興味深い、アメリカの
心理学実験のデータが
あります。
四百名の人たちを対象に、
「人にしてあげた行動」と
「人にしてもらった行動」を
それぞれ
書き出させたのだそうです。
その結果、
書き出した行動の比率は
なんと、
三十五対一でした。
つまり、人間は
「してもらったこと」よりも、
「してあげたこと」を
はるかに覚えている
生き物だということです。
あなただったら
どうでしょうか?
このデータから
浮き彫りになるのは
いかに人間は
これほど傲慢なのかと
いうことです。
お釈迦様は
六波羅蜜多(ろくはらみた)
の教えの中の
布施波羅蜜多(ふせはらみた)
(布施の完成)
という修行項目の中で
三輪空(さんりんくう)を
お説きくださいました。。
「三輪空」とは、
三つのものを空じなさい、
忘れなさいということです。
三つのものとは、
施者…私が
受者…誰々に
施物…何々を
この三つを
忘れるようにしなさい。
ということです。
人に親切にすると、
私が、あの人に、
いついつに、
こういうことを
してあげたとか
そんなことは
見返りを期待したり、
悪を造るので
忘れましょうということです。
同時に
お釈迦様の教えの
根幹となるものが
因果の道理です。
この教えは
宇宙の大真理といっても
過言ではないと思います。
私達は
因果の道理から外れて
生きることは
できません。
因果の道理とは
まかぬタネは生えませんが、
まいたタネは必ず生える。
ということです。
私たちのやった行いは、
力となってやった本人に
蓄えられていると
説かれます。
これを業力不滅(ごうりきふめつ)
といいます。
与えたりんごは相手のもの、
与えた行いはあなたのもの、
あなたの行いは力となって
あなた自身に蓄えられている、
相手からかえってこなくても、
自分の行いの力が
それに応じた結果を
必ず現わすのだということです。
結局、
相手から返って
こようがこまいが、
自分のやった行いは
自分のものですから、
私が、
あなたに、
なになにをということに
執着しなくていいことが
わかります。
布施は、心が大切です。
このような心がけで
親切をしてこそ
本当の親切だと
教えられています。
受けた恩は忘れずに、
恩返しする。
自分がした親切は
忘れるようにしよう、
ということです。
そこで
あなたに提案なのですが
今日、日曜日なので
1時間くらい時間を割いて
いただいて、
今まで、
いろいろな方に
「してもらったこと」だけを
ノートに
書き留めてみることを
お奨めしたいのですが
いかがでしょうか。
あなたが
この世に生を受けてから
今日までのことを
振り返ってみるのです。
両親にどれだけのことを
していただいて
現在があると思ってますか
覚えていないことでも
想像して書き留めて
みてください。
それと同様に
今まで出会った人々
学校の先生や友だち
ご近所の人も含めて
家族を持っているなら
旦那さんや奥さんまた
子供からも孫からも
八百屋さんや魚屋さん
あらゆる品々を扱っている
お店の方々や
郵便さんやお巡りさん
歯医者さんやお医者さん
会社の上司や同僚
あらゆるサークルやその場所で
声を掛けてくれた人たち
ひとりひとり
表情やしぐさや言葉の
ひとつひとつを思い出しながら
「してもらったこと」を
書き留めてみてください。
はじめは前述のデータの如く
あまり、
出てこないかも知れません。
しかし、進めていくと
次から次へと
人から「してもらったこと」が
湧出してきます。
いかに、
「してもらったこと」が
多かったか
驚くと思います。
「自分は今、確かに生きている。
不確実なこの世において
ここまで生きてきた。
自分ひとりでは
到底生きて来れなかった、
多くの人の支えがあって
ここまで生きてこれたのだった」
そう気づくことができます。
「お父さんお母さん
ありがとうございます。
○○先生、○○さん
本当にありがとうございます。」
思わず感謝の念が湧き上がり
涙があふれてきます。
人は現状に感謝できたとき
自分は生きているのではなく
生かされていると実感する
ことができます。
それは、今までの自分を
救うことにもなるのです。
今、あなたの
現状がどうであれ
「その」生活の中にも
感謝するべきことが
「既に」在るのです。
人間は、現実の世界を
見ているわけではなく、
自分が現実だと
思った世界を
見ているに過ぎません。
すべて自分の主観なのです。
それは幻想に過ぎません。
実相は楽しいから
笑うのではなく、
笑うから楽しくなるのです、
現状に感謝できるから、
その感謝に沿った生活が
顕れてきます。
今という
確かなこの瞬間に
感謝の種を
蒔くことになります。
蒔いた種は
必ず光り輝く
日々を
あなたに届けてくれます。
生かしていただいて
有難うございます。