己心、
わがままという
自我によるものが
主体という
言葉の中に
含まれているのでは
ないでしょうか?
「凡聖逆謗斉廻入」
親鸞聖人が
記された
正信偈の中の
お言葉です。
今日も
この言葉に
秘められた
キーワードを
探ってみたいと
思います。
東井義雄さんは
昭和 12 年
26 歳の時に
結婚をします。
この年は
日中戦争が勃発
した殺伐とした
時代でした。
翌年の昭和 13 年
予てから
病身であった
お父さんが
お亡くなりに
なりました。
昭和 16 年
東井さんは
一人の女の子を
授かって
いましたが、
その幼いひとり子が
大病を
患ってしまいました。
この時のことを
前述のご著書にの
中で
下記のように
書かれています。
「ともに
生かされていた私」
という章です。
『お医者様から、
「お気の毒ですが、
この病気は、
百人中九十九人は
助からぬと
言われている
病気です。
もう今夜一晩、
よう
うけあいません」
という
宣告を受けた
あの晩の思いは、
生まれてから
まだ一度も
味わったことの
ないものでした。
「親」と
名の付く人は、
みんな
こんな思いの中で
「親」になって
おられるのかと
思うと、
「親」と名の付く
すべての人を
拝みたい
思いでした。
幼い子供の脈を
にぎりしめて
いるのですが、
脈が
消えていきます。
これが最後かと
思っていると
ピクピクッと
動いてくれます。
やれ嬉しやと
思う間もなく
脈がわからなく
なります。
いよいよこれが
別れの時かと
思っていると、
かすかに脈が
感じられます。
そんな
繰り返しの中で、
夜半十二時を
知らせる
柱時計の音を聞いた
あの感動は
忘れられません。
○
ああ
とうとう 今日一日
親と子がともに
生きさせて
いただくことが
できた
今から始まる
新しい今日も
ともに
生きさせて
いただけるのだろうか
と思いますと、
愛しい者がともに
一日
生きさせて
いただくことが、
どんなに
ただごとでない
ことであるかを、
骨身にしみて
知らさせて
いただきました。
当時の看護日記を
見ますと、
○
生きる
ということは
容易な
ことではない。
ただ、
生かしてもらって
いるだけで、
それは
大したことなのだ。
○
死を言い渡された
我が子が
もはや
焦点を
結び得ぬまなこで
どんよりと
愚かな父を
見ている
わたしは
しんじつ
愚かな父であった。
○
小さい心臓が
けんめいに
戦っている
ほとんど
たえだえに
なりながら
なお
戦っている
戦っている
戦いに
勝っておくれ
心臓。
○
ほとんど
たえだえに
なりながら
脈はくが
続いてくれた
みち(廸代)
おまえはたしかに
私の子であった
今から始まる
新しい今日も
みち
わたしは
お前の
とうちゃんで
おりたい
身の程知らずの
ねがいであろうか。
○
ああ
もう一時間で
夜が明ける
みち
おまえは
まもられている
みち
おまえは
生かされている
ああ
もう一時間で
夜が明ける。
○
ああ
今日も
親子で終わらせて
もらった。
○
みちよ
おまえは
「私」の子なんか
ではなかった。
父ちゃん
なんぞの力で
どうにか
なるようなもの
ではなかった
みちよ
それだのに
とうちゃんは
おまえを
「私」の
子だなんて
思い過ごしていた。
みちよ
とうちゃんは
今こそ
おまえのいのち
を拝む
そして
教室の
60 人の命を拝む
みちよ
とうちゃんは
愚かな
とうちゃんであった
しんじつ。
○
子どもを
教育するなどと
大きなことを
言うな
ひとつでも
人間輩に
自力でなし得る
ことがあるか
馬鹿
私。
おかげさまで、
子どもは、
百人に一人の
いのちをいただいて
大きくなってくれ、
続いて長男、
二男を恵んで
いただいたのですが、
日を暮らして、
学校の勤めを
終わって
家に
帰っていきますと、
不思議ないのちを
いただいた娘が
「おとうちゃん、
お帰り」
と、背中から
私の首たまに
飛びついて
ぶらさがります。
長男が
「おとうちゃん、
お帰り」
と、今度は前から
飛びついて
ぶらさがります。
末っ子は、
もうぶらさがる
ところが
ありません。
にわかに
四つん這いになって
「モオーッ!」
と牛の
鳴きまねなどを
しながら、
私の
またくぐりをします。
その度に
思うことは、
何が間違っても、
絶対間違いなく
やってくることは、
この三人の
かわいいものたちと
別れなければ
ならない日が
やってくる。
だのに、今日、
こうして親と子が
ともに
たわむれさせて
もらう、
これを
「しあわせ」
といただくことが
できないで、
一体、
これ以上の
どんな
しあわせがある
ものだろうかと。
私は、
私自身に
言い続けながら、
ここまで
来させて
いただくことが
できたのです。
私は
私だけではなく、
親子ともども、
大いなるいのちに
生かされ、
祈られ、
願われ、
ゆるされて、
生きていたのだった
のです。』
東井義雄さんの
「拝まない者も
おがまれている」
から引用させて
いただいて
本日も
学びを得たのでは
ないでしょうか。
「拝まない者も
おがまれている」
は、この後に
「拝まないときも
おがまれている」
と続くのです。
生かしていただいて
有難うございます。
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角田 政治
携帯番号:080-3085-4801
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Blog:「もう一つの今」http://sinrikenkyu.blogspot.jp/
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