布施という言葉を
聞いたことが
ありますでしょうか?
一般的なのは
葬式や
ご先祖の供養のときに
お渡しするお金や施物を
お坊さんに
差し上げる行為の
ことを言いますね!
布施の語源は
「ダーナ」という
古代インドの言葉を
中国語に翻訳したものです。
「ダーナ」とは
与えるという意味で
「ダーナ」を音写したのが
「旦那」(だんな)になりました。
「与える人」という
意味です。
旦那さんが
仕事に行って
お金を稼いでくれて
奥さんや子供達が
生活を営むことができます。
まさしく「与える人」
そのものです。
しかし
昨今は
そうもいかず
共働きの、ご家庭も
増えているので
必ずしも
あてはまらなくなりました。
布施とは
現代の言葉で言うと
親切をすることと
言った方が
分かりやすいと
思います。
2600年前の
お釈迦さまが説いた
教えの中に
六波羅蜜多~ろくはらみた
(六度万行ともいいます)
という大切な教えが
あります。
その中の一番最初に
布施波羅蜜多という
実践修行項目があります
波羅蜜多とは完成させる
という意味で
親切の完成と言うことです。
お釈迦様は
「思いやりの気持ちを持って
お金や物、
笑顔や優しい言葉など
ほんのちょっとしたこと
でもいいので、
あなたができることを
与えてみなさい。」
と教えられています。
思いやりや
優しい心で人に
接すれば
相手からも
思いやりや
優しさが
返ってきます。
我がままや
自分勝手な行いをすれば
誰もあなたのことを
かまってくれなく
なります。
あなたが
あなたの周りにいる人たちに
とった態度が
そのまま
周りの人の
あなたへの態度として
返ってくるのです。
しかし
布施の精神として
大事なことは
与え切りであって
決して相手に
見返りを求めないことです。
先日、取り上げた
アメリカの
心理学のデータで
400人の人に
「してあげたこと」と
「してもらったこと」を
ノートに書いてもらったところ
35倍も
「してあげたこと」が多かった。
とのお話を
ご紹介しましたが、
「あいつには、
こんなことをしてあげた。
あんなこともしたあげた。
それなのに、
菓子折り一つ
持ってきやしない」等々
してあげたことは
一切忘れません。
でも、人から
「してもらったことは」
すっかり忘れてしまいます。
こういう人のことを
「我利我利亡者」と
言うのです。
我利とは
我が利益ですから
自分の利益のことしか
考えない心です。
自分の為なら、
人はどうなっても
かまわないに
繋がっていきます。
このことを
仏教では
「餓鬼」といいます。
こんな人たちと
あなたは
お付き合い
したいでしょうか?
「恩」という言葉があります。
分解しますと、
「因」と「心」になります。
あなたの事を
心に留めて
あなたに幸せに
なって欲しいと
あなたの知らないところで、
相当苦労して
くださっている方が
いらっしゃいます。
そういう、
原「因」を知る
「心」ということです。
人間は決して
一人で生きてきた
訳ではありません。
生まれてから今に
至るまで
「してもらったこと」の
連続で生きてきました。
その数を数え上げてみたら
何と多いことか
思い知らされる
ことと思います。
与える人の語源の
「旦那」は
人の恩が分かりますが、
「してもらって当たり前」の
「餓鬼」には
人の恩は分かりません。
恩というのは、
人にして差し上げる
苦労が知らされるのです。
人の世話など
したことない人には
分かりません。
お釈迦様は
2600年前から
こう警告されています。
「恩を知らざるものは
畜生よりも甚だし」
読んで字の如しです。
人間なのに
恩を知らない者は、
犬猫畜生よりもお粗末だ。
と説かれています。
皆さまご存知の
有名なお話の
忠犬ハチ公のように
長年飼ってくれた
ご主人を迎えに
毎日、渋谷駅に
迎えに行きました。
亡くなったことを
知ってか知らずか
自分が死ぬまで
ご主人を
あの(ハチ公像になっている)
場所で待ち続けたのです。
このような例は
世の中には
たくさんあります。
あなたも今まで
ひとつやふたつは
そのような体験をされた
ことがあるのでは
ないでしょうか?
犬でさえも
飼い主から受けた恩は
忘れません。
一流大学を出て
大会社に入り
地位の高い役職を得て
大きな邸宅に住み
大金持ちの人が
評価されていますが
お釈迦様は
こう言われました。
「人間の値打ちと
いうものは
いかに恩を知り、
恩に感じ、
恩に報いようと
しているかで
決まるのだ」と
「知恩・感恩・報恩」の徳を
教えられたのです。
両親はもとより
ご主人や奥様・子供たち
会社の上司や
同僚や部下の方々
友人や近所の方たち
また、たくさんの
あなたを支えて
くれている人たちや
ペットたちも含めて
あなたの与えることが
できることを
施一杯与えきることです。
思いを込めて
そして
決して見返りを求めず
その方たちのお陰で
この瞬間に至るまで
生かせていただいて
きたのです。
さあ、今日こそ
思いを込めて
生かしていただいて
ありがとうございます。