2015年1月24日土曜日

“出来事からの学び”

昨年の暮れも
押し迫って
女房が
体中の痛みを訴え
救急車で
運ばれ入院して
いることは
ブログで
お伝えしました。
 
その女房の
身体のことを
心配して
くれていた
女房の二つ上の
お姉さん(長女)が
昨日お亡くなりに
なりました。
 
肝硬変による
小脳からの出血
で21日に
救急車で運ばれ
昨日午後3時過ぎに
息を引き取りました。
65歳でした。
 
突然の感は
否めません。
 
旦那さんと
娘さん夫婦
今年
88歳になる
お母さんや
四国の妹さん
その娘さんが
立ち会って
いました。
 
そして
私も
亡くなる
約30分前に
病院に到着する
ことができて
死の瞬間に
立ち会うことが
できました。
 
21日に
倒れて
病院に運ばれて
すぐに
危篤状態に
入っていて
22日の午前中に
四国の妹さんから
私に連絡が
入ったのですが
 
女房には
伝えずに
おりました。
 
入院中ですので
あまり
ショックを
与えたく
なかったからです。
 
また22日は
私が主催の
恒例の勉強会も
あったため
そのための準備も
ありましたので
 
報告は
翌日の23日の
午前中に
病院に行き
女房に直接
お姉さんが
救急車で
運ばれたこと
そして
重篤な容体で
あることを伝え
 
そして
私は
お姉さんが
入院している
川崎の病院に
向かったわけです。
 
私のブログを
長く読んで
頂いている方は
ご存知なのですが
 
私の女房は5人
兄弟の中の
次女で
(といっても
兄はおりませんが)
 
昨日亡くなった
お姉さんが
長女で
一番上です。
 
そして
長男が女房の
弟になります。
その弟さんは
丁度3年前に
肝臓がんで
57歳で
亡くなりました。
 
そして
昨年は次男で
末の弟さんが
舌がんで
52歳で
亡くなったばかり
でした。
 
この3年間で
三人が
亡くなって
しまいました。
 
残されたのは
年老いた
お母さんと
女房そして
三女の四国に
嫁いだ
妹さんだけに
なりました。
 
親族にとっては
あっという間の
特別な
3年間でした。
 
思えば
11年前
女房が食道がんと
宣告された時
のことが
脳裏に浮かびます。
 
女房は
その時
食道の三分の二を
がんに侵されて
いました。
 
当然のことながら
この時
先生と
今後の女房の
治療計画を
話し合うのですが
 
私の考えは
抗がん剤
放射線治療に
対する
抵抗感があり
 
拒否の姿勢が
固まっていました。
 
女房とも
話し合って
いました。
 
先生も
いろいろな
選択肢を
考えてくれて
いたのですが、
 
当時
あまりにも
女房が衰弱して
いて
体重も27キロ
しか
ありませんでした。
 
摘出手術も
抗がん剤
放射線治療も
リスクが
多過ぎて
難しいとの判断を
してくれました。
 
最終的に
比較的負担の
少ない治療方法
内視鏡による
治療が選択
されました。
 
しかし
この場合の
問題点は、
 
一回の手術で
切除できる
がん細胞は
3センチ程度
 
従って
切除して
傷を癒して
 
おもゆから
おかゆを
食べれるように
なって退院
 
そして自宅で
療養し
 
外来で
検査を受けて
 
約3か月から
4か月サイクルで
入院して
また切除
ということを
繰り返さなければ
ならないのです。
 
入院・
退院・
外来(検査)
そしてまた入院を
繰り返すため
全部切除
するためには
あまりにも
時間がかかる
ということです。
 
そして、
その傷が
治ってくると
傷口が
盛り上がってきて
固くなるのです。
 
そうすると
がん細胞が
複雑に
絡み合っている
ものですから、
段々と切除
しにくくなるのです。
 
また、
長くなるので、
その間に
がんが他の部位に
転移する
リスクが
生じると
いうことです。
 
そうなると
がんとの
追っかけっこに
なってしまって
切除しきれなく
なって
いくのです。
 
しかし
私の女房の場合は
あまりにも
体力がなかったので、
 
がんも
活発に働けず
増殖しませんでした。
9年間というもの
ほとんど
転移もなく
経過していきました。
 
若干
咽頭の部分に
がんができましたが
切除して
問題は
起こっていません。
 
一昨年の夏
検査した時には
転移なのか
新しく
できたものかは
解らない
そうですが
 
大腸がん
肺がんが
見つかりました。
 
大腸がんも切除し
肺がんも
右側の肺のがんを
餃子一個くらいの
大きさ
(先生の表現)を
切除しました。
 
術後は
いいようです。
ただ、肺を
やりましたので
動くと直ぐ
呼吸が
荒くなりますが、
 
その程度で
済んでいます。
 
しかし
この間
お姉さんや
弟さん
妹さんたちには
多大な心配を
かけてきました。
 
正直、
私としても
女房の死は
覚悟しました。
 
2度ほど
術後
肺気腫とか
呼吸不全になり
危険な状態に
陥ったことも
ありましたが
 
何とか
現在に
至っております。
 
しかし、
その女房の
病状を心配して
くれていた
弟さんたちや
お姉さんが
先に逝って
しまいました。
 
本当に
人生とは
解らないものです。
 
無常であります。
 
死は
誰の上にも起こる
100%確実な
ことですが
 
誰も
いつ死ぬかは
わかりません。
 
死は順番に
訪れるわけでも
ありません。
 
昨年
一番下の弟さんが
亡くなった時にも
以前書いた
昨年の
5月9日の記事を
添付しましたが
 
もう一度
その時の記事を
皆さんにも
読んで
いただきたいのです。
 
 
“自らの実相を観ること”
というタイトルです。
 
この機会に
自分の生き方を
もう一度
見つめ直して
欲しいのです。
 
決して
後悔しないように
するためにも
 
今、
確かに
生きているからこそ
大切なことです。
 
生かしていただいて
有難うございます。
 
 
 
 
 
 
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角田 政治
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